緊迫した電話がひっきりなしにかかる福岡市博多区の福岡夜間救急動物病院。年中無休で夜9時から朝5時まで診察している。早朝まで診察する動物病院は九州で唯一だ。動物医療“最後の砦(とりで)”、命をつなぐ戦いに密着した。
“かかりつけ医につなげる”病院
午後9時、診療開始。開院と同時に飼い主が訪れる。抱きかかえられているのは1匹のネコだ。中津靖子獣医師が診察する。
この記事の画像(17枚)中津靖子獣医師:
猫ちゃんは、いろんなものを拾って食べちゃったりする可能性があるので…
飼い主:
すごい食いしん坊なんです
苦しそうに数回、泡を吐いたというのだが、エコーや血液検査などを行った結果、命に差し迫る異常は見つからず、おう吐も治まっていることから点滴をして経過を観察することになった。
飼い主:
この病院は、いつも(午前)5時まで開いているので、安心感があります
福岡夜間救急動物病院・平川篤院長:
朝までやる意味は、重症患者さんって、すぐにはよくならないんですよ。次につなげる、かかりつけの先生につなげるまでの時間を僕らはやっている
福岡夜間救急動物病院は福岡や佐賀、大分の119の病院と連携していて、毎日、様々な動物たちが九州各県から訪れる。この日も飼い主からのSOSはひっきりなしだ。診察数はコロナ禍のペットブームで2021年以降、1000件以上増加し、2023年の診察数は約9000件に上る。
1歳のチワワが“誤飲” 命の危険も
午後9時過ぎ、福岡・糸島市に住む女性から電話がかかってきた。愛犬が突然、破水し、知らない間に妊娠している可能性があるという。安全に出産できる態勢を整え、到着を待つ。
一方、診察室では「困った」と中津靖子獣医師がため息まじりだ。1歳のチワワが、誤って食べてしまった“あるもの”を吐かせようと苦戦していた。のみ込んだのは弁当などに使われる「ピック」だった。丸のみしてしまい薬で吐かせようとしたが、2度失敗したのだ。消化管に刺さると命の危険もある。
中津靖子獣医師:
麻酔をかけて内視鏡で取るのかどうか、いま、飼い主さんが選択しないといけない。内視鏡だと費用がかかっちゃうんですよ。12万円くらい
飼い主:
(涙声で)費用はいいんで、一番安全な方法を…
除去作業が始まった。
「これじゃない?これ、ちょっと危ないね」と獣医師が内視鏡を操作する。ピックは胃の入り口で見つかった。食道を傷つけないよう細心の注意を払いながら、除去作業すること数十分、ハートの形をしたピックが体内から出てきた。
チワワは少し休んで帰ることになり、働きっぱなしの医師たちも交代でつかの間の休息をとる。
宮元伊織獣医師は、「(普段)仕事が終わって、帰ったら朝ニュース見ながらお酒飲んだりしてます」と笑いながら語った。
まだ3匹の赤ちゃんがおなかに…
午後11時、電話連絡があった糸島市の妊娠疑いの犬が到着した。すぐさま診察室へ運ばれ、宮元伊織獣医師が診察する。すると、か弱い鳴き声が聞こえた。すでに子犬が1匹、生まれていたのだ。
飼い主:
初めての出産で私も分からなくて…
宮元伊織獣医師:
(子犬は)いま、生まれました?
飼い主:
えっと40分くらい前、車の中で
運ばれてきたミニチュアダックスフンドは移動中、既に車の中で出産していた。母子ともに健康状態は安定。ただエコーで調べると驚くことに、おなかにはまだ3匹赤ちゃんがいた。
宮元伊織獣医師:
赤ちゃんの心拍、しっかり動いているので、自然分娩(ぶんべん)、自分で産めるかなという感じなので…
車内でいきむのを待つことになった。
帝王切開で赤ちゃんを第一優先
午前1時55分。ピックをのみ込んでしまったチワワと入れ替わり、車で様子を見ていた妊娠中のミニチュアダックスフンドが診察室に入ってきた。病院に到着してから既に3時間が経過していた。
おなかの赤ちゃんの状態を確認すると、「心拍数、遅いですね。飼い主さん呼んでもらってもいいですか」と指示があった。
診察室に緊張が走る。おなかの3匹のうち、2匹の心音が弱まっていたのだ。
宮元伊織獣医師:
すみません。3人(匹)とも場所が変わっていなくて…、待っていたらおなかの子は、朝までは持たないかもしれないです。おなかの赤ちゃんを第一優先するなら、帝王切開をおすすめするかなと
突如、飼い主に提案された帝王切開。そのリスクも説明される。
飼い主:
全身麻酔?
宮元伊織獣医師:
全身麻酔ですね。麻酔中の死亡の可能性は完全に低いとは言い切れないので、そこは頑張ってもらわないといけないんですけど
飼い主:
この子の楽なほうが…
宮元伊織獣医師:
準備させてもらっていいですか
飼い主:
はい…
帝王切開の方針が決まり、始まる手術。獣医師たちの表情がさらに真剣になる。
「ちょっと…、ちょっと待ちすぎちゃったかもしれないですね」「血を止める?胎児がいるときできないっす。すみません」「ここで切ります」「腹、押せます?」など、緊迫した会話が手術室に飛び交う。
そして、いくつもの命が獣医師たちの手によって救い出された。生まれてきた3匹、そして母犬も一命を取り留めた。飼い主も、恐る恐る子犬の姿をのぞき込む。
宮元伊織獣医師:
いま生まれた子、3人(匹)ですね
飼い主:
ありがとうございました
宮元伊織獣医師:
大家族になりましたね
飼い主:
元気だったから取りあえずよかった…、すみません(泣)
宮元伊織獣医師:
これからですよ。4頭分、子育てを頑張ってもらってって感じですかね
取材当日、病院を訪れた飼い主と動物は20組。夜間の救急は、治療にあたる人材の確保が課題となるが、この夜間救急動物病院では、日中、働いている獣医師が短時間働きに来る「助っ人獣医師」のシステムを使い対応しているという。今後、病院は24時間体制化も目指していきたいと話している。
1日を終えた福岡夜間救急動物病院。そこにはただひた向きに、目の前の命に向き合う獣医師たちの姿があった。
(テレビ西日本)