東京大学大学院客員教授で防災マイスターの松尾一郎さんが、福島・新地町の消防団員・小野茂夫さんを訪ねた。
小野茂夫さんは、東日本大震災直後から行方不明者の捜索活動を行った、地元消防団の1人。

新地町消防団・小野茂夫さん:
目に焼き付いて、忘れることはできないです。10年たってもね。あのつらい記憶は消すことはできないな

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消防団の使命感

高さ9メートルを超える巨大な津波が押し寄せた新地町では、110人が犠牲になった。

津波が押し寄せた家屋
津波が押し寄せた家屋

浸水面積は町の20%に及び、小野さんを始めとする消防団は、休みなく約2カ月間活動した。

新地町消防団・小野茂夫さん:
かっこよくいうと、使命感みたいなものがある。消防団って、私が思うには小さい単位で家族。もうちょっと大きく言えば隣組。その人たちをいかに大事に守れるか、愛せるかみたいなところかな、大げさに言うとね

防災マイスター・松尾一郎さん:
地域の安心安全をどうやって担保するかという活動を日頃からやっているし、消防団の活動があるからこそ、わたしたちの安全な地域社会があるということですよね

使命感の一方、捜索活動は悲しみの連続だった。

新地町消防団・小野茂夫さん:
ガードレールにちょうど体が挟まって、ガレキと一緒に。かわいそうだったです。つらいですね、やっぱり。初めて亡くなった方を触れさせてもらうというか...やっぱりすごくつらかったです

家族が犠牲になった消防団員を目の当たりにした時には...

新地町消防団・小野茂夫さん:
団員がうつぶせになっている妹を抱きかかえて、「なんで逃げなかったんだ」と泣き崩れて。それ見た時かな...みんな号泣です。誰にもあたりようのない悔しさというか。やっぱりつらかったですね

2019年10月には、釣師防災緑地公園に慰霊碑が設置された。
慰霊碑に刻まれた犠牲者の中には、一緒に活動してきた消防団員もいた。

犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑
犠牲者の名前が刻まれた慰霊碑

門馬則行さん。
母親を避難させ、次は住民を助けようと現場に戻る途中、津波に襲われた。

東日本大震災では、全国で約250人の消防団員が避難誘導などの活動中に命を落とした。

新地町消防団・小野茂夫さん:
色んな使命感があって、どうしても危険な場所に行って人を救わなくちゃいけない。こう思うのも人間なんだな

30年以上消防団として活動してきた小野さん。
仲間の犠牲を受けて、新しい避難の方法が求められていると思うようになった。

新地町消防団・小野茂夫さん:
(住民を)救おうとして動いて、落とした命の陰に救われた命がいくらでもあった。だから、この先はやっぱりわが身の命を守って、広報とか命を救うというか、避難誘導していくというか。避難誘導される側も、みんな意識して、自分の力で避難しなくちゃいけないというのをわかってもらわないと、これからはだめかもしれない

消防団員としての使命感と、自らの命の安全確保。
両立を図るためには、地域での仕組み作りが欠かせなくなる。

防災マイスター・松尾一郎さん:
救護被災という言葉があるんですよ。助けようと思って、実は消防団の人たちも巻き込まれてしまう。それは何とかなくさないといけない。そこに暮らす人たちが、自分たちで逃げる仕組みを作っていく、避難する。これが重要なことかなと思いました

「災害経験した人の知恵をいかに広げていくか」

新地町消防団・小野茂夫さん:
この場所にいる人は、10年前にあれだけの被害を体験しているから、みんな逃げると思います。問題は、それがだんだん薄れてきたときですね

防災マイスター・松尾一郎さん:
記憶が薄れる。時間がたつ。あの災害を知らない子どもたちが大人になったとき、災害を経験した人たちの知恵とか、今考えていることをいかに広げていくかなんでしょうね

2021年2月には、震度6強の地震に見舞われた新地町。
災害が相次ぐからこそ、地域の防災力の“要”として消防団の役割が今、増している。

消防団の重要性が再び増している
消防団の重要性が再び増している

新地町消防団・小野茂夫さん:
この先どんな自然災害が襲ってくるかわからないし、それに備えて、消防団一丸となって頑張っていきたいなと思います

(福島テレビ)

記事 666 福島テレビ

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