アメリカ景気下振れへの警戒感が急速に強まるなか、世界の金融市場で投資家がリスク回避姿勢を強めている。
2日の東京株式市場は全面安の展開となり、日経平均株価の終値は2200円を超えて値下がりした。世界的に株価が暴落した1987年のブラックマンデーの翌日に次ぐ、過去2番目に大きい下落幅だ。これに先立って、1日のニューヨーク市場でも、IT関連銘柄を中心に売り注文が膨らみ、ダウ平均が一時700ドルを超える値下がりとなった。
アメリカの雇用情勢と景況感のかげりが鮮明に
株価急落のきっかけとなったのが、アメリカで発表された経済指標だ。
1日に公表された7月27日までの1週間の新規失業保険申請件数は、24万9000件と前の週の23万5000件から増加し、ほぼ1年ぶりの高い水準になった。また、7月の製造業景況感指数は46.8と、前月の48.5から下落し、好不況の分かれ目とされる50を4カ月連続で下回った。雇用情勢と景況感のかげりが鮮明になった。
翌2日に公表された7月の雇用統計は、アメリカ景気の悪化懸念をさらに強めることになった。非農業分野の就業者の伸びが市場予想を大幅に下回ったうえに、失業者が1年前の1.2倍に急増し、失業率は大方の予想に反して、前月の4.1%から4.3%へと跳ね上がった。
この記事の画像(5枚)相場全体に強い下押し圧力がかかるなか、2日のダウ平均は、一時900ドルを超えて値下がりし、ハイテク関連銘柄の多いナスダックの株価指数も一時、3%を超える大幅な下落となった。
株式から引き上げられた資金が債券へと向かう動きが強まり、アメリカ国債の利回りは各年限で低下した。10年債利回りは一時3.78%まで下がり、2年債利回りも4%を割って2023年5月以来となる低い水準をつけた。
「サーム・ルール」で“景気後退”観測浮上
こうしたなか、市場関係者の間で注目度が高まっているのが「サーム・ルール」だ。これは、アメリカのFRB=連邦準備制度理事会の元エコノミスト、クラウディア・サーム氏が考案した景気後退=リセッション開始の目安で、直近3カ月間の平均失業率が、過去1年の最低値を0.5ポイント上回っていれば、「景気後退」が始まった可能性が高いというものだ。7月の数値が0.53ポイントになったことで、過去7回と同じようにアメリカ景気は後退局面に入ったのでは、との観測が浮上している。
FRBのパウエル議長は、FOMC=連邦公開市場委員会後の7月31日の会見で、「景気が減速しているわけでも、経済が本当に悪くなっているわけでもない」と述べ、アメリカ経済を失速させずに高インフレを抑制していく「ソフトランディング(軟着陸)」に自信を見せるとともに、景気が腰折れする「ハードランディング(硬着陸)」については「可能性は低い」とする認識を示したが、景気減速を示す指標が相次いだことで、「軟着陸」への道筋が不透明になってきた。
パウエル氏は「9月会合での利下げもあり得る」としたが、市場では、FRBの対応が後手に回ったとして「9月の利下げでは遅すぎる」との声も一部で出ていて、早いペースでの利下げを余儀なくされるのではとの見方が広がっている。
米景気の「軟着陸」シナリオに黄信号
円相場では、円買いドル売り基調が強まっている。
日銀が追加利上げを決め、植田総裁が会見でさらなる利上げの可能性に言及した一方、FRBのパウエル議長が9月利下げを示唆したことで、日米金利差縮小が意識されやすくなっていたところへ、市場予想を下回るアメリカ経済指標の公表が相次いだのが先週の流れだ。
2日のニューヨーク外国為替市場の円相場は、雇用統計発表直後に2円以上円高に振れ、一時1ドル=146円台前半と、半年ぶりの円高ドル安水準をつけた。
投資家がリスク回避の姿勢に傾いていることも、低リスク通貨とされる円買いを膨らませている。心理的節目とされる1ドル=145円が当面の上値として意識されるなか、145円を抜けた場合、一気に140円台前半に向かう可能性を指摘する声もある。
今週の日経平均株価も波乱含みの値動きが予想される。急速な円高も相まって、投機的な売りが一巡するまでは売られやすい局面が続くとの見方が少なくない。
インフレを抑えながらソフトランディング(軟着陸)するという順調シナリオが見えにくくなるなか、後退局面入りへのシグナルが灯り始めたアメリカ景気の失速懸念が、金融市場を覆う展開が続きそうだ。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)