1961年に起きた名張毒ぶどう酒事件では、奥西勝(おくにし・まさる)元死刑囚が無実を訴えながらも獄中で亡くなった。妹の美代子さんは、兄の無実を信じて裁判のやり直し=再審を求めているが、再審が認められないまま時間が過ぎ、95歳となった。
再審の請求ができるのは、本人以外には限られた親族だけだ。裁判に時間がかかり、“検察に有利”と言われる日本の再審制度は、多くの問題を抱えている。
■一審は「無罪」二審で「死刑」再審叶わず89歳で死亡した奥西勝
1961年、三重県名張市の集落でぶどう酒を飲んだ女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」では、奥西勝(当時35)が逮捕された。

奥西は「証拠は自白だけ」「自白を強要された」と主張し、一審の津地裁は「無罪」を言い渡した。
奥西勝(一審の判決後):
自分としてはこうだこうだと言われるけど、事実じゃないからどう言っていいか分からない。そうしたら辻井警部補が教えてやるからと下書きして、勉強を半時間ぐらいして覚えて、こういうことあると言えと。(Q自分の意思ではない?)そういうわけです。言ったこと自身はね。

しかし、二審の名古屋高裁では「死刑」を言い渡された。

奥西は、塀の中から無実を訴え続けた。1973年の一回目の再審請求では棄却され、その後も再審請求を続けて2005年、7回目の再審請求でようやく再審開始が決定した。
しかし、長い裁判の末、結局棄却され、再審の重い扉は開かなかった。

奥西は2015年、肺炎で死亡した。89歳だった。
■兄の遺志を継ぎ“再審請負人”となった美代子さん「いい結果を聞いて、逝きたい」
奈良県山添村(やまぞえむら)には、奥西の妹・岡美代子さん(95)が暮らしている。

美代子さんは兄の遺志を引き継ぎ、裁判のやり直しを求める“再審請求人”となった。
岡美代子さん(2025年1月7日):
昭和4年95歳。巳年。兄の事件さえ終わったら来年でも逝ってもいいけど。兄の(裁判が)片付くまで、見届けてからでないと逝くのは寂しい。いい結果を聞いて、逝きたいです。

いわゆる「再審法」は、大正時代の旧刑事訴訟法をほぼそのまま引き継いでいて、裁判の進め方に明確なルールがなく、長期化が問題となっている。
■58年後に無罪判決となった『袴田事件』裁判所が“捜査機関による捏造”を認定
1966年、静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、袴田巌(はかまだ・いわお)さんは死刑が確定した。

事件から58年経った2024年9月、再審で無罪判決が言い渡された。

裁判所は、犯行時の着衣とされた“5点の衣類”や“自白調書”などには「捜査機関による捏造があった」と認定した。

11月27日、静岡地検のトップ・山田英夫検事正が浜松市の自宅を訪れ、袴田さんと姉・ひで子さんに直接謝罪した。
静岡地検 山田英夫検事正:
あらためまして大変申し訳ございませんでした。刑事司法の一翼を担う検察としても、大変申し訳なく思っており、そのことについて直接お伝えに参りました。
袴田さんの姉・ひで子さん:
58年前の事件ですので、私たちは、今更検察に、どうのこうの言うつもりは毛頭ございません。

再審はハードルが高く“開かずの扉”と言われている。しかし、袴田さんの冤罪事件をきっかけに“再審法”を見直す声が高まっている。
■ “検察に有利” と言われる日本の再審制度 弁護士「完全におかしい」
名張毒ぶどう酒事件の弁護団長の鈴木泉(すずき・いずみ)弁護士は40年以上、活動を続けている。
名張毒ぶどう酒事件 鈴木泉弁護団長:
袴田事件で再審が認められて、かつ無罪になったというのは、僕たちにとっては極めて大きな力になりました。

長期にわたる“再審制度”の問題点として、鈴木弁護士は「検察官の不服申立て」を挙げた。
名張毒ぶどう酒事件の場合、事件から44年が経った2005年に再審開始が決定した。しかし、検察官の異議申し立てなどで、裁判は長期化した。

再審が始まる前に、検察官が不服申し立てできる「抗告権」は欧米にはなく、日本の再審制度は“検察に有利”だと言われている。結局、2012年、再審は取り消しとなった。
名張毒ぶどう酒事件 鈴木泉弁護団長:
再審開始決定に対しても検察の抗告を許していると、(再審の)入口の段階で閉ざしてしまうことができるという、今の再審法は完全におかしいですよ。

再審の長期化を防ぐためには、検察側が保管している「証拠の開示」がカギとなる。
2024年10月に再審の扉が開いた「福井女子中学生殺人事件」では、裁判所の強い勧告によって、新たに287点の証拠が開示された。ずさんな捜査が明らかになり、再審開始決定の決め手となった。

しかし、事件発生から38年が経過していた。
■検察が“隠し持つ”証拠の開示求め…美代子さん「見届けなきゃ死ねない」
名張毒ぶどう酒事件の弁護団はこれまで、“ぶどう酒に入れられたとされた農薬が、別の農薬だった”など、新たな証拠を独自に見つけたが、再審の扉は開かなかった。

しかし、まだ検察が隠し持ち、開示されていない証拠がたくさんあるといわれている。
鈴木泉弁護団長:
実に2000枚に及ぶ証拠が、まだ検察官の手元で開示されていないということが分かったんですね。証拠が隠されていたままで死刑が維持されるというような、非常識な不正義がまかり通るような世の中を許してはいけないと強く思います。

美容院で髪を染める美代子さん。それには、強い思いがある。
岡美代子さん:
あんまり白髪の頭しとったら、裁判長が「おばあさんだから死ぬまで待とう」と言って、いい結果をくれないかもしれない。

再審請求ができるのは、本人のほか、親や兄弟など、限られた親族だけだ。
美代子さんはすでに95歳。生きている限り、真実を待つが、時間がない。

岡美代子さん:
やったのなら早く死んだほうがマシ。やってないのだから、見届けなきゃ死ねないと、頑張っている。
■司法の闇を描いたドキュメンタリー映画「いもうとの時間」
2025年1月4日、名張毒ぶどう酒事件を題材にしたドキュメタリー映画「いもうとの時間」が、東京都中野区のミニシアター「ポレポレ東中野」で公開された。
映画では、美代子さんの人生を描きながら、えん罪事件の理不尽さと、“大正時代のまま”といわれる再審法の問題点など司法の闇を描いていて、全国で順次公開が予定されている。

ナレーターを務めた俳優の仲代達矢さん(92)は、公開初日の舞台挨拶に登壇し、「「生きている限り真実を待つ」という言葉、私は非常に感動いたしまして、この作品に携わりました」と話した。

また鎌田麗香監督は「袴田事件だけでなく、名張毒ぶどう酒事件にも目を向けてほしい」と話した上で、「裁判所は一刻も早く証拠開示をするよう、検察に命じてほしい」と訴えた。
2025年1月10日放送
(東海テレビ)