事件から約1年が経った2020年9月、TNC報道部は「すくえた命」と題して1年間の取材を基に、調査報道の放送を開始。瑠美さんの死に隠された佐賀県警鳥栖署の杜撰な対応を追及した。
しかし、事件の検証報道を行うと、遺族に謝罪したはずの佐賀県警は「内部調査の結果、当時の対応に問題はなかった」と主張を180度変えたのだ。

内部資料から浮き彫りになる県警のずさんな対応

2020年12月の佐賀県議会で佐賀県警の杉内由美子本部長(当時)の答弁。

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佐賀県警・杉内由美子本部長(当時)佐賀県議会・2020年12月2日:
一連のお申し出は、被害者の女性を巡る金銭貸借のトラブルについてのものであり、被害者の女性に、直ちに危害が及ぶ可能性があるとは認められませんでした。本件を今後の教訓とし、より丁寧な申し出対応を心がけて参りたいと考えています。

その後、取材班は佐賀県警の主張を覆す鳥栖署の内部資料を入手。警察官が市民から相談を受けた際に作る「相談簿」と呼ばれる報告書だ。

相談簿
・2019年7月12日件名:洗脳されている娘を救いたい
「私としてはヤマモトと瑠美を引き離したいと思っているのですが、どうにかできないかと思い警察に相談に来ました」

 相談簿
・2019年8月7日件名:姉を取り巻く環境が心配
「姉は最近、山本という女性と住んでいる。悪い影響を受けているようですので、姉を何とかしてその状況から救いたい」

当時の鳥栖署の資料には、県警が主張する「金銭トラブル」の相談だけではなく、どうにかして山本元受刑者から瑠美さんを引き離したいという家族の願いがありありと記されていた。

さらに、瑠美さんの夫が脅迫電話の録音を持って被害届を出しに行った日の相談簿の内容はでたらめだった。

相談簿
・「脅迫として被害届をとるのは難しいと伝えたところ」
・「申出人は…わかりました」
・「被害届等の意思…現在のところなし」
・「解決」

まるで、被害届を出せないと言われた家族が納得して帰ったかのような記載をしただけでなく、事案は勝手に「解決」と処理されていたのだ。佐賀県警は「後日刑事課を訪ねるよう言い、署内で引き継ぎもしていた」と弁明したが、相談簿にそのような記載は一切なかった。

問題と向き合おうとしない佐賀県警

ところがこの「相談簿」の存在が明らかになっても…。

佐賀県県議会(2020年12月10日)
佐賀県警・杉内由美子本部長(当時)「一連の申し出内容からは被害者の女性に直ちに危害が及ぶ可能性があると認められませんでした」

共産党・井上祐輔県議「結果として事件性に気づけなかった。そのことに関して遺族に一言も謝罪はないんですか?」
佐賀県警・杉内由美子本部長(当時)「被害者の方がお亡くなりなったのは大変重く受け止めていて、今後の教訓にしてまいりたい」

共産党・井上祐輔県議「謝罪する気はあるのか、無いのか、はっきりお答え下さい」
佐賀県警・杉内由美子本部長(当時)「繰り返しになって申し訳ございませんが、本件を今後の教訓としてまいりたい」

佐賀県警はかたくなに問題と向き合おうとしなかった。記者が議会での発言後、退場する本部長を直撃した。

本部長に直撃する塩塚記者
本部長に直撃する塩塚記者

記者「本部長、誰もが納得できる説明をされたとお思いですか?」
県警側「広報を通じて下さい」

記者「議会に対して不誠実な対応なんでは?謝罪はされるんですか?遺族に。もう、このまま終わらせるつもりですか?」
本部長「…(無言)」

記者「第三者を入れた再調査を行わないんですか?本部長!」
本部長「…(無言)」

2021年3月2日、一審判決で福岡地裁は、山本元受刑者と岸受刑者を「人としての尊厳を踏みにじられた末に生命を奪われた」などと断罪。山本元受刑者に懲役22年、岸受刑者に懲役15年などの判決を言い渡した。判決を聞きながら山本元受刑者は笑っていた。

この翌年、山本元受刑者は収監されていた刑務所で体調を崩し、亡くなる。43歳だった。

山本元受刑者らの裁判が行われていた頃、批判の矢面に立っていた佐賀県警のトップ、杉内由美子本部長が体調不良を理由に突然、退任。新しいトップの見解に注目が集まったが―。

佐賀県警・松下徹新本部長(記者会見2021年2月):
一連の申し出の状況を総括的に見てみますと、被害者の女性を巡る金銭貸借トラブルをどうにかしてほしいという趣旨…

佐賀県警はこのまま終わらせるつもりなのか。取材班は、ある人物へ直撃取材を試みた。

その人物とは、「適切に対応できていなかった」「署としておわびをしながら説明をさせていただいた…」と瑠美さんの家族に対応の不備を認め、謝罪をしていた佐賀県警の幹部だ。

記者「太宰府事件について、県警のAさんが認めてらっしゃった…」
A氏「なにを?」
記者「対応の不備です」
A氏「言えない、言えない」

記者「本部長が言っていることが、いま「正しい」と思っていますか?」
A氏「そのことについても何も言いません」

記者「遺族に対して『署としておわびしながら説明しているんだ』と話をしていた。これができていたら、もしかしたら救えたかもしれないってことだったじゃないですか。あなたが本当に佐賀県警の良心なんですよ」
A氏「私が『県警の良心』と言ってくれたことは、ありがとう」

記者「これで佐賀県警、良くなりますか?この発言が結論として変わっているんですよ」
A氏「最初から変わってないでしょ?」
記者「何ですか?変わっていないとはどういうことですか?」
A氏「ちゃんと、県警として対応した、警察署として対応した、その部分を説明した。ただ、それだけですよ。以上!」

真摯に反省や検証することなく、問題にただ蓋をしただけの佐賀県警に遺族は―。

瑠美さんの母親:
私たちは難しいことを言っていない。自分たちの力が足りなかった。「今後は、こういうことがないようにしますから」と約束してほしいだけ。もっと真剣に人を守ることを考えてほしい。

事実を認めないまま過去のものに…

一連の取材の中で記者たちが特に忘れられない「ある場面」がある。それは、2021年9月16日の佐賀県議会だ。この日、答弁に立ったのは佐賀県警を監督する県公安委員会のトップだった。

共産党・井上祐輔県議「この事件について問題はなかったという認識なのか?」
吉冨啓子公安委員長「引き続き、警察を適切に管理してまいります」

その答弁の後、議場から声がかかった。

自民党・西久保弘克県議:
頑張って!

共産党議員から県議会で追及を受ける公安委員長に対して、最大会派である自民党の議員は「頑張って」とエールを飛ばした。公安委員長は佐賀県警本部長と共ににこやかな笑顔で返していた。

なぜ笑みがこぼれるのかー。
瑠美さんのいのちは救えた。その事実を誰も認めないまま、事件は過去のものにされてしまっている。

「すくえた命 太宰府主婦暴行死事件」(幻冬舎)
報道特別番組「すくえた命~太宰府主婦暴行死事件~」取材班リーダーによる、渾身のノンフィクション。

(テレビ西日本)

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