中国企業ロゴ問題が示す危険性
再生可能エネルギー分野の規制改革を巡る内閣府の有識者会議「再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース」において、構成員が提出した資料に中国の国営電力会社「国家電網公司」の企業ロゴ入っていたとして問題になっている。
資料へのロゴ混入を巡る内閣府などの説明は的を射ておらず、かえって国民の不信を招く結果となっている。
この記事の画像(4枚)そもそもこの問題が示す危険性は、単なる事務ミスといった簡単なものではない。本問題が示した危険性は、「クリアランスの必要性」と「エネルギー安全保障」だ。中国企業ロゴ問題は、クリアランスの必要性を我々に示した。
まず、中国の影響の可能性について、構成員が提出した資料に中国「国家電網公司」のロゴが入っていたことから、中国による工作活動の一端ではないかという声が聞かれる。
しかし、エネルギー分野の専門家や実務家によれば、エネルギー業界的に中国との接点はどうしても発生し、今回の件が特別な状況であるというわけではないという意見が多い。
ロゴ混入に関しても、いわゆる資料作成上の“サボリ”であり、通常考えられないが、何等かの工作によるものとは判断し辛いという。
確かに、これまでの情報から考えれば、本問題の構成員=中国の工作員で、影響力工作の直接的担い手であったと言うのは難しい。
そもそも工作員がこのようなミスを行うことは考え辛く、影響力工作にしてはずいぶん稚拙だ。
実際、資料を提出した自然エネルギー財団側は、「大変申し訳ない」などと陳謝した上で
中国国有企業と財団は「関係がない」と強調し、タスクフォースの構成員を辞任した。
一方で、構成員本人が工作活動として認識せずに活動し、中国側に利用されるケースがある。それは、「良き友人」と呼ばれる中国による工作活動の伝統的手法で、意識せずに“手足”として利用されてしまうのだ。
中国の「良き友人」とは
中国は、自国のために貢献してくれる「良き友人」を作ることで、“利用”し、自国に有利な活動を行わせる。これは諜報活動上、工作員が運営する協力者=エージェントとはやや異なり、「良き友人」は極めてグレーな存在だ。
その実態は、中国の意図に沿った活動と共鳴するような、「政策上の理念」や「個人の信念」を持つ人物を重宝し、取り込むのだ。このように「良き友人」を作り上げる活動は、交流の名のもとに、政治や経済界などあらゆる分野でも見られ、中国国際友好連絡会や対外連絡部等の組織によるものだけでなく、中国国営企業もその実施主体の一つである。
ここで注意しなければならないのは、中国のために活動し、日本の政治・政策に大きな影響を及ぼすことのできる「重要な良き友人」の存在だ。
中国からすれば、影響力の小さい末端の人物より、政治中枢に入り込むことができ、政策意思決定に直接的に関与できる「重要な良き友人」の方が効率的に影響力を行使でき、重要視しているのは言うまでもない。
元防衛省幹部は、「中国は、常日頃から『重要な良き友人』の獲得・育成に注力している」とし、末端の人物は相手にしていないという。
「良き友人」は「重要な良き友人」のいわば手足となり、意図せず利用される可能性もある。
先の元防衛省幹部も「本問題が中国による工作活動であるかは一切断定できない。もし工作活動の可能性があるならば、「重要な良き友人」の手足として利用されたのではないか」と指摘する。
いずれにせよ、本問題は、政府の意志決定に「良き友人」が紛れ込むクリアランスの必要性について、改めて認識するきっかけになったと言える。
そして、この問題が示したもう一つの危険性は、「日本のエネルギー安全保障」だ。
オーストラリアの送電網に手を伸ばす中国
これまで報道されている通り、ロゴの出元である中国「国家電網公司」は、エネルギー版「一帯一路政策」であるアジアスーパーグリッド構想(以下「ASG構想」)の実現に向け組成された「GEIDCO」(そのトップは中国「国家電網」の劉振亜会長(当時))の中心的存在だ。
ASG構想に関しては、隣国から恣意的に電力供給が停止されかねないといった安全保障上の懸念が指摘されている。高市早苗経済安全保障担当相も、本問題について「他国から干渉されるようなことがあってはならない」と述べている。
特に、フォリピンでは、同国の送電会社であるNGCPに対し、中国国家電力網公司が40%を出資、同国議会でも上院議員などが度々その危険性を指摘していた。
また、オーストラリアのエネルギー業界でも、中国は暗躍していた。
中国のあらゆる領域への浸透工作等について、克明に記した『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社/クライブ・ハミルトン著、山岡鉄秀監訳、奥山真司訳)によれば、「中国『国家電網公司』は、オーストラリアのエネルギーネットワークのかなりの部分を保有している」とし、「オーストラリアのエネルギー網を保有する中国企業はわざわざシステムをハッキングせずとも、紛争の際に電力の供給を停止できる」とその危険性を指摘する。
更に、「オーストラリアの電力・ガス網を所有する企業の利益団体の理事会の半分を占めるのは、中国国家電網公司と長江基建集団の二社である。2016年には同団体がオーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)と協力して、次の10年間のオーストラリアの電力網変革の詳細なロードマップを記した報告書を発表している。つまり今後のオーストラリアのエネルギー網の構築は、そのすべてが北京に筒抜けなのだ」とし、中国による浸透が深く及んでいたことを示している。
本問題に関して、構成員のうっかりミスがなければ、これらの危険性が多くの人に認識されることはなかったことだろう。
【執筆:稲村悠・日本カウンターインテリジェンス協会代表理事】