「今年もありがとね また来年もよろしくね」

春を告げる早咲き桜「春めき」を前に微笑む
春を告げる早咲き桜「春めき」を前に微笑む
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心地よい暖かな春の風が吹き、一斉に花を咲かせる桜。
その桜にゆっくりと手を伸ばし、そっと花を両手の手のひらで包み込む。
顔を近付け、香りを感じながら優しい笑みを浮かべる。

三嶽正雄さん(72) は子供のころから目の病気を患い、40代で光を失いました。
自分の畑で大切に育てているこの桜は、7年前に苗木から植えたものです。
春めいた頃に咲くことから「春めき」と名づけられ、ぼんぼりのような可愛い、少し濃いピンク色の花は、優しい甘い香りがします。

春になると三嶽さんは、桜の香りを嗅ぎに行くのが日課で、風とともに流れてくる桜の甘い香りに向かって歩けば、春めきにたどりつくといいます。

「春めき」の香りに春を感じる
「春めき」の香りに春を感じる

「皆さんは目で見て綺麗と判断されますけど 我々は桜の枝と花びらをすくう感じで、手で触れたと共に香りを嗅ぐ。これで綺麗ということを判断させてもらってますよ」

三嶽さんは、愛しそうに桜を両手でそっと触りながら、桜に話しかけます。
「また来年も香りを嗅がせてね 今年もありがとね」 

桜と菜の花のコントラストがきれいな神奈川県南足柄市 狩川沿いの遊歩道
桜と菜の花のコントラストがきれいな神奈川県南足柄市 狩川沿いの遊歩道

「桜との再会」

この桜に、心癒され、なごむという三嶽さん 

「春めき」に出会ったのは、8年前のことでした。

三嶽さんは、その桜の香りを嗅いだ瞬間、目が見えていた小学生の頃に見た桜を思い出したといいます。

三嶽さんの通っていた小学校 昭和20年代(写真の左右が桜の木)
三嶽さんの通っていた小学校 昭和20年代(写真の左右が桜の木)

当時、弱視で近くのものしか見えなかった三嶽さんは、桜の花を直近で感じ見るため、木に登りました。

「花びらが鮮明に見えないので枝を繰りよせ 顔を近づけ目で見て香りをかいだこと、もう65年以上前ですが思い出されます」

「春めき」との出会いから、三嶽さんは、桜の苗木を自分の家に植えたいと栽培農家を探し訪ね、生産者の古屋富雄さんに出会います。

「春めき」生産者の古屋富雄さん(66)
「春めき」生産者の古屋富雄さん(66)

「香る桜が人と人を繋げる」

2000年に新登録されたこの桜は、南足柄市で彼岸の頃に咲いていた桜の枝から育成調査すること8年、品種登録された比較的新しい桜です。

卒業時期の3月に開花する「春めき」は主に学校などに出荷していましたが、視覚障害のある三嶽さんからの依頼は古谷さんにとって思いがけないことでした。

「香りから春を感じる」健常者の方ではわからない香りの世界がある。
「視覚障害のある人達にも、春を楽しんで頂けることを、三嶽さんと出会い知りました」と話します。

この2人の出会いをきっかけに「春めき」は各地の盲学校など2000本以上が全国に贈られ広がっていきました。

神奈川県立平塚盲学校 4年前に植樹した「春めき」と子供たち
神奈川県立平塚盲学校 4年前に植樹した「春めき」と子供たち

神奈川県立平塚盲学校では、「春を感じる授業」が行われ子供達の元気な声が響きます。

「いい天気 いい天気」小学生は春の香りにウキウキです。

「春探し スタート」

5本の「春めき」桜が植えられ、香る桜をひとつひとつ探しては、花を優しく手にとり、香りを感じます。

「花びらがあって5枚付いているよ」「フワフワー」
「どんな匂い」「なんか 甘い匂い」「先生もやれば良かった」
「疲れてる人が嗅いだら疲れが吹っ飛びそう」

香りで春を感じるこの桜 子供達の顔も自然と笑顔になっていました。
香る桜「春めき」が 人と人をつなげ 心の中に、優しい花を咲かせていきます。

 
 

【撮影後記】

早咲きの桜を取材しようと、香る桜「春めき」のことを調べていました。
進めていくと桜を毎日、愛でるという三嶽さんに出会うことが出来ました。
目の不自由な三嶽さんが、どのように桜を感じるのか、映像でその香りをどう表現すればいいのか、難しい取材であることを感じながらも撮影したいと思いました。

悩みながら撮影したインタビューで、三嶽さんは、
「皆さんは目で見て綺麗と判断されますけど、桜の枝と花びらをすくう感じで、手で触れたと共に香りを嗅ぐということで綺麗と判断させてもらっています」
その場面こそが、三嶽さんが春を、その全てを感じているものだと思いました。
桜に「ありがとね」と笑顔で話す三嶽さんに、心を動かされました。
三嶽さんとの会話の中で、よくわからないから「テレビはあまりつけない」ということを聞き、三嶽さんに対して、わからないような放送にはしたくない。
テレビマンだからこそ、しっかりと伝えなければいけないと思いました。

目の不自由な三嶽さんにどう伝えればいいのか・・・
自問自答しながらも、大切な場面を的確に撮影できて、三嶽さんの出してくれているメッセージをしっかりと受け止めているか・・・
悩みながらも、VTRを編集するにあたり、耳で聞こえる情報を多く取り入れ、その場をイメージできる鳥のさえずりや、自然の音を大切にして皆さんに感じ伝える事が出来ればと思いました。

この場をお借りして、取材でお世話になりました方々に御礼申し上げます。

(撮影・執筆:フジテレビ報道局 取材撮影部 中村龍美)

【問い合わせ】
南足柄市観光協会事務局(南足柄市役所商工観光課内)
TEL:0465-74-2111(代表)