『なぜ君は総理大臣になれないのか』

この否が応でも人目を引くタイトルの映画がヒットしている。映画の主人公は衆議院議員・小川淳也氏(49歳)。2005年に初当選して以来15年間、国政で活動しているものの一般的にはほとんど知られていない野党議員だ。

にもかかわらずこの映画が、なぜ人の心を捉えるのか?監督の大島新氏と小川氏にその理由を聞いた(インタビューは個別に行ったものを再構成)。

人を褒めないのは左派の体質?

大島新監督「どうか公開日まで俺を生かしてくれ」
大島新監督「どうか公開日まで俺を生かしてくれ」
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――映画はかなり話題になっていますが、反響はいかがですか?

大島監督:
映画の感想で面白いのは、ふだん政治に興味がない人は「こういう世界があるのか。感動した」と。一方、政治に興味のある人は、保守系の人は「よかった」と言ってくれますが、左派系の人ほど「ノー」の声が大きいです。小川さんが言っていたのですが、国会質疑で自分なりに頑張れたなと思う時、「あれ、よかったね」と褒めてくれるのは自民党の議員が多くて、野党の人は余り声をかけてくれないそうです。左派の体質ですかね(苦笑)

――小川議員は映画をご覧になりましたか?

小川議員:
他の人の感想で間接的に内容を知るだけで、まだ観ていません。監督の作品なので完全にお任せですから。監督は公開初日の朝にメールをくれて、「数カ月前から『どうか俺をこの日まで生かしてくれ』と願っていた」と書いてあって。そんな言葉、これまで聞いたことがないので、「この作品が監督にとってそれだけ思いのこもったものなんだな」と感じましたね。

真っ当な人が野党でさえ出世できない理由

――大島監督と小川議員の出会いはいつ頃だったのですか?

大島監督:
テレビ局にいた頃から政治に興味を持っていたのですが、局内では報道記者以外は政治家の取材が難しく、局を辞めてフリーになるとなおさら難しいかなと思っていました。そこにたまたま妻が、「私の同級生のお相手の小川君が出馬するらしい」と言ってきたので、初出馬の人なら自分でも大丈夫かなと(笑)

2003年が小川さんの初選挙だったのですが、初めて会った時からカメラを回しました。その選挙で小川さんは落選しましたが、フジテレビの「ザ・ノンフィクション」という番組で放送しまして、2005年に小川さんが議員になってからは東京で時々会うようになり、気が向いたらカメラを回していました。

2003年の小川氏の初選挙からカメラを回し続けた
2003年の小川氏の初選挙からカメラを回し続けた

――映画化のきっかけは何だったのですか?

大島監督:
2016年頃「魔の二回生問題」があったのですが、それでも安倍政権は盤石でした。初めて会った時、小川さんは「やるからには総理大臣を目指す」ときっぱり言っていましたし、僕も小川さんを真っ当で優秀な人と評価していたのですが、不甲斐ない野党の中でさえ出世できないし、ましてや総理にはなりそうにない。これは一体何故なんだろうと理由を知りたくて、映画化を思い立ったのです。

小川議員:
大島さんが映画化の企画書を持ってきた時、本当かなと思いました。しがない野党の一議員を取り上げたところで、どういう社会的インパクトがあるのか、そもそも興行として成り立つのかと心配になりましたね。

“統計王子”は性に合わないことは苦手

――小川議員は5回の国政選挙のうち、選挙区で勝ったのは1度だけです。香川1区は自民党が強いので、映画の中でも苦労が絶えない感じでしたね。

大島監督:
以前、小川さんと小泉進次郎さんについて話をしていて、「選挙に心配がない人は政策に時間をかけられて羨ましい」と言っていました。今回、無所属(立憲民主ら統一会派)になりましたが、ちょっと吹っ切れたような気がするんですよ。もはや失うものはないというか…2019年の統計不正の追及が「統計王子」と評判になって、勇気と自信をもらったみたいです。議員仲間と飲み歩くとか、「性に合わないことは苦手」とよく言っていますね。

小川議員:
永田町に問題意識が通じる人はそう多くないですね。政界の人間関係は友情と打算といいますが、志を共にしないと。政界は仲間作りというか、最終的に多数派工作ができないといけないのですが、それが私の弱点であり欠点なんです。綺麗事ですけど、世のため国のため自己犠牲を伴いながら政治にコミットしている人が、一番信用できると思います。

小川議員が5回の国政選挙で選挙区で勝ったのは1度だけ
小川議員が5回の国政選挙で選挙区で勝ったのは1度だけ

「次は選挙区で勝ち上がり野党党首選に」

――小川議員は、民進党時代に前原代表側近として役員室長になったのが最高位でしたね。

大島監督:
しかもすぐ希望の党になったので、役員室長は1カ月間だけでした。出世しない理由は、小川さんがよく言う通り選挙区で勝てないからでしょうね。もう1つの理由は、小川さんは党内遊泳術が上手くないことだと思います。同世代だと細野さん、隣の選挙区には玉木さんがいますが、後塵を拝していますね。それから、小川さんは青臭いんです。僕はそこが好きですけど、政治家としては難しいところもあるのかなとみていました。

「隣の選挙区には玉木さんがいますが、後塵を拝していますね」と大島監督
「隣の選挙区には玉木さんがいますが、後塵を拝していますね」と大島監督

――とはいえ、既に当選5回とベテランの域に入っていますから、そろそろ頭角を現したいですよね。

大島監督:
先日話した時、次の選挙で選挙区当選はもちろん、野党の党首選に出られるくらいのポジションになっていなければいけないと。初選挙の頃から50歳を意識していて、「40から50台でいい仕事をして辞めるというのが理想だ」と言っていましたから。

小川議員:
自分の寿命も意識しないといけないですし、最後の貢献は潔く身を引くことだと、始めた頃から思っています。とはいえ、今ここで諦めていいのかと。次の総選挙はまず選挙区で勝つこと。その次は野党を束ねる仕事に邁進し、自民党に対抗できる選択肢を用意することが自分の責務です。野党の政策を磨き体質改善を施せば、政権準備政党となります。今の時代は将来世代を食い潰しながら生きていますから、どうやって持続可能な未来をつくるかです。

次の選挙はまず選挙区で勝つこと。そして野党党首選へ
次の選挙はまず選挙区で勝つこと。そして野党党首選へ

「お父さんが総理になったら社会が良くなる」

――映画の中では選挙が大きな見せ場となっていますが、特に小川議員のご家族が重要な役割となっていますね。

大島監督:
ご両親がまだ若くて元気で、娘さんは成人で選挙を手伝えたので、三世代を同時にカメラに収められました。とても善良で普通なご家庭で、奥さんは「私は普通の女やから」と言いながら「小川がやるから仕方がない」と仕事も辞めて応援し、娘さん2人も自然とお父さんを応援している感じですね。ご自宅も月4万7千円の賃貸アパートで、小川さんらしいといえば、らしいですが…

妻は「小川がやるなら仕方がない」と仕事を辞めて応援
妻は「小川がやるなら仕方がない」と仕事を辞めて応援

小川議員:
娘には普通の家ではない苦労をさせて、親として申し訳ない気持ちでいっぱいです。高校生の頃、「嫌だけど辞めて欲しいと思ったことはない」と言っていましたね。

――小川議員にとって、娘さん達はどんな存在なのですか?

小川議員:
昔は「今日より明日は良くなる」と思えた時代でしたけど、娘達の世代は「明日は今日より厳しいかもしれない」と思っています。だから「私たちの未来をいいものにして欲しい」と、父である私を本気で応援してくれていると思います。

今年、監督達との宴席に次女が参加したので「何か挨拶する?」と言ったら、「お父さんが人間関係に絶望せずにここまで来たのは皆様のおかげです。もしお父さんが総理になったら、本当に社会が良くなって私たちの世代も明るくなるので、応援をよろしくお願いします」と言ったんです(涙)

小川議員を支え応援する妻と娘たち
小川議員を支え応援する妻と娘たち

次回作は『まさか君が総理大臣になるとは』

――父親冥利に尽きますね。

小川議員:
その時、監督の目にも涙があったように感じていました。娘達との関係は、家族として協力せざるを得ない部分が半分と、彼女達の世代の社会的希望を父に託しているという部分が半分です。 

――これからも小川議員を撮り続けますか?

大島監督:
ドキュメンタリーをずっとやっていると疲弊するので、本当に「これは」というものに出会えないと撮れないのですが、この企画はまさに自分の人生に1本あるかどうかというものです。これからも撮り続けて、次回作は『まさか君が総理大臣になるとは』をと。本当にまさかですが(笑)

――ありがとうございました。

画像:(c)ネツゲン

【聞き手・執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。