東京都内にある私立の自由学園中等部・高等部。1921年に「生活即教育」を理念に創立されたこの学校は、都内にあるとは思えない3万坪の広大なキャンパスと生徒の主体性を活かしたユニークな学びの実践で注目されてきた。そして約100年経った自由学園は、大きな学校改革を始め「共生学」など新たな学びをスタートさせた。

広大なキャンパスには農作業を行う畑もある
広大なキャンパスには農作業を行う畑もある
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“平和の音”を話し合う「共生学」授業

「平和の音って何だろう」「平和のためにどんな音を奏でることができるのかな」

2021年度に始まった「共生学」の授業は、毎週水曜日5・6時限に中等部1~3年生を対象に平和・人権・環境をテーマに行われる(高等部1年生は後期のプロジェクトから合流)。今月取材した「共生学」の授業では、音楽を通して生徒が「平和」を考えた。

音楽を通して生徒が平和を考える
音楽を通して生徒が平和を考える

「平和と音楽」の授業は全3回。1回目の授業ではそれぞれの生徒が校内外の音を収録して発表し、その音を快適と感じる音と不快な音に分類して「音と心の関係」を考えた。2回目は「音楽の歴史」をテーマに音楽の高揚感が戦争に利用された歴史を学び、3回目のこの日は「平和の音とは何か」について生徒たちがディスカッションしその結果をプレゼンした。

平和を実現できるものは何だろう

この授業を担当したのは国語の先生だ。「共生学」の授業はあらゆる教科の先生たちが知見を持ち寄ってカリキュラムをつくる。この授業は「平和問題=いま起きている戦争を考える」ことへの疑問からスタートした。

「いま起きている戦争に本当に手を差し伸べられるかというと、教員でも具体的な案は見つかってこない。ではもっと身近なものから私たちが平和を実現できるものは何だろうと考えて、音楽だと皆を結び付けるものがあるのではないかと始めました」(担当の先生)

「平和の音」とは何かを話し合い発表する
「平和の音」とは何かを話し合い発表する

授業の最後はグループごとに分かれて「平和の音」を話し合い発表した。あるグループは「日常で感じる音が平和」だと川のせせらぎやラジオ体操の音楽を「平和の音」に挙げた。またあるグループは「世界で最も歌われている」と「ハッピーバースディ」を挙げ、「誰もが知っている」と「アンパンマンのマーチ」や「世界に一つだけの花」を挙げるグループもあった。

この授業を受けた中等部3年生は「平和を音楽から考えるのは初めてで面白かった。平和の音に正解はないと思った」と語り、2年生の生徒は「日常の中でいま私たちが聞いている音は平和の音だと思った。日常生活をする中で、平和に感じられる音や見えるものを探していきたい」と言った。

カフェからフェアトレードを学ぶ

「共生学」では後期にプロジェクトベースの学習を行う。たとえば人権問題の授業では、バリアフリーをテーマに最寄り駅から学校までの経路や校内でバリアフリーがどうなっているのか検証したり、環境問題では校内の生徒寮のゴミの出方を調査してどうやったら減らすことができるのかを考えたりする。

松岡さん「フェアトレードや環境問題を考えながらカフェ経営を行った」
松岡さん「フェアトレードや環境問題を考えながらカフェ経営を行った」

高等部2年生の松岡玲那さんは「共生学カフェ」を行った。

「フェアトレードや環境問題を考えながらカフェの経営を行いました。実際のカフェでコーヒーの入れ方やベジタリアンについて学んで、牛肉を使わない大豆ミートの商品をつくりました。共生学は自分の頭で考えて行動に起こすのが魅力的で面白いです」

「飛び級社会人」で学びを実践に

さらに2023年度から自由学園では、「共生学」の一環としてインターンプログラム「飛び級社会人」をスタートさせた。これは学校で学んできた社会づくりの経験を実社会で実践しようと始まったもので、高等部2・3年生の生徒たちが約4カ月間、毎週水曜日の3~6限を企業や団体で働く必修科目だ(カリキュラムは受け入れ先により異なる場合がある)。昨年度の受け入れ先は大企業からスタートアップ、NPO法人など21企業団体となっており、今年度はさらに増える予定だという。

高等部3年生の神陽光さんは、インターン先にまちの老舗の銭湯を選び、浴場の掃除など日々の業務や地域の様々な店舗とのコラボ企画作りに関わった。

神さんは老舗の銭湯をインターン先に選んだ(左から2人目)
神さんは老舗の銭湯をインターン先に選んだ(左から2人目)

「どうやったらお客さんが楽しめるだろう、こういうことをやってみたいと皆で楽しんで考えている職場でした。インターンを終えて将来について具体的ではないけどやりたいことが見つかって、社会を良くしようと社員が向かっていく会社に勤めたいと思いました」

創立100年後の共学化スタート

共生学をはじめとした学校改革を行ったのが、2024年に学園長に就任した更科幸一さんだ。共生学をスタートした背景を更科学園長はこう語る。

「私はここの卒業生ですが、当時は平和や人権という言葉はあまり聞かれませんでした。生活に傾斜して足りなかった分を、これから取り戻そうという感じです。自由学園は3つの共生、人との共生、自然との共生、キリスト教主義の学校として神様との共生を掲げています。共生学ではさまざまな角度から社会問題を学んで、課題発見や解決のアクションを起こしていきます」

更科学園長。平和への願いを込めかりゆしウェアを普段から着ている
更科学園長。平和への願いを込めかりゆしウェアを普段から着ている

そして学校改革の中でそれまで100年間男女別学だった中高を今年度から共学化した。

「私が男子校の校長をしていた2020年に学校改革プロジェクトが始まりました。共学化は共生社会をつくる中の一部です。卒業生から共学化に反対する声もありましたが、そもそも女子校としてスタートした際、国際共学、つまり国籍やジェンダーが関係のない学校をつくりたいという思いが創立者にはありました」

ルール作りは生徒の自主性に

自由学園が大切にするのは生徒の自主性だ。共学化にあたっても制服や校則(もともとなかったが)などルールづくりはすべて生徒の自主性に任せた。プロジェクトメンバーの一員だった前述の松岡さんはこう語る。

「共学化は2019年に生徒に伝えられましたが、個人的にも女子部の文化が好きだったので当初は嫌でした。しかし共学化が決まった以上、どう良くするかだなと思って、話し合いの場を作って運営する役割として参加しました。私は学校運営のために動くのが好きで、自分たちで自分たちのことをするのが、自分の成長になっていると実感することが多いです」

変革を主導するのは生徒たちだ
変革を主導するのは生徒たちだ

約100年前にジャーナリストの羽生もと子・吉一夫妻が創立した女子校が、時代と共に進化する。変革を主導するのはあくまで生徒なのだ。 

(執筆:フジテレビ報道局解説委員 鈴木款)

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。