デンマーク政府が2026年から女性にも徴兵を義務化する方針を打ち出したことを受け、戦後80年という節目を迎えるヨーロッパの現状という視線で我々は現地を取材した。

【関連動画】【現地取材】デンマークがウクライナ侵攻を受け18歳以上の女性も2026年から徴兵対象に…兵役期間も4カ月から11カ月に 背景にナチス占領の記憶

デンマークの街並み
デンマークの街並み
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今回は、放送では時間の制約から触れきれなかった社会的背景や人々の声を中心にデンマーク社会の本質的な価値観——とりわけ「ジェンダーの平等」について検証してみた。

女性も2026年から徴兵の対象に

政府の決定により、デンマークでは2026年から18歳以上の女性も男性と同様に徴兵の対象となる。女性についてはこれまでは志願制だったが、今後は抽選制度に組み込まれ、選ばれれば軍務が義務となる。

取材したデンマーク軍の兵士達
取材したデンマーク軍の兵士達

もっとも実際には志願者が必要数を上回っており、兵役に就くのは抽選で選ばれた一部に限られる。デンマークでは毎年約4,700人が兵役に就き、うち約1,100人(約23.6%)が女性。

現在の兵役期間は4カ月だが、2026年からは11カ月に延長される。制度の実態としては、「徴兵」よりも「選抜制の志願兵」に近い。

「徴兵に賛成かどうか」より「平等であるべきかどうか」

現地の街頭インタビューで目立ったのは、「徴兵に賛成かどうか」ではなく、「制度があるなら男女平等であるべきだ」という声だった。

たとえば、コペンハーゲンの若者ヤコブ(24)さんとイエッペ(27)さんは徴兵には選ばれなかったが、女性への拡大について「義務は男女で同じであるべきだ」と話していた。

一方で、制度そのものには「今の時代に必要か」という懐疑的な意見で、軍事費の増加に対する疑念を口にしていた。

ヤコブ(24)さんとイェッペ(27)さん
ヤコブ(24)さんとイェッペ(27)さん

「制度としては平等。でも本音は複雑」──若者と高齢者、それぞれの視点

若者の中には「制度としては理解できるが、自分が行くのは抵抗がある」という本音を語る人もいた。20代の女性たちは「ジェンダー平等の一歩だ」と語りつつ、「行けと言われたら戸惑う」とも漏らしていた。

コペンハーゲンで出会った若者
コペンハーゲンで出会った若者

一方、高齢世代からは「義務が平等なのは当然」としながらも、「戦争にはなってほしくない」「希望者には別の社会奉仕の選択肢を」といった冷静で現実的な声が多かった。

地方都市ヘアニングで話を聞いた女性
地方都市ヘアニングで話を聞いた女性

世代で温度差はあるが、どちらにも共通していたのは、「平等」という理念への賛同だ。

ジェンダー平等が“街に見える”国

デンマークは世界でも有数のLGBTQに寛容な国として知られており、1989年には世界で初めて同性パートナーシップを法的に認める制度を導入した。

以降も、同性婚や養子縁組、差別禁止法の整備など、性的マイノリティーの権利保障において国際的な先駆けとなってきた。

インスタより @copenhagenpride
インスタより @copenhagenpride

こうした法整備や社会的合意の積み重ねにより、「性別にとらわれない生き方」が社会の前提として根付いてきた印象を受けた。

取材していて最も驚かされたのは、公共トイレの多くがジェンダーニュートラル、つまり男女共用の個室型だったことだ。駅や美術館、カフェ、ショッピングモールなど、性別で分けられたトイレを探す方が難しい場所もある。

それぞれプライバシーは保たれているが洗面台は共有で少し戸惑ったことも。そもそも「男性用」「女性用」といった区別を設けない設計が主流になっているのだ。

コペンハーゲンのジェンダーレストイレ © Deanpictures
コペンハーゲンのジェンダーレストイレ © Deanpictures

これは「性別の区別をやめようという努力」というより、デンマークでは「ジェンダーの平等」が街の風景として文字通り“目に見える”形ですでに浸透していると感じられた。

「義務」と「権利」が並ぶ“平等のかたち”

今回の女性徴兵義務化は、「軍拡」や「ロシアの脅威への対応」といった理由が主だとされる。

だが現地の人々と話す中で見えてきたのは、これはあくまで「平等のかたち」として多くの人が納得しているということだ。

「ジェンダーの平等とは、権利だけでなく義務も等しく担うこと」

こうした考え方は、長年の文化や暮らしの中で、いつの間にか根づいてきた感覚に近い気がする。

日本でも「男女平等」はよく語られるが、それはたいてい「女性の権利」や「社会進出」といった側面が中心で、「同じ義務を背負う」という視点は、まだ十分に共有されていないように思う。

徴兵制度が「ジェンダー平等」の試金石になる——そんな見方はこれまであまりされてこなかったかもしれない。だがデンマークではそれがまさに現実として進んでおり、その価値観の違いに、取材を通じて何度も驚かされた。

(執筆:FNNロンドン支局長・田中雄気)

田中 雄気
田中 雄気

FNNロンドン支局長。侵攻後のウクライナをこれまでに5回取材。元社会部記者。夕方および夜のニュースのディレクター、デスク、プロデューサーなどを経験。