“コロナ禍の3年”を経てメディアクリエイターとして社会的な影響力を発揮するようになったYouTuber。子供たちの憧れの職業とも言われているが、2023年はYouTuberによる犯罪行為が数多く立件される年となった。

中でも象徴的だったのは前参院議員ガーシー(本名・東谷義和)被告の事件だ。動画サイトで俳優らを繰り返し脅迫したとして逮捕・起訴され、現在も公判が続いている。

東京拘置所から保釈されたガーシー被告は、ほっそりした印象だった(9月21日)
東京拘置所から保釈されたガーシー被告は、ほっそりした印象だった(9月21日)
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72年ぶりの国会での議員除名処分や、日本から遠く離れたUAEからの帰国・逮捕劇が記憶に新しい。実はその裏で、事件を担当した警視庁刑事部捜査二課が史上初めて国会議員の「逮捕許諾請求」に打って出る覚悟だったことは知られていない。

ガーシー被告の参院議員当選から逮捕までの主な出来事をまとめると以下となる。

「国会閉会まで逮捕はない」臆測の裏で・・・

2022年7月 参議院議員選挙に当選
        12月 著名人らからの告訴状を受け、ガーシー氏に聴取要請
2023年1月 広告収入を管理する会社に家宅捜索
    2月 参議院 懲罰委員会が10年ぶり再開
    3月 参議院 議院運営委員会がガーシー氏の「除名」を正式決定
      ⇒翌日、 警視庁、逮捕状を取得

    4月 国際刑事警察機構(ICPO)が国際手配
     6月4日 ドバイから帰国、逮捕

ドバイから帰国したガーシー被告(6月4日午後、成田空港)
ドバイから帰国したガーシー被告(6月4日午後、成田空港)

後日談の取材を進めていると新たに気がついたことがあった。参議院がガーシー議員の「除名」決議をした翌日、警視庁が逮捕状を取得していた事実だ。国会議員には「国会会期中の不逮捕特権」があることから、当時一部のメディアでは「逮捕状の取得は国会閉会後の6月以降になるだろう」との憶測も流れていたが、警視庁は逮捕を急いでいたことが明らかになった。では「除名」決議がなされなかった場合、警視庁はどうしていたのだろうか?

警視庁刑事部の『逮捕許諾請求』は前例なし

ある捜査幹部は「その場合は、『逮捕許諾請求』も辞さない覚悟だった」と明かす。国民から選ばれた代表者である国会議員は、会期中には逮捕されないという「不逮捕特権」がある。ただし、会期中に逮捕する場合には、「逮捕許諾請求」の手続きを経て、国会の許可を得れば可能となる。

しかし「許諾請求」はめったに行われるものではない。逮捕状の中身を示す必要があり、国会で議論がなされる。証拠が開示されてしまう恐れもあるため、捜査当局側は「許諾請求」を避ける傾向もあるとされる。

ここ数年、東京地検特捜部が担当した事件では、国会の会期を避けて国会議員の逮捕に踏み切っている。

警視庁が「許諾請求」を経て、逮捕に至った事件は1997年の「オレンジ共済組合事件」まで遡る。この事件は警視庁生活安全部が主体となって捜査した。ガーシー被告の事件を担当した捜査二課がある警視庁刑事部が「許諾請求」を行ったことは、これまでに一度もない。

国会閉会まで待てない2つの理由-“被害者”がさらに増える恐れ

では、なぜ「許諾請求も辞さない覚悟」だったというのか。前述の捜査幹部は、その理由を2つ挙げた。

第一にガーシー被告は、国会に登院しないことを批判されている最中にあっても、警視庁が家宅捜索に踏み切った後も、常にUAEから動画の配信やSNSでの発信を続けていたことだ。この捜査幹部は「このまま放っておけば、被害者がさらに増えることを憂慮した」と指摘する。

動画を配信するガーシー容疑者(4月10日)
動画を配信するガーシー容疑者(4月10日)

もう一つは、UAEに滞在していることから言わば逃亡状態だったガーシー被告による「証拠隠滅の恐れ」だったという。警視庁は、議員辞職の前から、何度も関係者を通してガーシー被告に連絡を取り任意の聴取要請を行っていた。仮に、警視庁の要請に応じて早期に帰国していたら逮捕を免れた可能性もあったという。警視庁による再三にわたる要請があったにも関わらず、まったく応じようとしなかったガーシー被告の姿勢が「証拠隠滅の恐れ」ありと強く印象付けた。

幻に終わった「シミュレーション」

「逮捕許諾請求」も視野に警視庁は国会の動きをにらみ様々なパターンのシミュレーションをしていた。除名の可能性が出てくると、除名決議が行われたあと、どの時点で国会議員の資格(不逮捕特権)が消滅するのかなど、具体的な手続きを確認していた。不逮捕特権が消滅したあと可及的速やかに逮捕状が請求できるよう周到な準備を行っていたという。

「除名」決定後、ガーシー議員の札は撤去された(3月15日 参院本会議場)
「除名」決定後、ガーシー議員の札は撤去された(3月15日 参院本会議場)

結果的には刑事部初の「逮捕許諾請求」は幻となった。しかし「逮捕許諾請求」が幻となってもポスト・コロナ時代を象徴する事件への捜査員の思いは形になった。

“人を中傷して莫大な収入を得る『誹謗中傷ビジネス』や『ネットを使った海外からの犯行』という、時代が生んだ犯罪を絶対に許さない”。警視庁の揺るぎない意志が示された時代を象徴する事件となった。
(社会部・警視庁キャップ 中川真理子)

中川 眞理子
中川 眞理子

“ニュースの主人公”については、温度感を持ってお伝えできればと思います。
社会部警視庁クラブキャップ。
2023年春まで、FNNニューヨーク支局特派員として、米・大統領選、コロナ禍で分断する米国社会、人種問題などを取材。ウクライナ戦争なども現地リポート。
「プライムニュース・イブニング元フィールドキャスター」として全国の災害現場、米朝首脳会談など取材。警視庁、警察庁担当、拉致問題担当、厚労省担当を歴任。