「晴れになったら傘を差し、雨が降ったら取り上げろ」

筆者が銀行員時代、先輩行員から銀行員の心得として教わった言葉だ。

とはいえ当時は「都銀13行、長信銀3行、信託7行」の昭和の時代。時代は令和となり、銀行を取り巻く環境は大きく変わった。「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第37回は、金融業界に睨みを利かせる金融庁のトップであった遠藤俊英前長官(現・顧問)に、銀行のいまと未来について聞いた。

金融庁前長官の遠藤俊英氏は金融業界ににらみをきかせてきた

「雨が止んだ後」の企業に寄り添う覚悟があるのか

――金融庁長官として2年間、お疲れさまでした。このコロナ禍の中での退任となりましたが、銀行の窓口に融資要請が殺到しているいまの状況をどうご覧になっていますか?

遠藤氏:
地銀への融資要請はピークに達しています。7月一杯、地銀の窓口は大変じゃないですかね。この局面においては「資金繰り支援」を何よりも優先するのでしょうが、落ち着いてきたら個々の企業がどういう状況なのかよく見ていかないといけません。

借金なのですから、5年の据え置き期間が終われば返さないといけない。返済可能な経済状況、業務状況になっているかが課題です。地域金融機関が地域企業をしっかり支えるというのなら、貸し過ぎるのはいかがなものかなとも感じています。

多くの中小企業は事業承継の課題を抱えていたわけですが、コロナ禍により、今後廃業を選択する企業が増えるかもしれないのが気になりますね。

――いま「銀行が、雨が降っているときに傘を差し出している」と驚かれていますが。

遠藤氏:
今進めている実質無利子無担保融資は銀行にとってもノーリスクですからね(苦笑)。地方の制度金融と信用保証協会保証の組み合わせで、いわば政策金融を民間金融機関の窓口で展開しているわけです。顧客企業の状況によっては、民間のプロパー融資も出していかなくてはいけないでしょう。

若干気になるのは、こういうかたちで地銀がどんどん融資を伸ばし、信金信組がメインとして面倒を見ていた先についても無理に肩代わりするような動きにならないかという点ですね。「雨が止んだ後」の企業に本気で寄り添う覚悟があるのかが問われます。 

マイナンバーと銀行口座紐付けの行方は

――今回のコロナでは、給付金10万円の支給で混乱しましたが、その際にあらためて課題となったのが、マイナンバーと銀行口座の紐づけです。

遠藤氏: 
紐付けできればいろいろな意味で社会的な効率性は増すでしょうね。しかし、この手の議論は、紐付けするまでのプロセス、移行段階が課題ですね。国民の合意のもとに粛々と附番ができるのか。これから、国民の意思を反映した行政と政治のプロセスを経て議論が進んでいくのでしょう。自分はかつて大蔵省主税局で勤務していましたので、グリーンカードの顛末を思い出します。時代は違うと思いますが。

――遠藤さんが2002年金融庁に入庁して以降、銀行の業態も大きく変わったと思います。1つにはキャッシュレス・デジタル決済の普及が進み、支店の統廃合やATMのあり方が変わりましたね?

遠藤氏:
メガバンクは店舗を閉めていく方向ですね。個人預金のお客様はデジタル決済で済みますので、テラーを並べた支店の窓口機能は減っていくのでしょう。一方で今後必要になるのは、中小企業に対して貸し出しもさることながらコンサルティングとして、対面で企業を支えていく「拠点」ですね。これはデジタル化できないと思います。 

銀行は大リストラ時代をどう乗り越える

――こうした動きを受けて、メガバンクを中心にリストラが始まっていますね。

遠藤氏:
メガバンクは組織のキャパシティがあるので、人員を新しい部署に動かして、自然減で対応することが可能ですね。しかし地域金融の場合は、その地域最大の雇用者であり一流企業なわけですよ。そこで働くことは地域の子弟にとって名誉であり、給与水準も相対的に高い。したがって、経営が金融機関側の都合でリストラというわけにはいかないと思います。ある程度の人員を抱えながら、どうビジネスモデルを変えていくのか、考えていかなければなりません。

――銀行と企業の関係はどう変わりますか?メインバンク制は今後も続いていくと思いますか?

遠藤氏:
いわゆるメインバンク制って、すでに崩れているじゃないですか(笑)。メインバンク制は金融機関側が優越的に強いことが前提ですが、メガバンクに聞いても「時代が違う」との認識ですね。

他方、地域においては金融機関が強くメインバンクの役割が期待されますが、単に融資をするだけではなく、その企業を常に支える覚悟が必要です。たとえば経営に関して社長の経験が足りないのなら人材を派遣する、売り上げを伸ばすためにビジネスマッチングを提案するなど、そういう意味での地域におけるメインバンク制は残るでしょうね。

土地、建物、株式・・担保主義は終わるのか

――融資の際の担保主義についてはいかがですか?

遠藤氏:
金融庁では若手が自分のやりたい政策を研究する「政策オープンラボ」を実施しているのですが、あるチームがアメリカの担保制度を調べました。

日本は基本的に、土地か建物か株式の物的担保ですが、アメリカの担保は経営そのもの、人材や技術,ブランドなどの無形資産すべてを含んだ包括担保なんです。民法改正が必要になりますが、日本もこういう担保制度を目指すべきではないでしょうか。

――物的担保から包括担保への移行を目指すと。

遠藤氏:
というのは、アメリカの1行取引はこうした包括担保の制度が土台になっているからです。日本の多行取引の下では、事業性評価、本業支援をいくら進めても限界があり、すぐ金利競争になってしまうのではないか、と懸念しています。金融取引の土台に切り込む必要があるのではないかと「政策オープンラボ」の発表を聞きながら強く感じました。

――こうした日米の担保制度の違いはどこから生まれたんでしょう。

遠藤氏:
日本は土地そのものが価値を持つのですが、アメリカは国土が広すぎて土地そのものはほとんど価値を持たないので、土地担保という発想が生まれなかったのかもしれませんね。

一番大切なのは経営や人材であり、だから担保になるわけです。キャッシュフローを生むのは経営者の知恵ですから。 

銀行独自のデジタル通貨はデファクトになれない

――今後銀行にはどのようなことが期待されますか?メガバンクは「規模が大きくなりすぎた」ともいわれますがどうでしょうか?

遠藤氏:
メガバンクは日本国内というより、海外も含めてどう活動をしていくかを問われています。しかしグローバルな市場の状況は難しくなっていますし、どのような戦略でビジネス展開していくのかが課題です。デジタル化の動きを取り込んで、どのようなビジネス変容が可能なのか。サイズを小さくすればなんとかなるのかというと難しいですね。

――メガバンク独自のデジタル通貨で、メガを中心とした経済圏の創出は期待できますか?

遠藤氏:
いやいや。リブラで話題になったように、フェイスブックの顧客数なら可能性があるかもしれませんが、日本の顧客をメガバンクや新たな業者が競いあっている状況では、いきなりデファクトになるのは難しいですよね。〇〇ペイとか△△キャッシュレス間のインターオペラビリティ(相互運用性)の確立が今後の課題になってくるのではないですか。

”泣く子も黙る”金融庁検査が変わる

金融庁は「検査のための検査」はやらないことに

――遠藤さんは長官時代に、地銀経営の改革に力を入れてきましたが、改革は進んでいますか?

遠藤氏:
百行をこえる地域銀行すべてが合従連衡するなどとは考えていません。大きくなる地銀とサイズをスリム化する地銀と両方あっていいと思うんですよ。県を超えた広域経済圏を作ることは行政では難しいですが、金融機関であれば作りうるかもしれません。

他方、信金信組モデル、つまり自分の店舗回りのお客さんに目を向けて、小さな経済圏をもつというビジネスモデルもありえますよね。

――遠藤さんの改革のもう一つの柱、金融庁改革「検査から対話へ」は進んでいますか?

遠藤氏:
進んでいると思います。かつてのような重箱の隅をつつくような、検査のための検査をやってはいけないと職員全員が自覚しています。

バブルの時に我々金融当局は金融業界に近すぎると批判されたわけですが、金融機関が何をやっていたのか少しも分かっていなかった。問題が生じてから権限を振りかざしても実態に迫ることはできないのです。

――だから検査よりも対話だと。

遠藤氏:
普段からの継続的な「対話」により、その金融機関がいかなるリスクに直面し、どう経営判断しようとしてきたのかを理解することが重要ではないでしょうか。

検査においてどのように「対話」をしていくのか、検査官自身も悩んでいるところがありますが、生みの苦しみだと思います。経営者の考え方や直面するリスクを、その立場になって共に考える。それが金融機関のため、ひいては取引企業や地域経済のためになると信じています。

――ありがとうございました。ところで金融庁検査官もたびたび登場するドラマ「半沢直樹」は観ていますか?

遠藤氏:
鈴木さんに対して申し訳ありませんが、あまりテレビは観ないので(苦笑)。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】