いま半沢直樹の新シリーズを上回るスピードで売れている、自伝エッセイ『家族だから愛したんじゃ無くて、愛したのが家族だった』。

著者の岸田奈美さんの家族は、お母さんが車いすユーザー、弟さんは知的障がいがあり、お父さんは岸田さんが中学生の頃に若くして亡くなった。

岸田家の日々を綴ったこの本が、なぜ多くの共感を得ているのか?岸田さんが作家になる前から仕事仲間だった筆者が、本にはまだ書いてない笑いと涙のエピソードを聞いた。

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岸田奈美(きしだ・なみ)1991年生まれ。兵庫県神戸市出身、関西学院大学卒業。「バリアをバリューにする」株式会社ミライロで広報部長をつとめたのち、作家として独立。

「基本ずっと落ち込んでいたんですよ私の人生」

――ご無沙汰しています。久々に会ったら、ちょっと作家っぽくなったというか。

岸田さん:
ありがとうございます。いやいや、今週全然寝ていなくて、昨日も出版イベントがあってちょっと眠いかも。むしろ会社を辞めてから明るくなったとよく言われています。

――私は岸田さんが株式会社ミライロ(※)で広報をしていた時に一緒に仕事をしたんですけど、当時はかなりイケイケの広報でしたね。

岸田さん:
会社でめちゃめちゃ働きましたけど上手くいかないことのほうが多くて。だから自分にずっと自信が無かったんです。本当におっちょこちょいだし、気が散るから仕事はうまくいかないし、お客さんや上司からめちゃくちゃ怒られるし。基本ずっと落ち込んでいたんですよ、私の人生。

(※)車いすユーザーの垣内俊哉社長が創業。障がいを価値に変える「バリアバリュー」を企業理念にユニバーサルデザインを提案する。

――そういえば1度、「会社に行けない」と聞いたことがありましたね。

岸田さん:
めちゃくちゃ辛かったですよ。去年の2月から3月は休職して。だって会社に行こうとするとエレベーターで過呼吸になって。ある人の一言で心がバキッと折れて、会社の人が誰も信じられなくて怖くてという状況だったんです。

私、時間を守れないし、タイムカードを押さなかったり、パソコン3台に水をかけてダメにしたり、お客さんのところに行って資料をバサバサと落としちゃったり。だからずっと「大雑把で雑だ」と怒られていたんです。

だからずっと「大雑把で雑だ」と怒られていたんです

100文字で済むメールを2000字打ってた

――メディアの立場から見ていると、すごくアイデア溢れる広報だったけどなあ。

岸田さん:
誰にも出来ないこともやりました。日本テレビの番組で櫻井翔さんの取材を予算ゼロで持って来たり、テレビ東京の「ガイヤの夜明け」の担当者に企画書を送って取り上げられたり。好きな会社のために愛をもってやっていたんです。

当時から自分の好きなものを物語にして伝えるのがすごく好きだったんですよ。だから「これがいいんですよ」と言うより、「私がこれを好きになった理由はね・・」というように、人が聞きたくなる、続きが気になるような物語をつくるのがすごく好きで。

――いろいろな企業の広報の方とお付き合いしていて、これだけ会社愛に溢れる人はあまり見なかったですね。

岸田さん:
広報の仕事って本当はもっとメディアの露出管理やチェック、炎上対応とかあるんですけど、私は出来なかったんですよ。そんなことよりも、こっちが面白いから行けーみたいなことばかりやっていて、会社員としては評価されなかったんです。

メール1つとっても100文字で済むメールを2000字打って送っていました。でもそれが私にとっては「好き」の最大表現ですし、1日で2000字のメールを送られたら、相手はびっくりするか喜ぶじゃないですか。

――そんな中、会社を辞めて作家をやろうという転機が訪れたわけですよね。

岸田さん:
取引先に行くときに遅刻する理由の半分は私なんですけど、半分はトラブルなんです。電車に乗り込んだら野良犬が電車に並走して徐行運転したり、ヒールの靴を引っ掛けてホームから線路に落としたり。自分のせいもあるけどそういうのを引き寄せちゃう。それをエッセイにして1年前にふとnoteに書いてみたら面白いと言ってもらえたんですよ。

取引先に遅刻する理由の半分は私で半分はトラブルなんです

「メロン」に「赤べこ」プレスリリースには絶対書けない

――最初のエッセイは「黄泉の国から戦士達が帰ってきた」でした?

岸田さん:
最初は「どん底まで落ちたら、世界規模で輝いた」っていう話で、自分が駄目なところと弟のいいところを書いたら、「あ、こんなに面白い家族がいるんだ」と凄く楽しんでもらえて。

ブラジャーの話(「黄泉の国から・・」)も、当時私に女子力が無くて容姿のことを考えてなかったので、会社で「もう少し身だしなみをちゃんとして」と言われていたんです。その時にブラジャーの話を教えてもらって、じゃあやってみようかなあと(店に)行ったら、めちゃよかったという話で。

――あの記事を読んで凄い才能だなと思って「作家になったら」といっていたら、本当に作家になった。

岸田さん:
ありがとうございます。あの才能は企業の広報としては使えなくって。だってプレスリリースに、「わたしの胸に、メロンがあった。石原裕次郎のお見舞いの時みたいな」とか書けないんですよ。

私、めちゃめちゃ例え話をするし、話を面白くするために盛るんですよ、大阪人ぽく。胸にメロンなんてあるわけないじゃないですか。「お母さんが赤べこみたいに謝って」って赤べこみたいに謝るわけないじゃないですか。これ、プレスリリースには絶対書けません。

――プレスリリースに書いてあったら驚きますよ。

岸田さん:
だから辛かったこととか嫌なこととか、ついつい話を盛っちゃうダメな癖だったのが、エッセイにしたら人に楽しんでもらえるとなった途端に価値になったんですよ。ある意味バリアバリューです。私にとって文章とか喋りすぎるとかバリアだったんですよ。だって会社のブログで私が書いたもの、めっちゃ削られたもん。

犬養毅は「話せばわかる」で撃たれた、話している場合か

――ある意味、会社の広報で文才が磨かれたのかも知れませんね。

岸田さん:
こういう風に書けるようになったのは、広報で6年間A4サイズに文字を削って書くことや会社にある面白いものを探すことをずっとやり続けてきたので。私は好かれることが好きで好いてもらうことが好きなので、会社のことも知ってもらえてハッピーで、このためなら何でもするって感じだったんですけど、他社の広報の人と話していたら皆そうじゃないんです。手っ取り早く上司から褒められて、最低限で出来ることを知りたいから、私みたいな話を聞かされても困ると。他の人から「そんなこと出来ないよ」「そこまでやらないといけないんですか」といわれるのが一番つらくて。だって私の存在意義でしたから。

――いろいろな新米広報さんに、「ミライロの岸田さんを見習え」っていいましたけどね。

岸田さん:
「岸田さんみたいな縦横無尽なこと出来ないですよ」「社内で上司に話さないといけないんですよ」と他社の広報の人からいわれて。だから私は、「犬養毅は話せばわかるといって撃たれたんだから、話している場合か」といって。歴史に学ばないといけないわけですよ、我々は。「話せばわかるとかいっていたら駄目じゃん。話す前にこっちからやれ。問答無用だ」と。

犬養毅は「話せば分かる」といって撃たれたんだから。話している場合か

私にはずっと変化が訪れる。引きが強いんですね。

――爆笑。ところでコロナの外出自粛の頃は何をやっていたんですか?

岸田さん:
コロナは大変だったんですけど、私はコロナでnoteの読者数やツイッターのフォロワー数が伸びたんです。皆、家にいるし何か見たい、鬱屈としているから面白くて明るいものを読みたいので、丁度どんぴしゃだったみたいで。その日あったことをその日のうちに書いたりするので、読んでいて面白かったんじゃないかと思うんです。家から出ない中で私にだけはずっと変化が訪れるし。

――何で変化が訪れるんですかね?家の中にいたんでしょう?

岸田さん:
なんででしょうね。外をうろうろしていないですよ。私、愛のお裾分けというか人を愛して愛されることが大好きなので、メールとかたくさん送っていましたね。たまにマスクをつけて生活用品を買おうと自由が丘に行ったら、マルチ商法の人に3人連続でキャッチにあって、しかも全員同じ売り文句で。

――どれだけ引きが強いんですかね。

岸田さん:
むかしから引きが強いんですね。車の運転免許を取りに大井の試験場に行ったら、馬が逃げ出してきたり。その時は私のツイートを見たテレビ東京の人から、写真を提供してくださいと言われたし。六本木ヒルズでお母さんと座っていて、側に赤いスーツケースがあって、「森ビルの展示品かな?可愛いね」と話していたら、警察の人がわーときて爆発物処理班がきて。テレビ朝日が近くにいるのに、爆発物のようなものを見つけたのは私の方が早くって、撮った写真を提供して。そんなんばっかなんですよ。

――身の回りに起こっても案外気づかないこともありますよね。

岸田さん:
そうそう。でも気づいちゃうし。遅刻する話につながるんですけど、いつもぎりぎりで動いているので走ったり何か忘れたり人にぶつかったりするんですよ。だから何か起きるんです。あと自由が丘の時は、完全にノーメイクでキャッチされたんですよ。「こいつ騙されやすそうだぞ」と。メイクバチバチの意志が強そうなギャルとか、ちゃんとした社会人に見られなかった。お金に困ってそうな新入社員という感じだったんで。

――爆笑。次は家族のことを話しましょうか。

(後編へ続く)

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】
【表紙イラスト:岸田奈美】