2023年度に政府が実施した訪問介護の基本報酬の引き下げを受け、24年には全国の訪問介護事業所の倒産件数は過去最多を更新した。こうした状況の中、新潟県内では独自に訪問介護事業所を支援する動きも出ている。少子高齢化が進み、訪問介護の需要が高まる中、その現場を取材した。
“訪問介護”の現場
村上市にある訪問介護事業所で働く榎本麻奈美さん(32)。11年間ヘルパーとして、介護の現場を支えてきた。

榎本麻奈美さん:
こんにちは、須貝さん。どう体調は?
須貝トシエさん:
体調はいい
榎本麻奈美さん:
よかった
この日、訪れたのは、30年ほど前に夫を亡くし、今は一人で暮らす須貝トシエさん(101)の自宅だ。
須貝トシエさん:
この間のうどんあったでしょ。あれ煮て食べたらおいしかったよ
榎本麻奈美さん:
また買ってこようか
須貝トシエさん:
初めて食べた。あんなの
人と話すことが好きだという須貝さん。
しかし、立ち上がることや歩行などが自力では困難で、入浴や排泄などの一部介助が必要な『要介護2』と認定されている。
以前は須貝さんの姪が定期的に身の回りのお世話をしていたが、その姪も70代後半を迎え、体調を崩すことが増えてきたため、3年前から週に3回、訪問介護を利用している。
須貝トシエさん:
洗濯物が洗濯機に入っていた。干してくれ
榎本麻奈美さん:
分かりました

この日の訪問では、洗濯物を干したり、冷蔵庫に入っていた魚を焼いたりするなど、家事全般の補助を中心に須貝さんの要望を聞きながら介護にあたっていた。
榎本さんは「利用者さんが待っていてくださるので、それをやりがいにやっている」と話す。
しかし、訪問介護の現場は、厳しい状況に立たされている。
“倒産件数”が過去最多に…怒りの声も
東京商工リサーチの24年の調査では、全国で倒産した介護事業者は172社と過去最多を更新。このうち約5割を訪問介護が占めている。

その背景にあるのが、訪問介護の基本報酬の引き下げだ。
「物価高・燃料費の高騰に加えて、国からもらえる報酬が下がっているというのは、どう考えても怒りしかない」
25年2月、新潟県庁で会見を開き、介護報酬の改定で、訪問介護の基本報酬が約2%引き下げされたことへの怒りの声をあげていたのは、県内の訪問介護事業者だ。
新潟県民主医療機関連合会によると、訪問介護の場合、都市部などのマンションのような集合住宅が多い地域では短時間で多くの利用者宅を回れることから、デイサービスなどに比べ、黒字率が高い傾向にあるという。
そのため、政府は訪問介護の基本報酬を下げたとみられている。
一方、新潟県内では、一軒家が多く、利用者宅同士の移動距離も長いため、都市部に比べ利益を上げにくい。
加えて、雪が多い地域では片道40分かかることもあり、十日町市や糸魚川市などの複数の訪問介護事業所で赤字経営に陥っているのが現状だ。
県民医連などが報酬引き下げの影響について、県内の398事業所を対象に行ったアンケートでは、回答を寄せた139事業所の約8割が「事業継続が厳しくなる」、または「悪化する」と回答。

県民医連の宮野大事務局次長は「今回アンケートを集約して、国の判断は間違っていたと我々は確信している。介護報酬の見直しは3年に1回だが、訪問介護の介護報酬引き下げについては、次期改定を待たずに即時撤回が必要だと強く感じている」と話した。
基本報酬引き下げ…経営者はどう対応?
榎本さんを含め、現在16人のヘルパーが勤務し、約100人の利用者を抱える村上市瀬波地区のヘルパーステーションゆめ。

この事業所を運営するユニゾンむらかみの福田秀樹代表も「介護業界の賃金そのものが低いところで、削られていくというのはなかなか厳しい。国は年収400万円を目指しているということで、処遇改善をやっているが、今の報酬体系で従業員に400万円出すというのはかなり厳しい」と苦しい経営状況を口にする。
この事業所では、物価高や人件費の高騰を受け、3年ほど前から赤字経営が続いていて、年収400万円を超えるヘルパーを1人も置けていない。
経費削減を図るため、24年4月に村上市内にあった事務所を閉鎖し、自宅を事務所にした矢先、基本報酬が引き下げられた。
「国に見放されたような気持ちだった」と福田代表は当時を振り返る。
毎年2月と8月にヘルパーに支給しているボーナスも、24年8月分はカットせざるを得ない状況になった。

福田代表自身も24年10月から月17万円の役員報酬を全額カット。また、紙の書類を廃止し、専用ソフトで従業員の出勤・退勤を管理するなど経費削減に取り組んでいる。
以前は紙代やインク代で1カ月2万円ほどのコストがかかっていたが、今は8000円ほどに抑えられている。
こうした努力もあり、25年2月には例年通り、ヘルパーに対しボーナスを支給することができた。
苦しむ現場…村上市は減収分をさかのぼり支援
事業者が苦しむ中、全国で初めて報酬引き下げによる減収分を、24年4月にさかのぼって独自に支援することを決めたのが村上市だ。

高橋邦芳市長は支援を始めたきっかけについて、「小さい事業者だと経営者の皆さんが私財を投げうってやっているところもあったので、そこはしっかり応援するということでやった」と話す。
村上市は引き下げ前の訪問介護の基本報酬に戻し、ガソリン代の高騰分もカバーするため、車1台に月3000円を支給。
さらに事業所から利用者の自宅までの距離が7km以上ある場合は、1回50円を上乗せする。

高橋市長は「集約しているところに提供するサービスというのは、比較的効率がいいが、村上市は中山間地で、実際に270を超える集落を抱えているため、通常の歩いていける距離とは全然違う。都市部とサービスの形が違うので、そこの部分は埋めていかなければならない」と、都市部と中山間地域の条件の違いについて強調。
こうした実情を加味せず、一律に訪問介護の基本報酬を引き下げた国に対し、今後も早期の見直しを訴えていく考えだ。
村上市の対応に現場は?
村上市の施策について、市内の事業者から「助かる」「ありがたい」などの声があがる一方で、榎本さんは「賃金の安さや業務内容の大変さというのがあり、人材の確保が難しいところではある。賃金を上げるのが一番いいと思っている」と、介護現場を支えるヘルパーの低賃金を嘆く。

それでも訪問介護を待っている利用者のために、その生活を支えるために、きょうも働く。
須貝トシエさん:
一番の楽しみは、やっぱりヘルパーさんが来てくれること
榎本麻奈美さん:
利用者さんが待ってくださっているので、お元気に過ごしていただけるようにサービスをできればと思っている
少子高齢化とともに核家族化が進む中、高齢者が老後を安心して過ごすために、不可欠となっている訪問介護。
その流れと逆行するかのような報酬の引き下げに対し、疑念の声が消えることはない。
(NST新潟総合テレビ)