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迎えに来ない両親…当時小学1年生 津波で家族を亡くした21歳が新たな一歩 夢は「いつか故郷で楽器店を」東日本大震災から14年【福島発】|FNNプライムオンライン
わすれない 3.11

迎えに来ない両親…当時小学1年生 津波で家族を亡くした21歳が新たな一歩 夢は「いつか故郷で楽器店を」東日本大震災から14年【福島発】

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両親を津波で亡くし、故郷を離れ14年。21歳となった男性は、ふるさと・浪江と家族の思い出を胸に、都会で新たな一歩を踏み出した。いつかは故郷で…夢に向けて動き始めている。

この春、新たなスタート

東京・渋谷。「初めて出勤した時からずっと楽しい。入ってきたギターの検品で、それ弾いている時が一番楽しいかな」と話す鍋島悠輔さん(21)

東京・渋谷の楽器店で接客をする鍋島悠輔さん(21)
東京・渋谷の楽器店で接客をする鍋島悠輔さん(21)
この記事の画像(10枚)

4月に就職する楽器店でアルバイトに励んでいた。小学生のころ、動画サイトで見たバンドの演奏に魅せられて、楽器に関わる仕事を選んだ。

津波に襲われた浪江町請戸地区

鍋島さんは福島県浪江町の出身。14年前の「あの日」、日常が一変した。
鍋島さんが生まれ育った浪江町の請戸地区には、15メートルを超える津波が押し寄せた。地区の犠牲者は127人、行方不明者は27人にのぼっている。

福島第一原発が見える浪江町請戸地区(2011年撮影)
福島第一原発が見える浪江町請戸地区(2011年撮影)

津波で家族4人を失う

追悼復興祈念式での遺族代表・鍋島悠輔さんのスピーチ

「私の両親と祖父母は、あの巨大津波の犠牲となりました。父はまだ行方不明のままです。13年経った今でも、両親や祖父母の温もりは忘れていません」

遺族代表の言葉を述べる鍋島さん
遺族代表の言葉を述べる鍋島さん


(2024年3月11日・東日本大震災追悼復興祈念式)

あの日、小学1年生だった鍋島さんは、津波で父・彰教さんと母・弥生さん、また近くに住んでいた母方の祖父母を失った。
「不安も湧かないくらい、当時の状況が分からなかったので。先生が慌てて、やばそうって思ったのではないですかね。親が迎えに来ると思って、隣の子と遊んでいましたね」と鍋島さんは“あの日”を語る。

鍋島さんの家族
鍋島さんの家族

迎えに来ない両親と祖父母…その年のうちに、父方の祖父母が暮らす神奈川県平塚市に5歳上の姉と一緒に身を寄せた。

一度だけ夢に出てきた父

「土日にお母さんは仕事で、お父さんがショッピングモールに連れて行ってくれて、お昼にマック買ってくれたくらいの記憶ぐらいしかないです。今でもマックの紙袋の匂いとか嗅ぐと、ちょっと思い出します」
笑顔が絶えない仲の良い家族だったという鍋島さん一家。

神奈川県平塚市の“実家”で
神奈川県平塚市の“実家”で

鍋島さんはたった一度だけ、あの日、迎えに来るはずだった父の姿を夢に見たという。
「遊んでいて、お父さんだけ迎えに来た時の夢。それだけですね。とにかく泣いていた覚えがあります。泣いて起きて『あっ夢か』って。夢の中で泣いていたのですけど、起きて枕元がちょっと濡れていたので、本当に泣いていたのだって」

父の夢を見たのは一度だけ
父の夢を見たのは一度だけ

両親も祖父母も鍋島さんに「新しい人生を歩みなさい」と言っているのか、それ以来一度も夢には出きてくれない。

あの日から14年

いつのまにか、浪江で過ごした時間よりもここで過ごした時間の方が長くなり、自分を支えてくれる大切な人々とも出会った。14年が経ったいま、社会人として歩みはじめる鍋島さんの心には、いつでも福島への思いがある。

鍋島さんを支えてくれる人たち
鍋島さんを支えてくれる人たち

「実際、福島にいるよりこっちの方が長いし、もう平塚ことは実家って呼んでいます。(Q:浪江のことは?)ふるさとって呼んでいますね。夢は、ここで経験を重ねて、楽器屋が少ない福島で自分の楽器店を作りたい」

夢に向けて一歩を踏み出す
夢に向けて一歩を踏み出す

いつかきっと「ふるさと」に「あの日の家族」に、自分の音色が届くよう。新たな旅立ちの一歩を都会の街並みの中で力強く踏みしめる。

復興の現在地

2011年3月11日、午後2時46分。国内での観測史上最大級、マグニチュード9の巨大地震が発生。福島県内では最大震度6強を記録し、10メートルを超える津波が沿岸部を襲った。

14年経つ今も沿岸部では行方不明者の一斉捜索が(2024年10月撮影)
14年経つ今も沿岸部では行方不明者の一斉捜索が(2024年10月撮影)

福島県警察本部によると、県内での東日本大震災による死者は1614人、行方不明者は196人にのぼる。また福島県のまとめでは、避難中に病気が悪化して亡くなるなどの「震災関連死」は、2024年11月1日の時点で2348人と、1年間で9人増えた。

(福島テレビ)

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