6月から始まった食品衛生法の改正で、昔ながらの「手作りの漬物」を提供する生産者の多くが姿を消した。惜しまれつつ、店を閉じる決断をした広島・廿日市市の高齢夫婦。最後の漬け込み作業に何を思ったのだろうか。

「90歳まで元気でやりたかった」

廿日市市の広島電鉄宮島線沿いにある山田漬物店。59年間、夫婦2人が二人三脚で営んできた。昭和のガラス戸が連なり、その上を薄緑色のテントが覆う店構え。地域で長く愛されてきた年月がにじみ出ている。

広島・廿日市市の「山田漬物店」
広島・廿日市市の「山田漬物店」
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「本当なら90歳くらいまでやりたかった」

そう話すのは妻・山田美智子さん(87)。となりで笑っているのが夫・山田英義さん(88)だ。
「僕のほうはええわ。どうでもええ」
「私は90までやりたかった。90まで生きて90まで元気でやりたかった」

口に出さずとも、夫婦同じ思いで歩んできたはず。ところが“90歳まで”という志はゴールの目前で断ち切られてしまった。食品衛生法の改正に伴って、6月1日から漬物製造業に「営業許可」が必要になり、手洗い場や冷蔵庫の設置といった衛生面の基準が設けられたのだ。
県内各地の「道の駅」などに商品を出荷する人が対応を迫られる一方、山田さん夫婦は店を閉じることを決めた。

年齢を考えると設備投資はできない

最後の漬け込み作業はいつも通りに進められていた。大きな樽から白菜漬けを取り出し、選別しながら別の樽へ移していく。
「同じ日にちで漬けてもね、上と下で漬かりが違うんよ」

英義さんは16歳から広島市内の漬物店で修行し、1965年に独立してからも一貫して昔ながらの製法と道具を守ってきた。名産の広島菜漬けを全国に手広く出荷していた時期もあったという。

59年もの間、手作りで漬物を製造してきた山田漬物店だが、5月中旬、保健所の検査で「営業許可はおろせない」と通知を受けた。夫婦の年齢や少なくとも数百万円はかかる設備費用を考えると、閉店するほかなかった。

英義さんは漬け込み作業の手を休めることなく言った。
「お客さんに悪い。長くかわいがってもらったのに…。どう言うても、しょうがないよのう」

“最後の漬物”を惜しむ人々

5月27日が最後の販売になった。製造は英義さん、店番と経理は妻・美智子さんの担当だ。レジの横には使い込まれたそろばんが置いてある。

店番と経理は妻・美智子さんの担当
店番と経理は妻・美智子さんの担当

昔の帳簿を開いて、美智子さんが言った。
「結婚して62年じゃ」
「62年になるんと。ハハハハハ。長かったのう、けんかしながら」

平日にもかかわらず閉店のうわさを聞きつけた多くの人がやって来た。手作りの「白菜漬け」は100g・80円。お客が注文する量だけ大きな樽から取り出されていく。

美智子さんは会計しながらお客一人一人に声をかけた。
「最後までよくしてもらった。はい、400円のお返し」
「ありがとう。寂しゅうなるのう」とお客が言う。
「私も寂しくなる」

食衛法改正で岐路に立つ「手作りの味」

食品衛生法の改正。食の安全のためとはいえ、長年、慣れ親しんだ味との「別れ」に地元の常連客も複雑な思いだ。

「スーパーでは売っていないような味です。仕方ないですよね。ルールですから…」

「おいしいものがなくなっていくのがね。もうちょっと方法はないんかなと思ってね」

最後の白菜漬けは、数時間であっという間に売り切れた。空っぽになった樽をのぞき、「みてた」と英義さん。「なくなった」を意味する広島弁である。達成感とも寂しさとも聞こえる一言だった。

「ありがたいことじゃと思いますよ。長いことお世話になってね」
英義さんがそう言うと、美智子さんは「涙が出る…」と鼻をすすった。英義さんはただ黙ってほほ笑んでいた。

食品衛生法の改正で「手作りの味」は岐路に立たされている。

テレビ新広島が県内21の「道の駅」の漬物の販売状況を調べたところ、6月1日以降、少なくとも17施設で食品衛生法の改正による出荷数の減少が起きていた。そのうち4つの道の駅では“個人の出荷がゼロ”になっていて、影響は県内全体に広がっている。

(テレビ新広島)

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