「死刑になりたかった」。2022年7月、仙台市で起きた「女子中学生切りつけ事件」。殺人未遂などの罪に問われた男は、犯行動機をこう述べた。統合失調症による「被害妄想」に苦しんでいたとされる男。責任能力の有無が裁判の大きな争点となる中、男に言い渡された判決は懲役16年の実刑判決だった。

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裁判争点は責任能力の有無

2022年7月7日の午前8時ごろ、仙台市の路上で、登校中の女子中学生2人が背中を包丁で刺された。2人の女子中学生は全治1カ月の重傷を負った。

この事件で殺人未遂と銃刀法違反の罪に問われたのは、近くに住む無職尾張裕之被告(45)。女子中学生2人と面識はなかった。

登校中の中学生が見ず知らずの人間に刺されるという、仙台市の住宅街で起きた凶行に、辺りは騒然となった。なぜ2人は被害に遭わなければならなかったのか。

送検される尾張被告
送検される尾張被告

11月16日に開かれた初公判。法廷に姿を見せた尾張被告。頭を丸刈りにしているからだろうか、事件の発生から1年以上が経ち、少し痩せているようにも見えた。

裁判の争点は尾張被告に犯行当時責任能力があったかどうか。尾張被告は中学生の頃までは普通の学生だったが、高校生の時に引きこもり状態に。24歳の時に統合失調症と診断された。

頭を丸刈りにして法廷に姿を見せた尾張被告
頭を丸刈りにして法廷に姿を見せた尾張被告

治療のためこれまでに7回入退院を繰り返していて、「ヘリコプターが追いかけてきている」「自分を見て子供が笑っている」「誰かに生活を見聞きされている」といった、被害妄想に苦しみながら生きてきたのだという。

弁護側はこの統合失調症の被害妄想が影響したことで、尾張被告は辛く苦しい生活から逃れたい思いから犯行に及んだと主張。「心神喪失か耗弱状態」だったとして、無罪または刑の減軽を求めた。

一方検察側は冒頭陳述で、尾張被告は統合失調症だったものの「症状である被害妄想は犯行に直接影響せず、責任能力に問題はない」と述べた。

また、この冒頭陳述の中で、尾張被告の犯行当日の様子が明らかになった。尾張被告は事件直前に自宅近くのバス停やコンビニエンスストアで成人女性を見かけ、犯行に及ぼうか迷ったが、すぐに捕まると考え断念。一度自宅に戻った後、再び外出し、今回の犯行に及んだ。包丁は気付かれないようにと、バッグの中に隠し持っていたとしている。

「死刑に…人生を終わらせたい」

重い足取りで証言台の前に立った尾張被告。被告人質問で犯行の動機を問われると、一貫して身勝手な動機を述べ、犯行については当日の朝に思いついたと話した。

検察官:
犯行を一度諦めたのに、また外出したのはなぜ?
尾張裕之被告:
人を殺せば死刑になる。犯行を諦めきれなかった。
検察官:
女子中学生2人を見つけてどう思った?
尾張裕之被告:
包丁で刺そうと思った。背が小さく抵抗されないから殺そうと思った。
検察官:
2人とも殺そうと思った?
尾張裕之被告:
そうです。

検察官からの質問に対し、間髪入れず答える尾張被告だったが、「わかりません」「覚えていません」などと曖昧な受け答えをしたり、話が二転三転したりすることも多く、本当に質問の意味を理解して受け答えをしているのか、疑問に残る場面も多々見られた。

一方、全くぶれなかったのは2人の女子中学生を殺害したかったという強い思いだ。

被害者参加人弁護士:
2人を殺したかった?
尾張裕之被告:
殺せなかったことに満足はしていない。
被害者参加人弁護士:
被害者が体を傷つけられたことについては
尾張裕之被告:
何とも思っていない。
被害者参加人弁護士:
被害者は心にも傷を負っている
尾張裕之被告:
はー。そうですか。

被害者のことを全く意識していないような、気のない答弁が続いた。また、謝罪の意思について「謝罪したい」と話したり、「謝罪したくない」と話したり、一貫した答弁はなく、本音が全く見えてこなかった。

父親の訴え「娘は一人で歩けない」

22日には、論告求刑と最終弁論が行われた。検察側は「子どもや女性を狙い包丁をバッグに隠し持つなど、尾張被告は周囲の状況を把握し合理的に行動していた」と指摘。責任能力はあるとした上で、「被害者の1人には何度も包丁を執拗に突き刺すなど、強固な殺意に基づいていて、死刑になって人生を終わらせたいという動機は身勝手」として懲役17年を求刑した。

一方弁護側は、当初の主張通り「犯行時、被告は心神喪失か耗弱の状態」で、無罪か懲役7年が相当と主張して結審した。

またこの日は、初公判の時から検察側の席に座り裁判の行方を見ていた、被害にあった女子中学生の父親が証言台に立った。

「実際にはやらないが、被告人に同じことをして出来るだけの恐怖と絶望を与えながら、苦しませてやりたい。娘は一人で外を歩けなくなり、泣きながら何度も出かける練習をしていた。非常に強い憤りを感じる
(証言台に立った被害女子生徒の父親)

時折声を詰まらせながら訴えた女子生徒の父親。尾張被告は目をつぶってうつむきながらじっと話を聞いていたが、あまり意に介していないようにも見受けられた。

裁判の最後に、裁判長から何か言っておきたいことはあるか?と問われると、尾張被告は「何もありません」とぶっきらぼうに答えた。結局、初公判から結審まで、尾張被告からの謝罪は一度も無かった。

そして迎えた29日の判決公判。尾張被告には懲役16年の実刑判決が言い渡された。
宮田祥次裁判長は判決理由について、「女子中学生2人を見かけ、無差別に各犯行に及ぶなど、強固な殺意に基づく極めて危険な犯行」と指摘。「被害者が負った精神的苦痛は、容易に回復するものではなく、結果は非常に重大」と説明した。

尾張被告の責任能力の有無については、「統合失調施用はストレス因子になったが、犯行に直接的な影響はなかった」としたうえで、「善悪を判断し自分より弱いと考える相手を探すなど、行動を制御していて、当時責任能力があった」と認めた。

およそ15分にわたって行われた判決言い渡しの間、尾張被告は動くことなく、裁判長の方をじっと見つめ、話を受け止めていた。

判決直後に報道陣の取材に応じた女子中学生の父親は「ほっとはしていないが、一段落着いた。気持ち的には死ぬまで刑務所に居て欲しいが、納得せざるを得ない」と、今の気持ちを明かした。

身勝手な動機で見ず知らずの女子中学生2人を恐怖に陥れた今回の事件。未来ある2人が負った傷は、あまりにも大きい。

(仙台放送)

仙台放送
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