旧ジャニーズ事務所での性加害問題は、フランス国内でも写真とともに報じられた。記事を読んでいると、その中で気になる記述があった。
「日本では、レイプがいまだにタブー視されている」
日本では性犯罪の被害について触れてはいけない雰囲気がある、との見方だ。耳が痛かった。
この記事の画像(17枚)そういえば以前、性に関する話をフランス人に街頭インタビューをしたことがある。彼らは、性にまつわる話にも関わらず、オープンに自分の意見を述べていた。
関連記事:処方箋なしで薬局で購入可能…緊急避妊薬からみるフランスの性教育と性意識
一体なぜ、彼らはそこまで自信を持って話せるのか。そのワケが知りたくて、性教育の現場を取材した。
「タブーはありません。途中で抜けてもOK」
訪ねたのは、パリの公立中学校だ。この日は、男女別で授業が行われていた。
始業のベルがなると、まだあどけなさが残る中学3年の生徒たち約10人が教室で輪を作って座った。そして、教師やスクールナースなど2、3人の大人もその輪に入った。
「このクラスではタブーはありません。話題によって参加する気になれないと感じた場合は抜けても大丈夫です」
冒頭で教師が強調したのは、話題に制約はないということだ。他者の意見にも耳を傾け、差別せずに尊重するよう生徒に促した。
生徒たちは自由に発言し、疑問に思ったことを同級生と議論する。そこに、大人が正しい知識などを補足していく、という授業スタイルだった。
今回の授業のテーマは「自分と相手を守る方法」。模型や実物を用いながら、具体的な内容に踏み込んだもので、日本の学校で教育を受けた私にとっては驚きの内容だった。
宗教に関わらず等しく「自分を守るための知識」を
フランスでは2001年に学校での性教育が義務づけられ、小学校から段階的に、理科などの科目の中で性の話が組み込まれている。
中学・高校では、年に少なくとも3回特別授業が設けられ、生徒たちはセックスにともなう「リスク」、つまり、性感染症や望まない妊娠をどう防ぐかといった知識を身につける。そして、男女の関係や他者との付き合いで、相手を尊重することの重要性について考え、性の分野において責任ある行動とは何かを学ぶ。
取材した中学校は、パリの中でも特に移民が多く住む地域にあり、生徒の中にはキリスト教徒もイスラム教徒もいた。宗教上、家庭では性の話を全くしない生徒もいれば、幼少期からオープンに話をしてきた生徒もいるなど様々だ。
しかし教師は、宗教に関わらず等しく「自分を守るための知識」を身につけさせることを心掛けていた。
「若い人たちに無知であってほしくないのです。もし事前に情報を持っていたら、そのような状況に陥らなかったであろう人たちが、そのような状況に陥ることを防ごうとしています」
理科を担当する教師である彼女はまた、生徒が考え方の異なるクラスメートと対話することで、例えば、異なる性的指向を持つ人といった、他者への理解を深めてほしいという思いも持っていた。
男子生徒も生理について議論
授業では、教師が生徒たちに質問が書かれたカードを差し出した。
「妊娠は生理周期のどの時期でもできるのですか?」
「緊急避妊薬を何度も飲むと健康に悪いのですか?」
「コンドームはどれぐらいの頻度で壊れますか?」
質問カードの内容はどれも、望まない妊娠や性感染症から身を守るためのものだ。男子のクラスも女子のクラスも、同じ質問内容だった。
「排卵期は妊娠できるけど、生理の時はできないよ」
「たしか、排卵は生理の14日前だよね?」
男子生徒がそれぞれ自分の意見を語り合う。そんな中、教師は生殖器の模型を取り出した。排卵や受精の過程を伝え、正しい答えを導き出そうというものだ。
そして、話題は自然と避妊の話に移っていった。
「妊娠を望むか望まないかは人それぞれだけど、お互いの同意は必要だよね」
「コンドームで、妊娠も性感染症も防ぐことができるよ」
男子生徒たちが意見を述べ合うなか、教師はコンドームの実物を見せながら彼らの疑問に寄り添う。
理科教師:
コンドームは、永遠に使えるものですか?
男子生徒:
使用期限があるの?
理科教師:
そう。パッケージには、期限が書いています。ほかにも、CEマーク(EUの安全基準を満たしていることの表示)が付いているかも確認して下さい。
スクールナース:
では、コンドームは、どこで手に入れることが出来ますか?
男子生徒:
薬局で!自販機でも売ってるよね。病院でも、もらえるはず。
スクールナース:
そのほかにも、家族計画センターや保健室でも、用意がありますよ。必要になった時は、そこで相談をして下さい。
約1時間の授業の間、話題に耐えられなくなったのか、教室から出て行く生徒もいたが、ほとんどの生徒たちは、照れながらも真剣に聞いていた。
教師やスクールナースが心がけていたのは、生徒がいずれ必要とした時にどこに相談をすればいいのか、「駆け込み相談」ができる場所を伝えることだった。
コンドームも用いた授業に生徒の反応は?
中学3年の段階で、ここまで踏み込んだ性教育を子どもたちはどう捉えているのか。
聞いてみると、まだこの話は早いと感じる生徒もいたが、適切な時期だと話す生徒が多かった。
――両親とはこういった話はしますか?
男子生徒:
家では、性の話は絶対にタブーだよ。
――この授業についてはどう思いますか?
男子生徒:
暗闇の中にいて何も知らないより、知ることが出来るからいいです。
誰にも非難されずに、自由に発言もできるし。
女子生徒:
自分には、まだ直接関係のある話ではないですが、早いとは思いません。小さい頃から、親から「同意は大事だよ」などと言われていたので。どう対処したらいいのか、仕組みを知っておくことは大切です。
彼ら、彼女らは、15歳という、まさに多感な時期だ。意外だったのが、インターネットにあふれる膨大な情報に踊らされていないことだった。
女子生徒からは「私は(インターネットで調べたことは)ない。相談したり、教えてくれる人が回りにいるから。インターネットの内容は、事実でないものも多くあると思う」「医者など、仕事として知識を持っている人に会いに行けばいい」といった声が聞かれた。
セックスの相談は保健室でも
フランスの学校で性教育が行われるのは、授業だけではない。保健室もその一つだ。生徒が自分の体や他者との関係で悩んだ時に、相談できる場所となっている。
保健室でスクールナースが見せてくれたのは、棚に置かれたコンドームや緊急避妊薬、それに妊娠検査薬だった。
「これはセルフサービスではありません。女子生徒が、例えば生理が遅れたという相談をしてきた時に、話を聞いて、妊娠検査薬を渡すのが適切かどうか判断します。年に1、2回、渡したことがあります。時には、彼らは少し早く大人になりたがります。だから、正しい説明をするために、私がいるのです」
スクールナースは自らの役割について、こう話した。なかには、避妊具をもらおうと、冗談まじりで来る生徒もいるというが、そういった生徒にも、真剣に、なぜ必要なのか、使い方を知っているのかといった話をするそうだ。そして、相手の同意はあるのか、なければ犯罪にもなりうる、といったこともしっかりと伝えるという。
フランス式性教育の課題は
このように、フランスの性教育は「性行動における責任ある行動」を子どもたちに教えるものでもあるが、これが社会に反映されているかというと、必ずしもそうではない。
フランスの女男平等高等評議会(HCE)が2023年にまとめたレポートによると、18歳から24歳の女性の5人に1人以上(22%)が「強制的な性行為」を受けたことがあるという。
また、国連薬物・犯罪事務所がまとめた各国の性暴力犯罪の認知件数は、2021年は10万人あたり115.02件にものぼった。隣国ドイツは50.10件、アメリカでは41.77件なので、それと比べるとはるかに多い。
家族計画センターなどの市民団体は、こうした状況は、性教育が適切に行われていないことに起因すると指摘する。義務でもある「年に3回の特別授業」を実施している中学校は、全体の2割以下だというのだ。
私が取材した中学校では、教師が性教育の重要性を強く認識していたため、国が定めたカリキュラムにのっとって授業が進められていた。しかし、他の多くの学校では、予算や教員の不足、教師が性教育についてほとんど研修を受けていないことなどが原因で、十分な性教育を提供できていないのが実情のようだ。
市民団体は、この状況を問題視し、国に対し改善を命令するよう、裁判所に訴えを起こしている。
「セックス」を教えない日本の性教育
日本の性教育の現在地はどこにあるのだろうか。
フランスとは違い、日本の中学校では「セックス」については教えないことになっている。というのも、文部科学省が長年、受精や妊娠については教えるものの「妊娠の過程は取り扱わないものとする」と学習指導要領で定めてきたからだ。(=通称「はどめ規定」)
だが、昨今では、インターネット上には不確かで真偽不明な情報が多く飛び交い、子どもたちは簡単にアクセスすることができる。さらに、SNSを通じた「パパ活」や「立ちんぼ」での売春など、性にまつわる問題は形を変えて子どもたちに襲いかかっている。
教育現場も、それにあわせ、変わるべき時がきているのではないだろうか。大人は、子どもたちをとりまく環境を理解し、彼ら彼女らにとって何が最善なのかを真剣に考え、早急に性教育の新たな対策を講じなければいけない。
(FNNパリ支局 森元愛)