山形・西川町で、かつて存在した小学校の敷地に埋めたタイムカプセルを50年ぶりに掘り出すイベントが開かれた。当時、カプセルを埋めた人たちの思いに迫った。
オープンチャットだけで呼びかけ
タイムカプセルを掘り出そうと集まったのは、西川町の旧西山小学校の卒業生たち約30人。
かつて学校があった場所にある石碑には、「五十年後開く」の文字が刻まれ、卒業生の間ではタイムカプセルを掘り出さなければならない責任感のようなものが芽生えていたという。
発起人の一人、佐藤尚史さんは「ちゃんと呼びかけたわけではないのに、オープンチャットだけで『集まって』と呼びかけて、50年前のことを覚えてくれていたのがうれしい」と話す。
当時担任だった女性の姿も
旧西山小学校は、町内にあった小学校の中で一番大きな学校だった。
50年前の1974年10月13日に、児童247人が通っていた学校は創立100周年を迎え、記念事業の一つとしてタイムカプセルが敷地内に埋められた。しかし、学校はその後2012年3月の統廃合で姿を消し、校舎や体育館などは取り壊され、2024年10月13日現在は更地になっている。
そんな状態でもタイムカプセルは敷地内に眠っていた。あれから50年…。
重機を使って掘り出すと、コンクリート製の箱の中に炭と一緒に入れられていた“つぼ”が出てきた。
つぼの中からは、当時の児童たちが書いた寄せ書きや絵画などのほか、当時発行された雑誌などが出てきた。
卒業生の阿部麗子さんは「何を入れたのかも忘れていたが、50年後に掘り起こすことはずっと覚えていて、きょう掘り起こすことができて良かった」と感慨深い思いだ。
旧西山小の創立100周年にあたる1974年に赴任し、当時4年生の担任だったという大場八千代先生は2024年で89歳。「私も気になっていたものだから、発掘の日まで生きていたいなと思って、頑張ってきた」とタイムカプセルの開封を楽しみにしていたそうだ。
「50年後は、中身はだめだろうなと思って来たが、でも良かった、無事に1つでも出てきたから」とほっと胸をなで下ろした。
「義務は果たせたな」笑顔で語る
集まった卒業生の中には「50年後の私」というテーマで“作文”を書いた記憶を持つ人が多くいたが、実際は作文ではなく“寄せ書き”だった。
「作文ないじゃん、あれ?作文、苦労して書いたんだけどなあ。50年後って想像できなくて、『57歳の自分ってどうなの?』と、苦労して書いた記憶がある」と少し残念がった。
50年という時間は長く、タイムカプセルに保存していた資料の中には、汚れて読めなくなったり、色が失われた写真などもあった。
一方で、当時の状態を克明に残した資料もあり、集まった卒業生たちは出てきた宝物にじっと目を通していた。
卒業生の佐藤尚史さんは、「箱が出てきたときはすごくワクワクした。タイムカプセルを開封したということで、まずは西山小学校いよいよ閉幕かなという感じがしている。『義務は果たせたな』みたいな」と笑顔を見せた。
佐藤さんによると、タイムカプセルから出てきた絵画など個人が特定できる資料は、今後書いた人に届けたいという。
50年の時を経て、卒業生たちの間に思い出がまた1つ刻まれた。
(さくらんぼテレビ)