「生ける伝説」の死

7月10日、韓国で「英雄」と称えられた人物が亡くなった。
韓国陸軍の元大将、白善燁(ペク・ソニョプ)氏だ。

韓国陸軍の元大将、白善燁(ペク・ソニョプ)氏。「朝鮮戦争の英雄」と称えられた。

朝鮮戦争の際に数々の激闘で功績を挙げたことで知られ、99歳でその生涯を終えるまで、国を救った「生ける伝説」であり続けた。白氏の死去を受け、ソウル市内の焼香所には5000人以上の市民が弔問に訪れたという。

だが、次のように肩を落とす人もいた。

白氏の焼香所には5000人を超える市民が弔問に訪れた(ソウル市・光化門広場)

「白将軍への“冷遇ぶり”を見て、申し訳ない気持ちから弔問に来た」

「救国の英雄」と称される人物が亡くなったとあれば、本来なら国を挙げてその功績を偲ぶはずだ。しかし白氏を巡って、国を二分する論争が巻き起こっている。文在寅政権の掲げる「親日狩り」は今や、故人の尊厳や安寧までをも冒そうとしているのだ。

朝鮮戦争で韓国を死守、日米からも厚い信頼

朝鮮戦争時の白氏(左)数々の激戦で功績を挙げた。

白善燁氏は1920年、現在の北朝鮮の平安北道に生まれ、日本が満州事変で占領した中国東北部に樹立した傀儡国家・満州国で軍人となった。朝鮮半島が日本の統治から解放された後は韓国軍の創設に関わり、1950年に勃発した朝鮮戦争では若くして激戦地の戦闘を指揮。北朝鮮軍の南侵を防ぎ、アメリカを中心とする連合軍とともに北朝鮮軍を北側に押し戻した。ここで負けたら「米韓連合軍は総崩れ」という場面で、師団長として自ら突撃したという逸話も残るほどだ。1953年には韓国初の陸軍大将に昇進。「朝鮮戦争の英雄」として韓国内で長く称賛されてきた。

米軍関係者からは「ホワイティー」の愛称で親しまれ、全幅の信頼を寄せられた。

米軍との関係も深い。「米韓同盟の象徴」と全幅の信頼を寄せられ、姓にちなんで「ホワイティー」の愛称で親しまれていた。死去後、ハリス駐韓アメリカ大使は「心が痛い。白将軍が懐かしい」と哀悼の意を表明。在韓米軍の幹部も「白将軍は英雄であり国家の宝だ。今日の米韓同盟を形にする上で、驚くべき貢献をした」との声明を出している。

軍を退役後は、外交官としてフランス大使などを歴任した白氏だが、日韓交流に尽力した人物でもある。白氏と日本との繋がりと言えば、1970年の「日航機よど号ハイジャック事件」だ。平壌へ向かうべく福岡を発った機体は一度ソウルに着陸したが、当時、韓国交通相を務めていたのが白氏だった。犯人グループとの交渉にあたるなど韓国閣僚として水際立った指揮ぶりを見せ、日本側は白氏の貢献度を高く評価。日本はその後、ソウル地下鉄1号線の建設を支援した。

冷遇の英雄と厚遇の市長、保革対立も浮き彫りに

では、数々の功績を残した白氏が「冷遇されている」とはどういうことか。それは彼の経歴に起因する。白氏は朝鮮戦争前の日本統治時代、満州国の間島特設隊に服務したことがある。間島特設隊は日本からの独立を目指す朝鮮の武装勢力を弾圧する任務があったとされ与党など左派勢力は、この経歴を理由に白氏に「親日派」の烙印を押しているのだ。白氏は「我々が討伐したのは共匪(中国共産党下のゲリラ)だけ」と主張していた。

韓国で言う「親日派」とは、日本統治下の朝鮮で日本当局に協力した関係者を指し、民族の敵として今も批判の対象となっている。文在寅政権が「親日清算」を掲げ、そうした日本帝国主義の痕跡を徹底的に排除しているのは周知の通りだ。

「救国の英雄」の死に際しても、韓国大統領府は「申し上げる言葉はありません」と沈黙している。文在寅大統領は2019年に海軍士官学校の卒業式で「日本軍の出身ではない者だけで創設されたのは海軍だけだ」と発言した。日本軍での従軍経験者を含む形で創設された陸軍や空軍ではなく「海軍にのみ、韓国軍の正当なルーツがある」と示唆したもので、大統領自身も白氏の経歴について否定的と見られる。

白氏の焼香所。数百メートル先には自殺したソウル市長の焼香所も設置された。

今回、白氏も「親日狩り」の標的となったわけだが、冒頭の焼香所からもその一端が伺える。実は、元秘書の女性からセクハラを理由に告訴された直後に自殺した朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長の焼香所も白氏の焼香所の数百メートル先に設けられていた。これはソウル市が主導して設置したもので、その後の葬儀についても市が主催する「公葬」となった。朴市長と言えば、文在寅政権を支える与党系の首長で、対日強硬派として知られていた。

一方、白氏の焼香所に関しては当局が設置を禁止。結果的に保守系の市民団体が警察による阻止を振り切り設置を強行したという。あまりに対照的だ。皮肉にも両者の死をきっかけに、保革の対立が改めて浮き彫りとなった。

親日派の“墓暴き”を法制化する動きも…

国立ソウル顕忠院。国家の功労者や朝鮮戦争の戦死者など17万人が眠る国立墓地だ。

そして、白氏の埋葬地を巡っても論争が過熱している。ソウルには顕忠院という国立墓地があり、国家の功労者や朝鮮戦争の戦死者など17万人が眠っている。野党などを中心に白氏をソウル顕忠院に埋葬するよう求める声もあったが、韓国政府は「場所がない」という理由でこれを拒否し、別の国立墓地に埋葬されることが決まった。左派系の市民団体からは「白氏は靖国神社に埋葬すべきだ」という声まで出ていた。

さらに、埋葬地どころか「墓暴き」の話まで出ている。一部の与党議員は、国立墓地にある親日派の墓を掘り起こし、強制移葬を認める「親日派破墓法」の成立に向け動いているのだ。白氏が亡くなる前から与党内では「もし白氏が国立墓地に埋葬されたら、墓を暴くしかない」という主張もあったほどだ。国家の功労者が数多く眠るソウル顕忠院ではないものの、国立墓地への埋葬が決まった以上、法案が成立すれば白氏の墓が暴かれる可能性もある。

ちなみに2019年には、左派系の市民団体が韓国中部の国立墓地で「反民族者(親日派)の墓を移せ」と要求し、墓の一部に汚物をまいた。親日狩りという“大義”のもとでは、故人の尊厳や安寧を冒すことも許されるのだろうか。

文在寅政権が進める親日排除の動きは枚挙にいとまがないが、それは韓国人が「親日派」に抱く「恨みの意識」がいかに根深いかを如実に示している。そして今回は、国を救った英雄の死去後に論争が巻き起こる結果となった。保守系大手メディアは「現在の韓国を存在させた英雄の最期が、このような政争の対象となるのは恥ずかしいことだ」と報じている。

(執筆:FNNソウル支局 川崎健太)