新型コロナウイルスは、「目に見えない壁」を作り出した。その壁によって会いたい人にも会えない人々がいる。
多くの高齢者福祉施設などでは、感染防止の観点から入所者と家族の面会を制限している。
高齢者や基礎疾患がある人は新型コロナウイルスにかかると重症化しやすいことがわかっているためだ。
コロナ禍の今だからこそ会いたい想いをどうすればいいのか。
そんな問題に直面する家族たちを取材した。
朝昼晩と動画を見て、自らを安心させる日々
この記事の画像(15枚)滋賀県大津市に住む梅本高男さん(77)は7年前に妻の安子さん(77)が認知症と診断された。しかし年月が経つに連れ症状が悪化し、介護の負担は大きくなった。
「妻が『あんた誰やと、なんでここにいてるんやと。ここは私の家だと、出て行けって』と言う。その時は僕もストレスがいっぱいたまっていたから、僕も言い返して『これはわしが建てた家だと、お前こそ出て行け』と。そうすると僕が言った声よりも大きな声で言い返してくる。それが2日くらい続いたのかな、3日目か4日目に気が付いたら妻の首を絞めかかっていた」
5年間在宅介護を続けたが、精神的にも肉体的にも限界を感じ、安子さんを特別養護老人ホームに入居させることになった。
梅本さんは毎日のように施設に行き、安子さんと出来る限り一緒に過ごし、面会の時間が2人にとって大切な時間になった。
しかし施設でインフルエンザが流行し今年2月から面会が禁止になり、さらに新型コロナウイルスの影響で会えない状況が続いた。
外出もままならない中、少しでも安子さんの様子を知りたいと、施設に頼んで動画を撮影してもらい、「これ見たらね、毎日妻と会える。今は朝昼晩見ている」と自らを安心させることが日常になったと話すが、やはり直接会えない日々は不安を募らせる。
「おそらく僕の顔もわからないと思う。だから取り戻せるかどうかですわ、今度面会できたときにね」
4ヶ月ぶりの再開はガラス越しの面会
安子さんが入居する施設では6月に入り、4ヶ月ぶりにガラス越しでの面会が許可された。
「やっちゃん、お父さんってわかる?ちょっと思い出しているのかな?」とマイクを使って話をする梅本さん。
梅本さんは、安子さんに2人の思い出の写真を見てもらいながら昔話を続けると、写真を手でなぞるように見ていた安子さんがふと顔を上げ、手を差し出してきた。
「握手?これガラスだから握手できない、いつも手をつないで歩いていたのにね。今は怖い怖い病気が流行っていて、だめなんよ」
安子さんは病気が進行し、言葉を発することが難しくなっていた。それでも梅本さんは会えなかった時間を取り戻すかのように優しく話しかる。
ガラス越しで、いつものように手を握ってあげることもできない。それでも、久しぶりに安子さんに会えたことに梅本さんは喜んでいた。
「生の顔がすぐ見えるし、顔色もすぐわかるし。目の動きとかもみんなわかるからね。これほどいいものはないですわ。こっちの話もちょっとわかるのかな。うんうんと頷くのが何とも言えない。それとニコって笑ってくれるのも。きょうは最高、最高でした」
ずっと一緒に過ごしてきた2人。どんな形であっても、体が動く限り会いに行くつもりだという。
入所者と家族、それぞれの気持ちを犠牲にする面会制限
入所者と家族がガラスを介してつながる施設は、滋賀の隣、岐阜県にもあった。
岐阜市内に住む竹中候夫さん(81)の妻・千秋さんは、認知症を患っていて2年前から同じ岐阜市の特別養護老人ホーム喜久寿苑で暮らすようになった。
千秋さんが認知症を発症したのは15年ほど前で、当初は自宅で介護を続けていたが、次第に会話もままならないほどになった。
竹中さんは、千秋さんが喜久寿苑に入ってからもほぼ毎日会いに行っていたが、新型コロナウイルスはそれを妨げた。
「会えないということはこちらもストレスですけど、おそらく向こうも、会ってもいい顔もしないけれど、おそらく認識はしているから、なんで来ないと思っている」
竹中さんの想いに応えるべく、施設側も何とか夫婦に寄り添った対応をと考えガラス越しの再開を認めた。
「お~い、分かるか?千秋さん!」とガラス越しに声を書ける竹中さん。
「千秋さん、おーい。千秋さん、分かるか?おーい」と今度は携帯電話を使い、繰り返しガラス越しの妻の名を呼んでいた。
窓ガラスに顔を付けるようにして妻に話しかける竹中さん自身が何より嬉しそうだ。
面会は10分ほどだったが、竹中さんが帰ろうとすると、千秋さんが玄関まで見送りに来た。
「あ、いい顔しとる。どういうこっちゃ。さいなら、またね」
そう話す竹中さんは久しぶりの再開にホッとした様子だ。
「言葉がしゃべれないし、声が聞こえているのか分からないから、本当はやっぱりああやって会いたい。本当は体にも触ってやればもっとよく分かるんですよね。そういうことができないのはコロナのせいだからしょうがないけれど。たとえガラスがあったとしても、そこにいて息遣いまで感じられる」
ひとたび施設内で感染者が出ると、集団で感染が広がるリスクを抱える高齢者福祉施設は、外部からウイルスを持ち込まないための面会制限が必要だ。
しかし引き換えに入所者の気持ちを犠牲にしなければならないジレンマを抱えている。
写真付きの手紙で心をつなぐ病院も
別の手段で施設と家族をつなぐ工夫が始まっている。
豊かな自然に囲まれた三重県多気郡大台町で、唯一病床を抱える大台厚生病院。
入院患者約100人中、9割が75歳以上の高齢者だ。
感染すると重症化しやすい高齢者を守るために、“面会禁止”の措置は止むを得なかったが、それは家族と患者の双方が大きな不安を感じることになる。
不安を抱かせないために、家族と患者をいかにして繋ぐか。大台厚生病院は職員たちで話し合い、病院のスタッフが入院患者全員を撮影し、手紙を添えて家族に送ったという。
緊急事態宣言が解除された5月25日から、週1回、10分ほどの面会ができるようになった大台厚生病院には、戸川和司さん(71)と妻の安子さん(65)の姿があった。
「お母さん、こっちやよ。分かる?」「こんな格好でしか会えんけどな、ごめんしてな」と、交互に声を書ける戸川さん夫妻。
飛沫防止のシートの向こう側には、入院中の93歳の母親・みえ子さんがいた。
みえ子さんが肺炎で2019年12月に入院して以来、毎日病院に通い食事などの世話をしていたが、2月28日から面会禁止に。3か月もの間、全く会えない状況になっていた。
和司さんが「これ見てみ、心で見える?写真送ってくれたんやに、元気やって」と、病院のスタッフから届いた手紙を見せていた。
そこには、
戸川みえ子様のご家族様。ここ最近、毎日お昼にゼリーを一個完食されています。熱もなく元気に過ごされております。
と、病床の母の様子が手書きで書かれていた。
看護師は「お熱がある人やったらお熱がどうとか、脚が痛い人やったら脚の痛みはどうとか、一言ちょっと添えて、あとは心配事とかあればまた連絡くださいと添えて、お手紙を書かせていただきました」と話す。
面会禁止の期間中、戸川さん夫妻にとってこの手紙だけが母親の様子を知る唯一の手段だった。
「しまっては出して、しまっては出して、メッセージを読ませていただきました。手が震えて嬉しくて、自然に涙が出てきて字が見えないくらいでした。コロナで忙しいところ、時間を割いてスタッフの人たちがしてくれたということに、本当に感謝しております」
病院から写真とともに届いた手紙。心のこもった一文字一文字が、家族と患者、そしてスタッフを繋いでいた。
3ヶ月ぶりにタブレット端末で会話ができた家族
アナログな文字ではなく、デジタルの力を使って、つながりを保とうとする施設もある。
岐阜市の喜久寿苑では、タブレット端末を通して孫と会話する女性がいた。106歳の砂山フジノさんだ。
砂山さん:
お魚が食べたい
孫:
行けるようになったら持っていくでね。ちゃんと元気で待っとってーよ
孫:
じゃあね、ばあちゃん。バイバイ
砂山さん:
(手を振りながら)バイバイ。ありがとう
3か月ぶりに顔を見ながら会話をしたという砂山さん。
この施設では新型コロナウイルスへの感染を防ぐため、2月半ばから外来者との面会を中止したため、入所者はやはり家族とすら会うことができない。
そこで5月から始めたのがSNSのビデオ通話。触れ合うことはできないが、それでも相手の表情を見ながら話すことはできる。
砂山さんの孫も「顔が見れて嬉しかったです。ほっとしました。長いこと顔も見られなかったのでね、コロナのせいで。でも元気そうで良かったです」と安心した様子だ。
目に見えないウイルスが作ってしまった壁。
厚生労働省は高齢者福祉施設でのオンライン面会を進めるため、補正予算でICT導入支援の補助上限額を引き上げることや、補助対象にWi-Fi購入・設置費用を追加するなど拡充を進めている。しかし家族側にもオンライン面会のための機器がなかったり、使用方法がわからない人たちがいるのも現実だ。
高齢者や基礎疾患がある人が重症化しやすい新型コロナウイルス感染症。クラスターとなってしまっている施設も全国にある中、家族との交流をいかに実現させるのか、未だ試行錯誤が続いている。