能登半島地震発災後、メディアが初めて入ったという孤立地区。イット!取材班が片道2時間の道のりを歩いた先には、“命の危機”が懸念される、知られざる山間部の被害があった。
寸断された道路…“道なき道”で勤務に向かう病院職員
石川・輪島市下山町に続く道路。アスファルトが砕けて、かなり下に落ちているのがわかる。

ズタズタに割れた道路の上に、まるで“飛び石”のように残されたアスファルト。900人以上が孤立する、石川・輪島市の2つの孤立地区へとつながる県道だ。

発災前の2014年の写真では、山に沿って左側にカーブする道だったことがわかるが、9日の映像では、 寸断された道路の奥が崖のように切り出され、見る影もない。
この場所を迂回(うかい)し、自衛隊員の後に続く形で道路の左側にある斜面の中のぬかるんだ道なき道を進んでいくと、住民の姿がみられた。
── 今、どちらに向かわれるのですか?
輪島市の病院職員:
今、輪島病院です。職員なので、勤務しに。

スキーに使われるストックを両手に持ち、輪島市中心部へと向かっていた病院職員の男性。患者が絶えない病院に、発災後初めて出勤しているという。
その後も自衛隊員とともに進んでいくと、林の中に地面が大きく削り取られたような場所があった。

崩落した道路の場所を迂回して渡り切ることができたが、その先はさらに岩が転がっていた。
その先もあちこちで土砂崩れが起き、道路が寸断されていた。
寸断された道路の右側にある海側の斜面を進んでいくと、 149人が孤立する大屋地区の鵜入町が見えてきた。

ここは映画やドラマのロケ地にたびたび選ばれるなど風光明媚(めいび)で、どこか懐かしい港町として知られているが、地震によって屋根部分が崩れている建物も多く見られた。

また電気が止まっているため、 川で洗濯をする人の姿もあった。
道なき道を2時間…814人が孤立する集落へ
さらに取材班は、石川・輪島市の道路寸断地点から約2時間、道なき道を徒歩で進み、まだメディアが到達していないという孤立集落へと向かった。

雪山を越え、さらに歩き続けると、814人(10日午後2時現在)が孤立する西保地区の下山町に到着した。
山間部で雪に覆われていて、一見、発災後もあまり景色に変化がないようにも見えるが、外壁が崩れてしまっている家もあった。

その雪の下には、完全に倒壊した建物も。被害の全容はいまだ見えていない。
住民は、“新たな被害”が生まれかねないと危機感を持っている。この町では、食料や水などについては自衛隊の支援活動もあり、余裕があるということだが、雪深い山間部ならではの苦境も。

── 今必要なものって何ですか?
孤立集落に住む小林正治さん(39):
燃料ですね。灯油とかガソリンとか。車の中はもう暖房つけてないです。寒いね、寒いです。例年ならやっぱ電気とかストーブとかつけれるからまだいいけど。
ヘリでの輸送が認められていない、ガソリンや灯油の不足。車中泊をしているという男性は、車内の暖房をつけずに氷点下に達する寒さにさらされたまま、夜を明かしているという。
また、敷地の納屋が崩れたものの、母屋は無事だったという男性も寒くて寝られない日々を過ごしているという。

孤立集落に住む佃一男さん(77):
この上はトタン屋根で軽いもんで、ここで寝てます。瓦は(落ちたら)危ないやろ。毛布2枚とかけ布団1枚をこうして(寝ている)。寒いね。寝られないときもあるけど。
孤立地区にガソリン届けるボランティアも
新たな被害を生み出しかねない山間部の寒さ。

地区への道中には、20kg以上あるという荷物を背負い、 急斜面の山道に張られたロープを頼りに進むボランティアの姿もあった。
現在、石川県では一部地域を除き、被災地支援のボランティアを受け入れていない。それでも…

ボランティア:
すみません、行っちゃダメっていう情報はもちろん知りつつも、内々で3、4日前に来て。行く先々で求められているのがガソリンなんですよ。これ20Lですね。
片道2時間の道を徒歩で何往復もして、孤立地区にガソリンを届け続けているという。
(「イット!」1月10日放送より)