脳の異常で飲酒をコントロール出来ない

アルコール依存症とは、お酒の飲み方(飲む量、飲むタイミング、飲む状況)を自分でコントロールできなくなった状態のことをいいます。
「大切にしていた家族・仕事・趣味などよりも、飲酒をはるかに優先させる状態」とも言えます。
以前は、アルコール中毒(アル中)と呼ばれ、意志の弱い人やだらしのない人が陥るものと思われていました。
しかし、それは誤った認識であり、アルコール依存症は、脳に異常が起きて、患者さん自身では飲むことを止められなくなる状態で、医療機関で治療が必要な病気なのです。

子どもの貯金を奪ってでも飲みたい

アルコール依存症は進行性の病気です。
お酒を飲むことを覚え→精神依存に移行する「初期」→病的行動が始まる「中期」→人生が破綻し始める「後期」へと、徐々に進行します。
飲酒を始めたころには少量のお酒でも気持ちよく酔えていたのが、徐々にそれでは酔った感じがしなくなり、酒量が増えていきます。
そして次第に、飲酒量や飲む時間・場所を気にしなくなっていきます。
精神依存が進行すると、仕事中など、飲んではいけない状況をかいくぐって飲酒する(隠れ酒)、飲酒のために嘘をつく、家族を脅かしたり、暴言・暴行といった粗暴な行為に出ます。お金がなくなると、子供の貯金箱さえ壊して飲み代にしたりもします。

「地獄を見たければ…」

そして、アルコール依存症の恐ろしさは、家族や周囲にも深刻な悪影響を与えてしまうことです。
それは、「地獄を見たければ、アルコール依存症者のいる家庭を見よ」と言われるほどです。
家族は患者さんの引き起こす様々なトラブルに巻き込まれ、その尻拭いに奔走しなければならなくなります。経済的問題、別居・離婚などの問題にも直面します。子供がいれば、親の暴言や暴力、育児放棄により、心身の発達に悪影響を受けます。
職場には、欠勤や仕事上のトラブルで多大な迷惑をかけます。
さらには飲酒運転などで、他者の生命に及ぶ重大事故を発生させる恐れもあります。
しかし、このような飲酒関連の問題が起きても、患者さん自身は家族や周囲の人の注意や説得を聞こうとしません。「飲んで何が悪い」「俺が悪いんじゃない、アイツが、お前が悪いんだ」などと口にしたりします。

 
 
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「適正に飲酒」は2度と不可能!

アルコール依存症の原因は多量飲酒です。
厚生労働省は「健康日本21」の中で、「多量飲酒」を明確に定義しており、「1日平均60gを超える飲酒」としています。
ここでいう60gは、酒に含まれる純アルコール量で、ビール中ビン3本、日本酒3合弱、25度焼酎300mlに当たります。
また、遺伝要因、環境要因も関与すると推定されています。

アルコール依存症は、糖尿病と同じような慢性病であり、回復はしますが、完全に治ることはありません。
飲酒のコントロールは失ったままなので、回復しても適正に酒を飲む(節酒)ことは2度と不可能なのです。
つまり、アルコール依存症の回復には「断酒」するしかないのです。
しかも、断酒後に少しでも飲酒をすれば、依存症に逆戻りするのです。

 
 

家族の干渉が逆効果も

では、どのようにすれば断酒出来るのでしょう。
残念ながら、家族の力で断酒させることは出来ないのが実情です。
家族が、酒をやめさせよう、行動を監視しよう、酒での失敗を防ごうと干渉しすぎることが、かえって患者さんの飲酒への欲求を強めてしまうのです。
そこで、断酒に向けては以下の2つが重要です。

①まずは、専門医療機関で診察・治療を受けること。
治療の主体は入院治療です。一般的には、リハビリ等含め、3か月程度入院して断酒に向けての治療をしっかりと行います。専門医療機関には、ソーシャルワーカーなども勤務しているので、患者さんや家族の方の様々な相談にも応じてくれます。
しかし、アルコール依存症治療の最初の壁は、患者さん自身が「自分は依存症でない」と否認して、専門医療機関への受診を拒否することです。
家族だけで抱え込まず、精神保健福祉センターや保健所に相談することがスムーズな受診の第一歩でしょう。

②自助グループへの参加
断酒の継続を目的とした、アルコール依存症の患者さんの市民団体です。メンバーが集まって自己の体験を語ることを基本にしており、断酒継続には非常に有効です。 

医療機関を退院してから再飲酒してしまう患者さんも少なくなく、安定した断酒生活を送れるまでには、2~3年かかる場合が多いとされます。
アルコール依存症も早期発見、早期治療が重要です。
早期のほうが、健康や社会的影響が小さく、家庭の崩壊なども未然に防ぐことができます。本人がその気になれば断酒しやすいのも、早期の特徴です。

小林晶子
小林晶子

今後ますます重要性を増す在宅医療を中心に、多くの患者さんの治療に当たっています。
また産業医として、企業で働く方々の健康管理も行っています。
これらの経験を、様々な疾患の解説に生かせればと考えています。
東京女子医科大学卒業。
東京女子医大病院等を経て、在宅医療専門クリニックに勤務。
医学博士。
日本神経学会認定神経内科専門医。
日本医師会認定産業医。