今年4月、中東のサウジアラビアで17歳以下のサッカーワールドカップ出場権を懸けたアジアカップが開催された。中国代表チームを率いたのは日本人の上村健一氏。この年代の中国代表チームは2005年以来、世界大会から遠ざかっており、20年ぶりに世界の舞台へ中国を導けるか、日本人である上村監督の手腕に注目が高まっていた。
しかし、16チーム中、上位8チームがワールドカップ本大会に出場できる中で、中国代表チームはグループリーグ初戦のサウジアラビア代表と、2戦目のウズベキスタン代表に連敗し、出場権を獲得することはできなかった。

期待が高かっただけに中国国内では落胆の声も多く聞かれた。中国代表チームを率いた上村氏は今、何を思うのか。上村氏はFNNの単独取材に応じ、中国サッカー界の現状や課題、そして言葉を選びながらも中国で指揮を執ることの難しさについて語った。
中国チームは結果を出せると思っていた
ーー残念ながら敗退してしまいましたが、アジアカップを振り返りどのように総括していますか?
上村健一氏:
私自身は中国チームは結果を出せる状態にあると思っていました。1戦目のサウジアラビア戦は最初に良いゲームの入り方をしたのですが、相手に先制点を取られてしまい、そこから選手たちが試合をコントロールできる状態ではなくなってしまい、結果として勝つことができませんでした。2戦目に関しては完全な現場介入があり、監督である自分が試合に出場するメンバーを決めることができない、試合の戦術など戦い方も決めさせてもらえない状況がありました。

上村健一氏:
そもそも大会に入る前のトレーニング段階から様々な現場介入があり、すごく難しい環境下での大会だったと思います。今、振り返るとシンプルにそういったものを監督である自分が全て排除してやれば良かったという後悔はあります。
ーー現場介入というのは誰が行っていたのでしょうか?
上村健一氏:
管理者がいて基本的にはその方が自分に通達してくるという感じですが、そこにはサッカー協会の上席者の名前があげられ、それ以外にも色々なところから話が出てきて、最終的には全部聞いてくれという話が実際に起きていました。例えば大会に参加する選手たちのメンバー選考においても、監督である私が選びたい選手を全て選ぶこともできませんでした。中国チームには純粋にチーム関係者だけではなく、その周辺にも色々な関係者がいて、そういった人たちの影響力も無視することはできませんでした。
ーーそういった多くの関係者はどのような思いから現場介入してくるのでしょうか?
上村健一氏:
純粋に中国チームを勝たせたいという思いから自分の思いを伝えていたというのが強かったのだと思います。みんな中国チームを勝たせたいという思いは一緒なのですが、一方でやり方だったり、考え方が一致しなかったりというのは普通に起きていました。最終的には監督である私の判断が優先されるのですが、しかし、その判断したものに対しても一部のスタッフが納得せず自分が出したものではないゲームプランで戦うこともありました。
リーグ戦3試合目となった最終戦のタイの試合で言えば、自分が考えたスターティングメンバ―から5人違うメンバーが出されました。しかも、そこでは普段と違うポジションをやっている選手がいたりとかして、私はこのメンバーで戦うのであれば勝利から遠ざかってしまうと感じました。スタートの選手を選んだり、組み合わせたりするというのは非常に難しいことで、それはチームを外部から見ている人たちが思うよりもずっと難しい話です。私は前日の紅白戦などで、そういったメンバーを使うことはチームが勝利するのに極めて難しくなると説明をしましたが、それでもある1人の選手だけは使ってほしいと言われるなど色々と大変なことがありました。
ーー予選リーグの初戦に負けてしまったことがこういった「現場介入」に繋がってしまったのでしょうか?
上村健一氏:
それは大きな要素の一つだと思います。ただ1試合目負けても2試合目に勝てば良いだけですし、3試合目もあるわけですから、私からすると1試合目に負けたというのはそこで終わるわけではないですから、やるべきことは何も変わらない話です。これまでやってきたやり方を突然変える方がむしろ試合に勝てなくなるわけです。

上村健一氏:
初戦に負けてしまったのは仕方がないことです。負けた原因はきちんと分析できていたので、そこを修正すれば2試合目からも十分に対応可能でした。しかし、2試合目のゲームに関して、戦術面で上からの現場介入があり、自分たちがこれまでやってきた戦い方を出せればしっかりと結果を出せると思っていたのに、その戦い方を出せなくなってしまったというのは非常に残念でした。
はねのける強さが足りなかった
ーー中国人選手と上村監督との信頼関係はどのようなものでしたか?
上村健一氏:
選手との関係は非常に良く、良い距離間を築けていました。ただ、選手たちは日本人監督と中国人コーチがしっかりと一枚岩になれていない部分は感じていたと思います。中国人コーチも過去に選手として実績がある人がいたので、そういったコーチは過去の経験を監督である私を飛び越えて選手たちに直接伝えようとしていて、その辺りで監督とコーチ陣の間でうまくコミュニケーションを取ることができない部分もありました。
ーー監督として「自分が監督で全ての責任を取るのだから現場介入するのは止めてほしい」と強く拒否はできなかったのでしょうか?
上村健一氏:
それは何度も話をしました。しかし、最終的にはあなたの考えをリスペクトすると言いながらも結局は管理者側から「上から言われているから…」という話になり非常に難しかったです。今回、大会を終えて自分の後悔は私がそれをはねのける強さが足りなかったと言えます。
中国の子供たちの可能性はアジアでも非常に高い
上村健一氏:
今回は結果が出なくて大変申し訳なかったが、こういう経験をさせてもらったことに対しては本当に感謝の気持ちがあるということを中国のサッカー協会の会長に伝えました。中国の子供たちの可能性はアジアでも非常に高いものがあるとは今でも信じています。

上村健一氏:
しかし、可能性やポテンシャルは高いけれど、同時にアジア各国のサッカーもそれぞれ成長しています。この為、中国もアプローチを間違えてしまうとそこから置いていかれてしまいます。私の中国での指導者としてのキャリアは代表チームの監督だけではないと思っているので、今後は違う立場からも中国の子供たちの成長に協力していきたいです。
ーー今後、中国サッカーが成長していくためには何が必要になると考えますか?
上村健一氏:
1つは選手たちが試合のマネジメントをもっとできるようにすることが大事です。今大会では先制点を取られると一気に崩れてしまう場面が目立ちました。メンタル的な成長は必要になってきます。また基本技術としての「止める」「蹴る」という技術をもっと上げなければいけない。中国サッカーが成長するためにはやらなければいけないことはたくさんあります。
また、代表での活動は年間でわずかな日数です。その代表だけの活動で選手を強化するというのは現実的には非常に難しいです。日本代表を例にとって話すと今の日本代表の選手は多くの選手が海外のリーグでもまれています。彼らは日常の中で高いレベルのサッカーを経験し、その中で個人のレベルアップが行われています。こういったことを考えると日常から高いレベルの試合を経験することが大事になります。中国の育成年代の試合はある時期にチームが集まって一極集中でやることが多いのですが、こういった制度を改めてリーグ戦で戦える環境を整備する必要があります。そして、最後に中国人指導者の意識が変わっていくことが必要です。特に指導者育成とリーグ戦をしっかりと整備する、この2つが大事になると思います。
もう一度中国で学びチャレンジしたい
ーー代表チームでの活動を終えて、今後はどのような仕事をしていくのでしょうか?
上村健一氏:
中国サッカー協会との契約は本大会に出場することができなかったので4月いっぱいで契約終了となりました。そして、5月1日からは中国の広州にある新しいクラブで働きます。2023年から立ち上げた新しいクラブで、今は育成年代しかないチームですが、これからトップチームを立ち上げることになり、そこの監督になります。今回の大会の敗退を受けて、中国メディアで自分に対するバッシングがされている中で、自分自身も非常に悔しく、中国でさらに学びたいと思っていたところ、このような環境を用意してもらうことができたので契約をしました。
ーーどういった思いでもう一度中国でチャレンジしていきますか?
上村健一氏:
自分のサッカーにおいてより強いものがあれば、中国人スタッフも含めて皆を巻き込んでやっていけると思っています。そのためにもう一度中国で学んでチャレンジしたいという気持ちがあります。そして、将来の中国サッカーに対する橋渡し的な役割も担いたいと思っています。新しいチームでは育成を担当するのですが、トップチームとの橋渡しをして、そこに優秀な選手を送り込みたいという思いもあります。
取材を終えて
中国という異国の地で代表チームの監督を経験した上村氏。日本とは言葉や文化、社会や政治体制が異なる中で、中国人スタッフや選手たちをマネジメントすることに多くの困難があったことは想像に難くない。
中国で日系企業の担当者と話をしていると、中国企業の担当者と交渉し双方で契約が成立したものの、後になって外部からの介入により反故にされることは往々にしてあると聞く。上村氏は言葉を選びながら取材に応じていたが、実際にはかなりの苦労があったのだろう。しかし、それでも上村氏は「代表チームが負けてしまったのは全て監督である自分の責任」と語り、「そういったものをはねのける強さが自分には足りなかった」と総括した。
上村氏は中国サッカー協会との契約を4月で終え、5月からは中国の新たなチームで再び監督として指揮を執る。「中国の子供たちの可能性はアジアでも非常に高い」と話す上村氏の再チャレンジを応援するとともに、今後の活躍に期待したい。
【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】