トランプ前大統領の銃撃事件から1週間が経過した。トランプ氏再選の場合の影響を考えて取引する「トランプ・トレード」が金融市場を大きく動かしている。
「掘って掘って掘りまくる」
「就任初日は2つのことをする。ドリル・ベイビー・ドリル(Drill,Baby,Drill)と国境の閉鎖だ」
トランプ氏は、18日の共和党大会での指名受諾演説でこう訴えた。
「ドリル・ベイビー・ドリル」は「資源を掘って、掘って、掘りまくる」ことを意味する。不法移民流入の抑制とともに、石油・天然ガスの大量増産を重要課題にあげ、バイデン政権が進めてきた脱炭素施策を転換する方針を示した。

さらに掲げたのが「減税」路線だ。「経済を救済するプランの中心に労働者に対する大幅な減税がある」と主張した。2025年末に期限を迎える個人所得減税など「トランプ減税」は延長する考えだ。「チップ収入への非課税化」も打ち出し、「雇用は力強く戻り、中産階級はかつてないほど繁栄する」と強調した。
先週のアメリカ市場は、「9月の利下げ」観測が強まり、景気の先行きに安心感が広がるなか、トランプ氏の政策が国内需要を喚起することへの期待が、それまで株価押し上げの主役だった「ハイテク」関連以外の銘柄にも資金を振り向ける動きを一段と強めたのが特徴だ。

景気動向による変動が大きいとされる「景気敏感」株が買い進められ、エネルギー・機械のほか、消費関連銘柄などの上昇が目立つようになって、ダウ平均株価の前週末からの上げ幅は、17日には1200ドル近くに達した。
総崩れとなった半導体相場
一方で、相場が大きく崩れたのが半導体関連株だ。
バイデン政権による半導体措置をめぐる対中規制強化への警戒感が広がるなか、トランプ氏がアメリカの通信社とのインタビューで、台湾の半導体産業について「米国の半導体ビジネスをすべて奪った」とする一方、「台湾が防衛費を負担すべきだ」と発言したと伝えられたのを機に、台湾有事の際の半導体供給網をめぐる地政学的リスクが意識された。
17日、ハイテク株の比率の高いナスダックの株価指数が3%安と、約1年7カ月ぶりの下げ幅となったほか、上昇を続けていたダウ平均も、ハイテク株などの値下がり懸念から、18日、7日ぶりに反落した。

こうした流れを受け、東京市場でも半導体関連銘柄を中心に売りが広がり、18日には、日経平均株価が1000円近く下落した。
トランプ氏による“口先介入”との見方
円ドル相場でも、トランプ発言などを受けた動きがみられた。
円急伸のきっかけのひとつとされたのが、トランプ氏の「私たちは大きな通貨の問題を抱えている。強いドルと弱い円、弱い人民元だ」との発言だ。

「アメリカは非常に悪い立場にある」として、ドル高の是正を求めたととれるインタビュー内容が報じられるなか、18日の東京外国為替市場の円相場は、一時1ドル=155円台30銭台まで上昇し、約1カ月ぶりの高値をつけた。17日午前の158円台後半の水準から、1日で3円以上円高が進んだことになる。
このとき、長野・軽井沢では、経団連の夏季フォーラムが開かれていたが、参加していた企業トップの一人は「トランプ発言を材料に、円キャリー取引を主導する投機筋が急速に巻き返している」との見方を示した一方、「トランプ氏による”口先介入”が、政府・日銀の円買い介入と同じような効果をもたらしている」との感想も聞かれた。
別のトップは「トランプ路線は不透明な部分が多い」ともらし、打ち出される政策を注意深く見ていく必要性を強調した。

経団連の十倉会長は、閉会後の会見で、トランプ氏の政策に関連して、「世界で気にされているのは自国主義の台頭が保護主義につながることだが、一方でイギリスなどでは違う結果に行っている」として、「我々企業は振り子が振れるたびに右往左往するようではダメで、中長期な視点で事業戦略を組み立てていくことが大事だ」との認識を示した。
インフレ抑制・高関税・減税 多い矛盾点
トランプ氏の政策には、矛盾点も多く指摘される。
「壊滅的なインフレ危機を終わらせ、ただちに金利を下げ、エネルギーのコストを下げる」。演説でこう強調したトランプ氏だが、一方で、中国やメキシコで製造された自動車が輸入される実態に強い不満を示し、アメリカ国外で生産された自動車に最大200%の関税をかけるなどして、国内の製造業を保護する姿勢を鮮明にした。
こうした関税の上乗せやドル高の是正は、輸入品の値上がりにつながる。
石油の増産でガソリン価格などが下がる可能性はあるが、インフレ鎮静化にはマイナス材料だ。減税による需要圧力の高まりや、移民流入抑制で生まれる人手不足も、物価を上昇させる方向に働く。

トランプ氏は「社会保障やメディケア(高齢者向け公的医療保険プログラム)を守る」方針も示した。税収が減るなかで政府債務が拡大すれば、引き下げるとした金利は中長期的に上がっていくおそれがある。実際、長期債利回りは、トランプ氏が選挙戦で優勢になったとの見方から、大きく上昇する場面が見られた。
株価や為替相場の乱高下は、トランプ路線に期待と警戒感が入り混じる現状を反映している。
「インフレ抑制」「関税引き上げ」そして「減税」。バイデン大統領の撤退論が強まるなか、相反する要素を含んだ経済政策を先読みしようという「トランプ・トレード」が金融市場を大きく左右する展開が続きそうだ。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)