福岡・北九州市の繁華街で起きた大規模火災は十数時間にわたり燃え続け、飲食店35店舗、約2,900平方メートルを焼失した。建物が密集した地域でオレンジ色の炎と黒い煙が立ち上っているのが、火災現場上空からは確認できた。

過去には近くの市場で2度の火災

2024年1月3日午後3時過ぎ、北九州市小倉北区の鳥町食道街が大規模な火災に見舞われた。現場はJR小倉駅のすぐ近くで、消防が懸命に消火活動にあたる中、鳥町食道街などに店を構える飲食店の関係者も不安を隠せない表情で見守り、それぞれにやりきれない思いを口にした。

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被災した女性店主:
あっという間に煙と炎と…ですね。何年か前にやっと店を開いて…

被災した女性店主:
(創業して)もう60年ですよ…。もう諦めるしかないのかなと思いますけど

被災した焼きうどん店「だるま堂」店主:
2度あることはなんて思ってたんですが…。消防なんかも細かく立ち入りなんかも来て、予防課も頑張ってはいるんですけど、正月早々こんなことがあるとは

現場のすぐ近くの旦過市場では、2022年に2度の大規模な火災が起きていて、関係者も火災にはひときわ気を付けていたが、今回の火災が起きてしまった。

焼きうどんの老舗店主「再興は無理」

3日午後7時前、鎮火に至らず白煙は、北九州モノレールの軌道に覆いかぶさるようにして広がっていた。消火活動は夜通し続き、鎮火状態になったのは出火から17時間ほどがたった4日の午前8時過ぎだった。

消防によると、今回の火事で鳥町食道街に加え、隣接する魚町銀天街の飲食店など35店舗、約2,900平方メートルが焼失したという。太平洋戦争直後の闇市がルーツとされている鳥町食道街は、魚町銀天街から東に延びる長さ約70メートルの路地沿いに飲食店が密集していた。

「現地の近くにいるんですけど、今から現地に入りたいと…」と慌ただしく電話で話す竹中康二さんが鳥町食道街で営む「だるま堂」は、北九州名物“焼きうどん”の発祥の店だ。
1945年に創業し、代々そののれんが守られてきたが、2019年に先代が亡くなり、一度閉店した後、焼きうどん好きの竹中さんが3年前に店を復活させたばかりだった。

焼きうどん「だるま堂」店主・竹中康二さん:
奇跡的にうちの所は残ってるんですけど、ほんと、がれきがもう目の前にあるような感じで。お店をあの場所で、あの形で再興するのは無理だなと確認がとれた

インタビュー取材中、様々な思いが去来したのか、竹中さんは「自分たちの代で…」と思わず目頭を押さえた。「先代とかには、申し訳ない…」と応えるのが精いっぱいだった。

鍋から出た火が天井裏に入り延焼か

今回の火災は、火元とみられる飲食店の関係者が警察に対し「鍋から火が出た」と話しているという。この2年間で3度目となる小倉の繁華街での大規模火災に、現場を視察した北九州市の武内和久市長は次のように述べた。

北九州市・武内和久市長:
真っ黒に変わってしまったこの町の姿、非常に胸の詰まる思いです。今回、また前回の旦過市場火災の教訓というのをしっかりと反映させていくような取り組みをしなきゃいけない。そこは火との戦いを徹底的にやっていかなければならないと思っています

消防によると、今回の火災は旦過市場での火災と同様に天井裏に火が入ったことで延焼が進んだとみられているということで、さらに詳しい出火原因を調べている。

また、北九州市では復旧対策本部を立ち上げ、被災者向けの相談窓口を設けるとともに、がれきの撤去作業を速やかに進めていくとしている。

(テレビ西日本)