思い思いの言葉や贈り物を手に「おかえりなさい」

11月22日、神奈川県にあるアメリカ海軍の横須賀基地は「おかえりなさい」というプラカードを持った人々であふれかえっていた。

父親を待つ高校生。船の姿が見える前からずっとプラカードを持ち上げていた
父親を待つ高校生。船の姿が見える前からずっとプラカードを持ち上げていた
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夫を出迎えるためにやってきた女性、父親を待つ高校生チアリーダー、花束を手に彼女との再会を待つ男性。

花束を手にガールフレンドを待つ男性。カメラを向けると優しく微笑んだ
花束を手にガールフレンドを待つ男性。カメラを向けると優しく微笑んだ

鳴り響く生バンドの演奏、チアリーダーたちの歓声、そして漂うポップコーンと甘いドーナッツの香り…まるでアメリカ本土にいるような錯覚さえ覚えた。

9年ぶりに横須賀に戻ってきた空母ジョージ・ワシントン

彼らが待ちわびていたのは、9年ぶりに戻ってきた原子力空母ジョージ・ワシントン。

アメリカ本土での改修や原子炉の燃料棒の交換などを終え、11月22日午前9時半すぎに横須賀に入港した。

半年ぶりの夫との再会を待ちわびる女性。娘婿を出迎えに来た父親も元海兵隊員
半年ぶりの夫との再会を待ちわびる女性。娘婿を出迎えに来た父親も元海兵隊員

巨大な艦船がその姿を見せると出迎えに集まった人々は歓声を上げ、甲板にずらりと並んだ乗組員の中から“待ち人”を見つけ出そうと、目をこらした。

空母ジョージ・ワシントンから降り立った“水兵”たち。若者が多かった
空母ジョージ・ワシントンから降り立った“水兵”たち。若者が多かった

2つの原子炉を動力にするこの空母を出迎えたのはもちろん、待ちわびる人ばかりではない。複数のボートが空母に近づこうとして海上保安庁の巡視艇に排除される場面もあった。

まるで「動く街」、巨大空母がやってきた

乗組員が地上に降り立った後、空母の内部(ほんの一部)が報道陣に公開された。

全長約333メートルと、ほぼ東京タワーの高さと同じ長さのジョージ・ワシントン。

甲板はまるで空港の滑走路。全く揺れを感じず、海上だと忘れるほど
甲板はまるで空港の滑走路。全く揺れを感じず、海上だと忘れるほど

乗組員は5000人近くに上り、70機の艦載機を乗せられる。公開されなかったものの、艦内には食堂はもちろん、病院や売店もある。しかし、空母が「動く街」と呼ばれる最大の理由は、やはりその大きさからだと体感した。

「新しい脅威」に立ち向かう能力をもった最新鋭の機体も

リノベされたジョージ・ワシントンは最新鋭のF-35Cステルス戦闘機やCMV-22Bオスプレイを新たに搭載。入港後に会見したティモシー・ウェイツ艦長は「新しい挑戦や新しい脅威に立ち向かうことになるが、ジョージ・ワシントンには新しい役割と能力がある」と、胸を張った。

格納庫に並べられたカラの燃料タンク。一見ミサイルのよう
格納庫に並べられたカラの燃料タンク。一見ミサイルのよう

また、第5空母打撃群司令官のグレゴリー・D・ニューカーク少将は新たな艦載機について、「F-35Cステルス戦闘機や新型早期警戒機E-2Dを搭載することで得られる情報がケタ違いに多くなる。さらにその情報を古い航空機や艦船に伝えることができるので、他国との協力もしやすくなる」「CMV-22Bオスプレイの搭載によってロジ形成のスピードと能力が格段と上がる」と、丁寧に説明した。

海軍高官の2人が具体的な「驚異」を口にしなかったのに対し、空母を出迎えたエマニュエル駐日大使は「空母は時代遅れと言われるが、そうではない。その証拠に中国は新しい空母を建造中だ」と、明確に答えたのが印象的だった。

日米でなぜ違う、軍人へのリスペクト

アメリカで生活していると、軍人を見る度に日本の自衛隊員との大きな違いを感じる。軍人に対するリスペクトだ。それは戦争に対する認識の差に直結する。

アメリカ人は、いざ戦争が始まれば、家族あるいは友人が戦地へ赴き戦い、時には命を落とすこともある。自分の命を危険にさらす覚悟を持つ軍人に対し、アメリカ人は尊敬と感謝の念を持ち、レストランや商店は「軍人割引」を設定し、航空会社は優先ラインや優先席を設ける。

入隊時に「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」と宣誓する自衛隊員が「悪目立ちするから制服を着て街中を歩かない」と話す日本とは大きな違いだ。

日米首脳が初めてそろって訪問した真珠湾

その待遇の違いを体感したのが2016年のハワイのパールハーバー(真珠湾)だった。

米・ハワイ州パールハーバー(2016年12月27日)
米・ハワイ州パールハーバー(2016年12月27日)

当時の安倍首相がハワイを訪れ、太平洋戦争開戦のきっかけとなった真珠湾攻撃(1941年)の犠牲者に対して哀悼の意を表明した。日米の首脳がそろって真珠湾を訪れるのは初めてのことだった。

米軍OBが見守る中、日米首脳が演説

日米首脳のスピーチを最前列で見守ったのは退役軍人だった。彼らはVIP待遇を受け、オバマ大統領はスピーチを終えると真っ先に退役軍人たちに歩み寄り、一人一人と丁寧に握手をした。人生の先輩であり、命を懸けて国を守ろうとした人々へのリスペクトの現れだった。

最前列には退役軍人が座り、日米首脳のスピーチを見守った
最前列には退役軍人が座り、日米首脳のスピーチを見守った

戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない

安倍元首相が真珠湾で行ったスピーチの一部を紹介する。

「アリゾナ記念館」で担当者の説明に耳を傾ける安倍首相(当時)
「アリゾナ記念館」で担当者の説明に耳を傾ける安倍首相(当時)

一人ひとりの兵士に、その身を案じる母がいて、父がいた。愛する妻や、恋人がいた。成長を楽しみにしている、子供たちがいたでしょう。それら、全ての思いが断たれてしまった。

その厳粛な事実を思うとき、かみしめるとき、私は、言葉を失います。

その御霊(みたま)よ、安らかなれ――。思いを込め、私は日本国民を代表して、兵士たちが眠る海に、花を投じました。

私は日本国総理大臣として、この地で命を落とした人々の御霊に、ここから始まった戦いが奪った、全ての勇者たちの命に、戦争の犠牲となった、数知れぬ、無辜(むこ)の民の魂に、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

戦争の惨禍は、二度と、繰り返してはならない。

緊迫する東アジアからインド洋まで

今後、ジョージ・ワシントンを中心とする艦隊は、東アジアからインド洋まで広範囲にわたってにらみをきかせることになる。

離着陸の際についたのか、油のあとがあちこちに残る飛行甲板
離着陸の際についたのか、油のあとがあちこちに残る飛行甲板

この巨大な空母は抑止力になるのか、あるいは周辺国にとっての脅威となり、攻撃の言い訳になってしまうのか。

冒頭で紹介した「彼女を待つ男性」は無事彼女と再会し、花束を手渡せたようだった
冒頭で紹介した「彼女を待つ男性」は無事彼女と再会し、花束を手渡せたようだった

安倍元首相の「戦争の惨禍は、二度と繰り返してはならない」との言葉が改めて思い浮かんだ。

取材後記

アメリカ軍は海外の40以上の国と地域に基地を構えている。基地では朝晩の2回、アメリカと駐留国の国歌が流れる。ジョージ・ワシントン入港取材のために訪れた横須賀基地でも午前8時にアメリカ国歌と君が代がスピーカーから流れ始めた。

国歌が流れ始めると、それまで遊んでいた子供たちが動きを止めた(横須賀基地)
国歌が流れ始めると、それまで遊んでいた子供たちが動きを止めた(横須賀基地)

すると、それまでボールを蹴って遊んでいた子どもたちがピタリと動きを止め、敬意を表し、国歌に聴き入ったのだった。

そういえば、もうすぐ真珠湾攻撃から83回目の12月8日がやってくる。

(執筆・写真:フジテレビ上席解説委員 中本智代子)

中本智代子
中本智代子

フジテレビ報道局 上席解説委員
チリ生まれ メキシコ・スペイン育ち。妹弟とのケンカはスペイン語。
2010年から4年間ニューヨーク特派員。ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年)やチリ鉱山落盤事故(2010年)などを取材。フィリピン・ドゥテルテ大統領、アウンサンスーチー氏インタビューなど。
名古屋は行ったことないがドラゴンズファン。日本史と日本地図は苦手。