ブリヂストンが、“無”になることをテーマとした新しいサロンを開業した。
ブリヂストンの技術を生かしたベッドやバーチャル森林浴、お茶を“吸って”リラックスできるメニューもある。
専門家は、物質的な豊かさにとどまらない幸福へのアプローチが学問としても注目されており、そんな時代の変化を映し出しているのではないかと指摘する。
ブリヂストンがウェルビーイング事業に参入
「恐れ入りますが、強制的に『無』になっていただきます」。
謎の看板がある店舗に入ってみると、見慣れない形のベッドがあった。
取材ディレクター:
伸縮するゴムの動きによって体が包み込まれ、リラックスすることができます。
これは、タイヤやロボットで知られるブリヂストンが手がける新しいサロン「“無目的室” Morph inn Shimokitazawa」。
テーマは「無になる時間」だ。
ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ 主幹 山口真広さん:
常にスマホを見たり、オンライン会議が常に休憩なく入っていたりする中で、ある種、窮屈になっている気がしている。
心を落ち着かせ脳を整える音楽を聴いたら、あとはベッドに横になるだけ。
このベッドには、深い“無”の世界に導く秘密があった。
ベッドと掛けものには、ブリヂストンが強みであるタイヤ製造のノウハウを生かした「ゴム性の人工筋肉」と「柔らかいロボット」の技術を活用。
これらが適度な力加減で収縮するため、身を委ねることができる。
さらに、バーチャル森林浴「ZZZN NATURE」(期間限定)では、まるで自然に囲まれているような映像や匂いと音楽の組み合わせが、無へと誘う。
この特別な体験をサポートするメニューは、ほかにもあった。
「“吸うお茶”(期間限定)茶香 by Art Collective Ochill」では、水たばこやシーシャのように、「お茶」を吸うことができる。
Ochill 茶香師 磯川大地さん:
香りを感じる1つの嗜好(しこう)品体験になっている。深呼吸っていう時間がお茶を飲むということとは違った効果や作用をもたらしてくれると思う。
これらのメニューが実現した背景には、「無の時間」を提供するビジネスに賛同したさまざまな企業の協力がある。
これまで効率性や生産性の向上を目指してきた企業が、なぜウェルビーイング事業に本格参入したのか。
ブリヂストン ソフトロボティクス ベンチャーズ 主幹 山口真広さん:
“無”がきっかけになって、新しい消費が生み出されたり、新しい行動とか習慣ができる。みんなが盛り上がれるような形が文化を作っていくということじゃないかなと。
この特別な体験は12月20日まで、初回1500円〜となっている(プランにより料金は異なる)。何も考えない「無」の時間を、価値のある時間に変えるのはどうだろうか。
背景には幸福研究の学問への注目が
「Live News α」では、哲学者で津田塾大学教授の萱野稔人(かやのとしひと)さんに話を聞いた。
堤礼実キャスター:
ーー今回の試み、どうご覧になりますか?
津田塾大学・萱野稔人教授(政治哲学):
私にとって興味深いのは、ブリヂストンのような企業がこれまで培ってきた技術を使って、ウェルビーイング市場に本格参入しようとしている点です。これは現代の資本主義社会で生じている大きな1つの変化を表しているのではないでしょうか。
堤キャスター:
ーーその変化とは、どういうことでしょうか?
津田塾大学・萱野稔人教授:
近年、学問の分野では幸福研究が注目されています。人間にとって幸福はどのようなメカニズムを持っているのかを探求する学問分野です。この幸福研究は英語で言うと、「ウェルビーイングスタディー」となります。
つまり人間にとってのウェルビーイングを探求しようという点で、企業の経済活動と学問が同時代的に歩みを共にしているんですね。
物質的な豊かさ以外での幸福へのアプローチが必要
堤キャスター:
ーーそうした背景には、どんなことがあるのでしょうか?
津田塾大学・萱野稔人教授:
なぜ、そうした現象が生じているのかという理由の1つが、幸福研究そのものによって示唆されています。お金は人間の幸福とどのような関係にあるのか、お金があれば人は幸せなのか。そうした問いに対して、多くの幸福研究が示しているのは、次のようなことです。
一定の金額までは所得が増えれば増えるほど人間の幸福度も上がっていくが、ある一定の所得額を超えると、所得と幸福度との相関関係が弱まっていくんですね。
これは、人間が幸福であるためにはある程度の豊かさが必要だが、その先の幸福のためには物質的な豊かさとは別の要因が重要になるということです。
堤キャスター:
ーーどうしたら幸福になれるのかという、アプローチが問われているわけですね。
津田塾大学・萱野稔人教授:
企業はこれまで、さまざまな製品やサービスを提供することで社会の豊かさを高めてきました。そして、それによって人間の幸福度も高まってきました。
しかし今後は、物質的な豊かさにはとどまらない幸福へのアプローチが、ますます必要になってきますね。ブリヂストンの試みは、そんな時代の変化を映し出しているのではないでしょうか。
堤キャスター:
忙しい日々の中でつい忘れがちなのが、「無」になることかもしれません。
意識的に何も考えない時間を作ることで、得られることもあるように思います。
こういった時間も大切にしたいですね。