年々深刻化する空き家問題。

すでに全国で1000万戸の空き家があると言われ、防災や治安、景観の悪化などさまざまな問題を引き起こしている。

これを解決すべく国は法整備を急いでいるが、一方で様々なソーシャルスタートアップ=社会起業家が空き家解消の取り組みを行っている。その最前線を取材した。
 

「まちを変えたい」と不動産ビジネスへ

「家の価格が40万円とか100万円台とか。家を買うということが、もはや車を買うことと変わらない。頭の中でパラダイムが変わりました」

千葉市で不動産会社「LOCA」を営む、社会起業家の川北英樹(アリー)さん。

川北さんはこれまで、社会で行き場を失った若者を支援する、ソーシャルビジネスを行っていた。
 

 
 
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しかし、「居場所が無い人が一か所に集まるのではなく、まち自体を変えていきたい」と思い立ち、今年の夏から不動産ビジネスを始めたという。

不動産の世界に入った川北さんは、物件価格のあまりの安さに驚いた。空き家を遺産相続しても、所有者はすぐにでも売りたいがなかなか買い手がつかない。

しかもこうした物件は年々増えているので、慢性的に供給過多だ。

空き家は、いわば投げ売り状態なのだ。

しかもそうした物件は、「オモテ」の市場には出てこないという。なぜなら「200万円以下の物件だと、仲介手数料が5%と決められているので儲からない」(川北さん)ため、不動産屋が取り扱わなくなり、安い物件は誰の目につくこともなく埋もれていくのだ。

ここで川北さんは、これまでの若者支援の経験から、あることを思いついた。

「空き家が多くて、価格が40万円とか100万円台だったりする。そうなると、『ローンを組んで一生住み続ける』という発想ではなく、『みんなで共有して住んだり、シンプルに誰かに渡したりできる』のではないかと考えました」

いま家を借りることが難しい生活保護者や独居老人、シングルマザーやワーキングプアらは、全国で1800万人いると言われている(彼らは「住宅確保要配慮者」と呼ばれる)。家賃の滞納や、居住内での死亡事故を所有者が嫌うためだ。

こうした人々の住宅を確保するため、国は先月「改正住宅セーフティネット法」を施行した。この法律では、住宅の所有者が「どんな人の入居も断らない」として物件を登録すると、補助金で支援される仕組みだ。

しかし、施行されたばかりで、自治体の活用はこれからだ。
 

 
 

そこで川北さんは、この法律を積極的に活用し、空き家の所有者と家を借りたくても借りられない人たちのマッチングに取り組んでいる。家が借りにくい人たちに、空き家に困っている人が貸すというサイクルができれば、一石二鳥なのだ。

「この制度を活用して、今まで大家になれると思ってなかった人たちが、空き家を買って貸すことも今後あるでしょう。常にマーケットのニーズはありますし、この制度では家賃が未払いとなれば国によって保証されますので」

川北さんは、空き家問題というピンチを、様々な社会問題解決のチャンスにつなげたいと考える。

「江戸時代には家守という人たちがいて、親代わりになって店子の面倒を見たり、全員の家の状況もわかっていて困りごとも聞いていました。投資や資産活用というよりは、家守をもう一度復活させれば、孤独死や貧困ビジネスといった社会問題の解消にもつながるのではないかと思います」
 

「木賃アパート」はむしろチャンス

空き家問題の中で、見落とされがちなのは、空き部屋が増加する賃貸アパートや分譲マンションだ。

特に所有者が老朽化に対応できない賃貸アパートは、多くの部屋が空いたまま家賃が暴落し、地域の防災、防犯、景観のネックになっていると言われている。
こうした賃貸アパート、特に木賃と呼ばれる木造賃貸アパートを再生し、空き家化、老朽化、災害時の脆弱性を解決しようとしているのが、建築系のソーシャルスタートアップ「モクチン企画」だ。

木賃アパートは、戦後の経済成長や人口増加を背景に社会のインフラとして大量に建設され、「昭和」の象徴ともいえる存在だった。しかし、家主や住人の高齢化、家賃の低さによる経営困難によって、木賃アパートはいまや地域の負の遺産となっている。

「モクチン企画」は、木賃アパートが大量にあることをむしろチャンスとして捉え、これを好転させれば社会課題を解決するチャンスにつながると建築家やデザイナーが集結した。

「モクチン企画」の代表理事、連(むらじ)勇太朗さんはこう言う。
 

 
 

「大学で、木賃アパートの改修プロジェクトに参加しました。2009年ごろ、まだ空き家問題が注目される少し前です。プロジェクトは大成功に終わったのですが、ふと冷静になって周りを見ると同じようなアパートがいっぱいあるのに気付きました。そこで無力感を感じて、一戸一戸を改修してもそれが社会にどれだけ貢献するのかと考えました」

当時「パターンランゲージ(建築や都市計画に関わる理論)」を研究していた連さんは、そこで改修アイデアをパターン化、レシピ化して、自分たちのアイデアを社会で共有化してもらおうと思い立った。

2012年に「モクチン企画」を立ち上げ、改修アイデアはすべてウェッブサイトに公開した。ちょうど空き家問題が注目され始めたころだ。

「最初は空き家問題を解決しようというよりも、良いストックとしてのアパートをどう作るかという考えでした。ウェブをオープンしてみたら、早速不動産屋から使いたいと問い合わせがきました。レシピの一覧は誰でも見られるようにしてあって、仕様書をダウンロードする場合は会員になってもらいます」
 

 
 
 
 

それ以降直接かかわった物件は60件近くだが、アイデアの活用はもはや把握できないほど広がっていると言う。

しかし、連さんは「これだけでは空き家問題は解決できない」と考えている。

「空き家問題は一筋縄ではいきません。人口に対して住宅が余っているので、木賃アパートを一戸リニューアルして空き部屋を埋めても、周りで余るだけなんです」

その対策として「モクチン企画」では、改修する際に2部屋を1部屋にして戸数を下げたり、賃貸住居をオフィスや店舗、ギャラリーなどに変えるなどしている。

では、空き家問題を根本的に解決していくためのカギは何か?
 

 
 

「モクチン企画」のオフィスは、都内蒲田の住宅地の一角にあるが、開放感に溢れている。それは近隣の敷地や道路との境界にあるブロック塀を取っ払い、オープンな空間を作りだしているからだ。

「日本は中所得者層を増やすために土地を細分化してマイホームを立てて、みたいな経済サイクルで国を育てていきました。結果的に土地が高度に細分化されすぎて、一体的にビジョンをもって土地を活用しようとしても、交渉する人があまりにも多すぎてまとまりません。しかし家賃の価値が崩れ、空間を貸すだけでは経済が回らなくなりました。これからは、一つ一つの改修が地域の新陳代謝を促して、『つながりを育むまち・社会』というインフラ整備につなげることが大切なのです」

ソーシャルスタートアップ「LOCA」の川北さんと「モクチン企画」の連さん。

ともにアプローチは違うが、空き家問題解決のゴール「人のつながりを作りだす」ことに向けて走り続けている。
 

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。