この春、日本の高校を卒業しアメリカの大学に進学するスイマーがいる。パリ五輪競泳女子バタフライ100mで7位入賞を果たした日本代表の平井瑞希選手(TOKIOインカラミ)だ。高校生でオリンピアンとなった選手がアメリカの大学に進学するのは、極めて異例のケース。日本の大学ではなく何故アメリカの大学を選んだのか。そして将来の目標について、7月の世界水泳の選考会を兼ねた日本選手権前に話を聞いた。
アメリカの大学でコミュニケーションを学びたい
2022年の世界ジュニア選手権で100mバタフライと400mメドレーリレーで金メダルを獲得。世界から注目される選手となった平井選手は翌年の同大会で、アメリカの大学からスカウトがあり3校を見学した。その中からテネシー大学を選んだ理由は、水泳の環境だけではなく学びの環境だった。

平井瑞希選手:
アメリカの大学を見学して、学校の広さ、規模の大きさにびっくりしました。施設も魅力的だったけれど、コミュニケーションを学べることに魅力を感じました。特に、テネシー大学には自分にフィットした学部があったんです。日本では、コーチの話を選手が聞くというスタイルだけれど、アメリカでは、お互いに意見を言い合って練習を進めている。選手同士も人の話を聞いたり指摘したり、自分の意見を言い合っていたんです。

平井選手が進学するテネシー大学は、テネシー州ノックスビル市に本部を置く州立大学でNCAA(全米大学体育協会)の1部に所属している。アメリカンフットボールや女子バスケットボールが強豪として知られている。

パリ五輪には、競泳17人を含め約30人が出場し、陸上などで2つのメダルを獲得している。オリンピアンである選手が当たり前のようにいて、切磋琢磨できる環境なのだ。
アメリカならではの環境:ヤードプールは23m!
日本のプールは世界大会の基準に合わせて短水路25m・長水路50mがスタンダードだが、アメリカの大学では、50mのプールを25ヤードに仕切って練習や大会が行われる。25ヤードはおよそ23mとかなり短い。

平井選手:
距離が短いので、飛び込んだらあっという間にターンをしないといけない。私の今の課題は、飛び込みとターンの初速を早くすることなので、ヤードプールで壁ぎわの強化が出来る事は魅力的なんです。高いレベルでみんなと挑戦できる。
平井選手は、幼いころから他の選手の泳ぎも自分でデータ化して比較し、明確に課題を見つけ水泳に取り組んできた。今の課題に真正面から向き合えるのが、アメリカのヤードプール。願ってもいない環境だと言える。
「文武両道」水泳も勉強も頑張りたい
アメリカの大学では学業が最優先とされているが、平井選手の進学するテネシー大学も例外ではない。
平井選手:
勉強が出来ていないと、水泳をやらせてもらえないし、練習すらできなくなるんです。水泳も勉強も頑張りたい。まずは英語力が足りないので、9月の入学までに早めに渡米して英語のクラスを取る予定です。
勉強とスポーツのハイレベルな両立は容易なことではないが、平井選手の表情からは、むしろ厳しい環境にワクワクしている様子が伺えた。というのも、幼い頃から学業と水泳の「文武両道」をとても大切にしているからだ。
パリ五輪には、他の代表選手より遅れて、高校の期末試験を終えてから出発した。
平井選手:
私は高校生なので、学業もおろそかにできない。テストを受けて五輪に出発しました。2年生からは、物理が好きだったのでスポーツクラスではなく理系のクラスへ編入しました。大会などで休んだりすると大変だったけれど、興味のある勉強が出来て本当に良かったです。
水泳だけでなく、勉強においても手を抜かない平井選手。スポーツであれ、勉強であれ、自分を高めることが、彼女を成長させる原動力になっている。
抵抗を少なく楽に泳ぐ
この夏シンガポールで行われる世界水泳の代表選考会を兼ねた日本選手権に向けた強化合宿に参加していた平井選手。疲れが残っていないか心配して尋ねると。
平井選手:
そんなに疲れていないです。普段から疲れが残らないように体を揺さぶる体操や疲労回復に良い食事などを心掛けています。リカバリーは、ほとんど一人でできるようになりました。

3月の日本選手権は、初めて3種目(バタフライ・背泳ぎ・自由形)に挑戦。強度の高い練習が必要になったにも関わらず疲労が残っていない理由を教えてくれた。
平井選手:
普段の練習から必要な力だけで抵抗を減らして泳いでいます。三角筋とか大腿四頭筋とか、四肢の部分を頑張ろうとすると力が入りやすい。そこを意識的にコントロールして最後まで良い泳ぎが出来るように心がけています。
日々の練習から疲労を上手くコントロールして取り組んでいるため、大会だからと言って特別な準備は必要ない。平井選手は、無駄な力を使わず楽に泳いでいる為、躍動感のあるダイナミックな泳ぎが最後まで保持できる。安定してタイムを伸ばしている理由は、こうした日々の積み重ねにあると言える。
半年間の計画をいつも立てている~精神的な安定のため~
水泳はとにかくタイムに一喜一憂するスポーツだが、平井選手が中学生の頃から応援している私には、彼女がタイムに縛られている様子は感じられない。
明確な課題を具体的に見つけてクリアーすることを大切にし、その結果がタイムに繋がっている。また、半年間の計画を立てていることも精神的な安定に繋がっているそうだ。

平井:
「半年計画」というのを立てていて、一つの計画が終わる前に、次の計画を立てています。その試合だけの結果に一喜一憂するのではなく、次の目標に向かってという意識でやっています。次のステップを常に見続けて挑戦できるんです。
今は、二つの計画を立てていて、一つ目の目標は、日本選手権で100mバタフライの日本記録更新(長水路56秒08:池江璃花子)と背泳ぎ・自由形での代表入り。もう一つは、この夏の世界水泳で、アジア記録(長水路55秒62:張雨霏)を更新して表彰台に立つことです。
短水路では、100mバタフライで既に日本記録(55秒10)を樹立している平井選手。今回の日本選手権では、残念ながら池江選手の持つ長水路の日本記録は塗り替えることは出来なかったが、前年のパリ五輪同様、憧れの池江璃花子選手と共に世界水泳の派遣標準記録を突破して代表の座をつかんだ。7月にシンガポールで行われる世界水泳では、アジア記録を樹立して表彰台に立つというもう一つの半年間の目標を是非達成して欲しい。
4年後のオリンピックでセンターに立って国歌を流したい
昨年のパリ五輪は、100mバタフライで決勝に進み7位入賞を果たした平井選手。初めてのオリンピックとはどんな場所だったのか、改めて聞いてみた。
平井選手:
観客の人数と歓声が凄かった。地鳴りがして、今までに経験したことがないくらい大きくて、泳いでいるときも聞こえてきたんです。周りの選手も大きいし、自分のコントロールの幅をもっと広げないといけないと感じました。大きな学びと経験が出来たので、4年後は、ここでセンターに立って国歌を流したいと思いました。パリでは、一度も日本の国歌が流れなかったので…。

2028年、平井選手が大学4年生で迎えることになるロサンゼルス五輪。
世界の頂点に立つための平井選手の挑戦は、まだまだ始まったばかり。ロサンゼルスの大歓声を味方につけ、スタート台に立つ平井選手の姿が今から楽しみでならない。
(取材・執筆:フジテレビアナウンサー 西山喜久恵)