テニスの大坂なおみ選手が、抗議の意思を示したことで話題となった、アメリカ・ウィスコンシン州ケノーシャでの黒人男性銃撃事件。8月23日、警察官が黒人男性のジェイコブ・ブレークさん(29)を逮捕しようとした際、背後から7発発砲、ブレークさんは下半身不随となった事件だ。

8月23日 米ウイスコンシン州で起きた黒人男性銃撃事件
8月23日 米ウイスコンシン州で起きた黒人男性銃撃事件
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これに抗議する人々が、直後から抗議デモを敢行。一部は暴徒化し、放火や略奪行為などに及び、人口10万人の小さな町は、焼け野原のようになった場所も見られた。

事件から約1週間が経った9月1日、トランプ大統領が事件が起きた街・ケノーシャを訪問した。大統領は「これは平和的なデモではなく、国内テロだ」と暴徒化したデモ隊を強く非難した。また、治安当局を激励し略奪・破壊の被害にあった店を見舞い、事業主らに400万ドルの支援を行うことを表明した。一方で、警察官に撃たれ重傷を負ったブレークさんの家族には面会せず、人種差別抗議デモの参加者と意見交換をすることもなかった。

ウィスコンシン州は2016年の大統領選で、トランプ大統領が僅差で勝利した「激戦州」だ。トランプ大統領は2ヶ月後に迫った大統領戦を見据えて、人種間の対立を宥和するより白人層の支持固めを優先する姿勢を改めて示した。波紋は広がるばかりだ。

9月1日 トランプ大統領がケノーシャを訪問
9月1日 トランプ大統領がケノーシャを訪問

白人警察官による有色人種への「過剰な暴力」への抗議デモが広がり、一部が暴徒化して破壊行為に及ぶ・・・このサイクルには、「またか」という印象を拭いきれない。5月には警察官に首を押さえつけられて死亡したジョージ・フロイドさんの事件が起きたばかり。アメリカのどこかで、ほぼ毎日のようにデモが繰り返されている。

ケノーシャでの銃撃事件は抗議活動に再び火をつけた。著名人で声を上げたのも大坂選手だけではない。NBA(全米プロバスケットボール)、メジャーリーグ、プロサッカーと、スポーツ界でもボイコットの動きは広がった。この動きに同調し、NBA番組の本番中に解説者(元選手)がスタジオから立ち去ったが、このシーンもテレビで繰り返し放送された。

デモの合い言葉「警察の予算を打ち切れ」

5月以降、私はニューヨークの街で何度も抗議デモを取材した。当初の合い言葉は、全世界で有名になった「Black Lives Matter(=黒人の命も大切だ/以下BLM)」など、人種差別への抗議がメインだったが、だんだんと警察批判も聞かれるようになった。

「ブラック・ライブス・マター」抗議デモ
「ブラック・ライブス・マター」抗議デモ

それは「Defund Police=警察の予算を打ち切れ」、警察官による暴力が繰り返されることへの憤りを込めた言葉だ。デモ隊のかけ声だけでなく、街中でこの言葉の落書きがたびたび見られるようになった。また、ニューヨークでは市庁舎前での座り込みも続いた。

「ブルー・ライブス・マター」運動と17歳少年の逮捕

BLMが広がりを見せる一方で、この動きに反発するグループも存在感を示しつつある。警察のサポーターである「ブルー・ライブス・マター」という運動だ。

青は警察官の制服を意味し、「警察官の命も大切だ」と警察を擁護している。警察への批判を展開する「ブラック・ライブス・マター」に真っ向から反対する主張だ。相反するイデオロギーを持つ「ブラック」と「ブルー」。2つのグループは、5月以降のデモでたびたび衝突を起こしている。

両者の深い溝は、前述のウィスコンシン州の事件で新たな悲劇を引き起こした。ブレークさんが銃撃された2日後、街には外出禁止令が出されデモに乗じた混乱が続く中、2人が銃で撃たれ死亡した。銃撃の一部始終をとらえた映像はすぐさまSNSで世界中に拡散された。ライフルのような銃をもって走る男とそれを追う人々。銃を持つ男は走りながら倒れ、追っ手に至近距離で銃を乱射している。

8月25日に発生した銃撃事件。17歳の少年が逮捕された
8月25日に発生した銃撃事件。17歳の少年が逮捕された

衝撃は映像だけにとどまらなかった。この事件で逮捕されたのは、隣のイリノイ州に住む17歳の少年で、この少年の“信条”にアメリカは今、衝撃を受けている。少年のSNSには「ブルー・ライブス・マター」を支持する書き込みがあったと、現地メディアが報じたのだ。また、地元警察などは会見で「“自警団”と称して武装するグループがあるのを認識している」と言及、少年がこの自警団と行動をともにしていた可能性も報じられている。

考えられる構図はおそらくこうだ。ブレークさん銃撃事件に抗議し、「ブラック・ライブス・マター」派のグループが抗議デモを行う。ほとんどの場所では平和的な抗議活動が展開される一方、一部が暴徒化し、放火や略奪行為などで小さな町は荒らされた。知事は非常事態宣言を出し、州兵を動員。

警察を支持する「ブルー」派は、“自警団”を自称し武装を呼びかけて集結。暴徒化する人々やデモ隊などに発砲するなど、衝突が起きていた。

多くの現地メディアは、逮捕された17歳の少年が「ブルー・ライブス・マター」運動に傾倒していたことをSNSで示唆し、隣のイリノイ州からわざわざ現場まで深夜出かけていったと報じた。また、警察への憧れがあり、トランプ大統領の集会に参加している様子の写真が存在していることも報じられた。

トランプ大統領「法と秩序」

トランプ大統領は以前から「Law and order=法と秩序」を呼びかけていて、警察の予算を削減しようとする自治体の首長(ニューヨーク市長など)に批判的だ。ケノーシャ訪問では、ウィスコンシンの警察当局に100万ドルの支援を約束している。また、2人を死亡させた17歳の少年についても「事件は調査中だが正当防衛の可能性がある」と擁護している。

自警団の結成はトランプ政権が支持者に呼びかけているわけでは決してないが、その存在は事実上容認している。その結果、過剰に武装した「自警団」が各地でデモ隊を攻撃し、新たな暴力の連鎖が生まれている可能性が考えられる。

ウィスコンシン州の事件の後も「ブラック」と「ブルー」の衝突は後を絶たない。8月29日、今度はオレゴン州で悲劇が起きた。人種差別に抗議するデモ隊と、およそ600台の車に乗って集まったトランプ大統領の支持者たちが衝突したのだ。この衝突と直接の関連があるかは不明だが、混乱の中、極右団体のバッジがついた帽子を身につけた白人男性が死亡した。

もちろんトランプ大統領だけでなく、「ブラック・ライブス・マター」派や、警察の発砲によって命を落としたりケガをした人の家族も、「暴力行為はやめてほしい」と呼びかけている。にもかかわらず、暴力の連鎖と分断は深まる一方だ。

「ブラック・ライブス・マター」に端を発した人種差別抗議デモに、警察を擁護する「ブルー・ライブス・マター」が激突し、大統領選を前に対立の嵐が吹き荒れるアメリカ。暴力の連鎖を断ち切り、議論のもとに大統領選を迎えてほしいと願うばかりだ。

【執筆:FNNニューヨーク支局 中川真理子】

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。