本格的に競技を始めてわずか10カ月で宮城県の中学生記録を27年ぶりに更新した期待の新星が気仙沼市にいる。陸上にのめり込む前はラグビーに夢中。父から筋力をつける重要性を教えられ、小4から自重トレーニングを始めた。今やベンチプレスは120㎏を上げ、細身の選手が多い中で、中学生離れした筋肉を持つその姿はトラックでも目を引く。気仙沼市で生まれ育った畠山一気選手はその名の通り、一気に記録を塗り替えようとしている。

陸上関係者を驚かせた新星
2024年7月、宮城県の中総体陸上、3年男子100m決勝。畠山一気選手はこのレースで広く名前を知られることになった。正式な陸上部がない階上中学校から「特設陸上部」という形で出場。2位以下を大きく突き放す走りで10秒79というタイムを叩き出した。

宮城県の中学記録として、実に27年ぶりの新記録だった。目を引いたのは所属や記録だけではない。陸上関係者を驚かせたのは、中学生離れした見事な筋肉だった。
ラグビーから陸上へ
気仙沼市で生まれ育った畠山一気選手。本格的に陸上を始めたのは中学2年だった2023年10月からだ。それまでは小学6年から始めたラグビーに夢中だったが、腰を痛めたことで断念した。元々、走ることが好きだったことや、身体的な接触がなく、けがの心配が少ない陸上を始めたという。

一方で、小学4年生から続けているのが筋肉のトレーニングだ。自重トレーニングから始め、今ではベンチプレス120㎏を上げる。指導しているのは父・智一さんだ。
「すべては筋肉が基本」
智一さんはアームレスリングで2004年、2015年の2度、全国大会で優勝した元日本チャンピオン。「すべてのスポーツは筋肉が基本」という考えから、息子にも筋トレを勧めてきたという。

トレーニングルームには智一さんが尊敬しているという元カナダ代表の陸上短距離走選手ベン・ジョンソンのポスターが張られている。金メダルはく奪など物議を醸した選手だが、鍛え上げた筋肉で一気に最高速に達する「ロケットスタート」は陸上ファンでなくとも鮮烈な印象を残した。畠山選手は父の教えを受けつつも、東京五輪で9秒83のアジア新記録を出した蘇炳添(そへいてん)選手の走りを目指しているという。
持ち味は爆発的な加速力
畠山選手は2024年5月から仙台の陸上クラブ「スタートライン」に所属。本格的な指導を受けるようになると、短距離走の記録はぐんぐん伸び始めた。冒頭の県中総体決勝は、まさに成長途中の通過点に過ぎなかった。畠山選手の指導にあたるスタートラインの菅秀輝さんは「一番の持ち味は爆発的な加速力、トップスピードの高さ」だという。初めて見た印象は大学生かと思うくらいだったと振り返る。

初めての“つまづき”
だが、急成長につきものの“つまづき”も待ち構えていた。8月、全中陸上100m決勝。初出場ながら予選を全体2位で通過し、初優勝への期待も高まる中、フライングと判定され失格となった。大会は、直前に中学生記録(10秒46)を更新し注目を浴びていた、千葉県の小寺慎之助選手(習志野四中)が優勝した。「全国の決勝で走ることが目標」と話していた畠山選手は、自分が輝くはずだったレースを外から眺めることしかできなかった。

あきらめない原点
落ち込む畠山選手に父・智一さんは「思い通りにいかないことがあっても、あきらめないで前に進め」と声をかけたという。その言葉の裏にあったのは、東日本大震災の経験だ。
津波で当時1歳の畠山選手と住んでいた自宅は全壊。すんでのところで命は助かったものの、家にあったトレーニング設備は全て無くなった。智一さんはふるさとの雰囲気が沈んでいるのを見て、もう一度アームレスリングで日本一を目指すことを決意。初優勝した2004年から11年後の2015年、再び日本一に輝いた。

直接の記憶はなくとも震災のことを聞かされて育った畠山選手は、素直に父の言葉を受け止めた。決勝の翌月の記録会では10秒63と自己ベストをさらに更新した。
再び全国の舞台へ
そして臨んだ佐賀国民スポーツ大会。畠山選手は中学3年生と高校1年生を対象とした少年男子B100mに出場した。予選を10秒67で2位通過すると、準決勝では10秒61と中学歴代5位の好タイムを記録。大舞台でも自己ベストを更新し決勝進出を果たした。
決勝に進出した8人中6人は高校生。残る2人のうち1人は畠山選手、もう1人は全中で優勝した小寺選手だ。

スタートはわずかに出遅れたものの、終盤に伸びを見せ、全中チャンピオンの小寺選手をかわしてゴール。10秒91とタイムは振るわなかったが、調子が良くない中でも7位と結果を残した。

畠山選手の目標は、高校日本初の9秒台。そして、みんなに応援される選手になることだ。本格的に競技を始めて1年。越えなければならない壁はまだまだ多いが、震災後に再び日本一に輝いた父のように、ふるさとに希望をもらしてくれるに違いない。