日銀が10月30日から2日間にわたって開く、金融政策決定会合への注目度が増している。国内の長期金利が、日銀が7月の政策修正で決めた「1%」という事実上の上限に近づいているためだ。

日銀は7月の会合で、長短金利操作を修正して運用を柔軟にし、長期金利について上限としてきた0.5%程度を「めど」と位置づけ、0.5%超えを容認したうえで、1%を事実上の上限とした。このときの会見で、植田総裁は「将来のリスク対応として0.5%から1%の枠を作った」と説明し、上限キャップとした1%はあくまで「念のため」のもので、「非常に近づいていくという可能性は低い」としていた。

10月26日、新発10年物国債の利回りは一時0.885%をつけた
10月26日、新発10年物国債の利回りは一時0.885%をつけた
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しかし長期金利は、7月の政策修正以降、日銀の想定を超えるペースで上昇を続けている。10月26日には、指標となる新発10年物国債の利回りが一時0.885%と、約10年3カ月ぶりの高い水準をつけた。

背景にある「強いアメリカ経済」

背景にあるのが、「強い経済」を反映したアメリカの金利動向だ。インフレを抑え込むため、FRB=連邦準備制度理事会は政策金利を引き上げてきたが、予想以上に力強さが続くアメリカ景気の実情を示す指標発表が相次いでいる。

7~9月期の実質GDP=国内総生産の成長率はプラス4.9%の高水準となり、前の3カ月のプラス2.1%から加速した。GDPの約7割を占める個人消費はプラス4.0%で、前の期の0.8%を大幅に上回る。

9月は、農業部門以外の就業者数が前月に比べて33万6000人増加し、市場予想のほぼ倍になったほか、小売売上高も6カ月連続で増えた。人手不足のなか、底堅い雇用情勢のもとサービス部門を中心に賃金が上がり、個人消費も好調さが続く様子が読みとれる。

「さらなる金融引き締めが正当化される」との認識を示したFRBのパウエル議長
「さらなる金融引き締めが正当化される」との認識を示したFRBのパウエル議長

FRBのパウエル議長は19日の講演で、想定を上回る経済成長や労働市場のひっ迫が見られれば「さらなる金融引き締めが正当化される」との認識を示し、市場では利上げの早期終結観測をけん制したと受け止められた。

金融引き締め局面が長引くとの見通しが強まるなか、アメリカの長期金利は急ピッチで上昇し、19日には一時16年ぶりとなる5%の大台にのせた。アメリカの金利動向につられる形で、日本でも長期金利の上昇が進んでいるのが現状で、日銀は国債買い入れで金利を抑え込もうとしているが、上昇圧力は強い。

長期金利上限を1%から引き上げ?

同時に進行しているのが円安だ。アメリカ金利の上昇加速で、日米の金利差は拡大していくとの見方から、円売りが広がっている。

10月26日、東京外国為替市場の円相場は一時1ドル=150円台後半まで値下がりした
10月26日、東京外国為替市場の円相場は一時1ドル=150円台後半まで値下がりした

26日の東京外国為替市場の円相場は、一時1ドル=150円台後半まで値下がりし、2023年の最安値を更新した。円安の進行は、物価高を通じた家計の負担増につながるが、日銀による金利の抑え込みは、円安への動きを強める要因になる。

こうしたなか、市場関係者の関心を集めているのが、日銀が月末の決定会合で、金利操作を再び修正する可能性だ。長期金利の上限として事実上認めている水準を1%から、1.25%や1.5%へと、さらに引き上げる案や、0.5%程度としている変動幅の「めど」を撤廃する案などが取りざたされている。

2024年度物価見通しは2%台か

日銀が示す物価見通しも焦点だ。前回の会合では、政策委員の予測の中央値で2023年度の消費者物価指数の前年度比上昇率は2.5%、2024年度は1.9%、2025年度は1.6%だった。

原材料高を反映した企業の価格転嫁の動きが進むなか、今回の会合では、2023年度の見通しを上方修正するとともに、2024年度は2%台に引き上げるのでは、との見方が強まっている。その場合、2022年度から3年連続での「2%以上」となり、日銀が目指す「2%の持続的・安定的な物価上昇」に近づくことになる。

9月25日、大阪で記者会見を行った植田総裁
9月25日、大阪で記者会見を行った植田総裁

植田総裁は9月25日、2%の物価安定目標について「実現を見通せる状況には至っていない」とし、判断の重要な要素となる賃金上昇について、「来年以降も高めの賃上げを実施するか判断を留保している企業も多く、賃金設定行動がどの程度、持続性を持って変化しているのか見極める必要もある」と述べていた。

金利操作の再修正はあるのか

物価高が続くなか、実質賃金は17カ月連続のマイナスで、2人以上の世帯が消費に使った金額も6カ月続けて減少している。連合は2024年の春闘で「5%以上の賃上げ」を要求する方針を掲げたが、賃上げ機運が高まっていくかは不透明だ。金利の行き過ぎた上昇は、景気を冷やすリスクもある。

金融緩和策の運用を今のまま続けるのか、さらなる柔軟化に向けて動くのか。長期金利の事実上の上限キャップは1%を維持するのか、1%を超える金利上昇を容認するのか。

スタートから半年が経過し、5回目の決定会合を開く植田日銀は、物価と賃金の好循環に向けた動向を見極め、金利操作などをめぐる政策運営についての判断を慎重に行うことになる。

(執筆:フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員