宮城・雄勝町。東日本大震災で町の8割が壊滅した小さな漁村町で、子どもの未来を豊かにする「唯一無二の体験学習」ができるという場所がある。海岸から歩いて10分ほど上った小高い森の中にある、築約100年の廃校舎は、過疎が進む地域の魅力を高める希望にもなっていた。

廃校を再生した「暮らす学び舎」

この廃校舎は8年前、子どもの体験施設「モリウミアス」として生まれ変わり、農業、漁業、林業、食育、ものづくりなど多種多様なプログラムを展開している。

年々人気が高まっていて、全国各地、ときには海外から、小中学生を中心とした親子が繰り返し訪れることで、過疎化が進んでいた町に“変化”が起きつつある。

築100年の廃校を使用した校舎を改装して誕生したモリウミアス
築100年の廃校を使用した校舎を改装して誕生したモリウミアス
この記事の画像(7枚)

敷地内にはニワトリが放し飼いになっていて、毎朝えさをやるときに産みたての卵を見つける。どうしても卵をとりたい子どもが、「何時になったらニワトリ小屋に行っていいの?」と聞くと「何時でもいいんだよ。起きたらいきなよ」と言われる。

「いいの!?」と目を輝かせたその子は、興奮で早く目覚めたのだろう、まだ薄暗い明け方に一人、パジャマ姿のまま、ニワトリ小屋でうみたての卵を手のひらにそっとつつみ、満面の笑みで布団に戻っていく。

ここには「やってはいけないこと」がない。

子どもに委ねる

「廊下走っていいの?」と小さな声でこっそり聞いてきた子に、スタッフは「いいよ、誰もそんなのダメって言わないよ」と答える。「水おかわりしていい?」「いいよ。聞かなくていいよ」。許可を求めることに慣れているからか、「ほんとに?ほんとにいいの?」と何度も確認する子もいるという。

いつも忙しい現代の子どもたち。急にゆっくりした時間の流れに放り込まれ、とまどい、指示を求める子もいるという。

「何すればいい?」「なんでもいいよ」「好きなことをしていいんだよ」そう言われて、さらに戸惑ったまま、少しずつ、まわりの子たちがやっていることをまねしてみたり、教えてもらった作業を繰り返しながら、自分のお気に入りの過ごし方や居場所を探していく。

ニワトリのえさやりと卵探しは朝晩の日課
ニワトリのえさやりと卵探しは朝晩の日課

自然の中で「共同生活」を成り立たせるため、掃除や食事の用意など、やらなければいけないことはあるが、それをどう分担し、どう進めるかは、子どもたちに委ねられている。

料理もお風呂も子どもだけで

食事作りも、ご飯を炊くための「かまど」に火を起こすところから始まる。ご飯が炊けるのに3時間以上かかることもあるという。大人がちょっと火加減を調整すれば、もっと早く、おいしいご飯が炊ける。しかし、ここでの目的は、おいしいごはんが炊けるようになることではない。子どもたちだけで試行錯誤し、チャレンジすることを何よりも優先している。失敗して焦がしてしまったり、時間がかかっておなかがすいたりした思い出は、絶対に忘れないし、悔しい気持ちから、「次回はこうしてみよう」、と考えるかもしれない。それが何にも勝る、成長の糧となる。

風呂は薪でお湯をわかす露天風呂。もちろん薪を割るのも、火を起こしてお湯をわかすのも、子どもたちだ。

薪を割って火を起こし、大きなかまどでご飯を炊く
薪を割って火を起こし、大きなかまどでご飯を炊く

寝る場所は男女に分かれた大部屋で、二段ベッドがずらっと並んでいる。枕投げをするために用意されたとしか思えないつくりで、当然、毎晩合戦が繰り広げられる。

寝る前に「自分のふとんにシーツを敷いてね」といっても、大興奮で枕投げを続けてしまい、なかなか進まないので、今では到着してまだ慣れていないタイミングで、最初の作業としてシーツを敷いてもらうことにしたという。

二段ベッドがずらりと並ぶ合宿部屋。自分の好きな寝床を選ぶ
二段ベッドがずらりと並ぶ合宿部屋。自分の好きな寝床を選ぶ

子どもたちが枕投げしたい気持ちをストップするでもなく、やるべきことを急かすでもなく、ただ、結果が成立するように仕組みを工夫する。これが、モリウミアスにいる大人の役割に見える。

衝突や葛藤から学び、子ども同士で解決しながら関係性を高める

モリウミアスを生み出した油井元太郎氏は、子どもたちが様々な仕事を体験し、楽しみながら社会のしくみを学ぶことができる「キッザニア」の立ち上げメンバーだ。震災後、縁あって宮城に炊き出しボランティアに通った。その時、豊かな自然に恵まれ、名産の硯石の切り出しや漁師の仕事などが暮らしに根付いている雄勝町に魅せられた。この地にある学びを子どもに伝えたいと思ったという。

モリウミアス代表 油井元太郎氏:
今の子どもたちは機会にめぐまれていないなと感じます。子どもを子ども扱いしすぎている。やらせればできることがたくさんあるのに…。

油井氏は、現代の子どもたちの自然との分断や、コミュニティの欠落に危機感を募らせる。

自身が手がけたキッザニアが大ヒットしたことにも、ときに複雑な思いがあるという。本来、すべての職業はすぐそばにあって、職業体験は、まさに雄勝の暮らしのように、身近にあったはずなのに、現代では社会と子どもがなかなか交わらず、子どもが大人の仕事にふれにくい世の中になっていることに悲しさをにじませる。

しつけの場所ではない

参加者の中には人間関係が苦手な子もいる。協調性がない子や言葉遣いが暴力的な子。だからといって大人が言葉遣いや態度を注意するのではなく、子どもたち全員に「どうしようか」と促す。

モリウミアス代表 油井元太郎氏:
うまくいかなくてもいいんです。けんかをするならそれでいい。たくさんの個性が集まる中で、どう過ごすかも一つのチャレンジ。けがをする危険性や、深刻ないじめに発展しそうな状況なら介入するけど、危険に達する前のチャレンジならどんどんしたほうがいいと思っています。ほかの子に合わせようとするのか、気づかないのか、気づいてもあえてつっぱしるのか。つっぱしるならそれでいい。それも多様性と受け止めるんです。

ここは、しつけをする場所ではない。

大人はいるし、使える選択肢ではあるけど、すべては子どもたちの意識の中で決まっていく。

大人は子どもに寄り添うだけ

モリウミアスのプログラムは1~2泊の短期滞在から、子どもだけの1週間滞在、そして1年単位の長期留学があるが、短期滞在は、保護者も敷地内の施設に宿泊して、遠巻きに子どもたちの様子を眺めることができる。

夜になると、親同士、モリウミアスで作られたワインを嗜みながら、自分たちの半生や子どもたちとの生活などについて交流する。

一番のハイライトは、子どもと一緒に生活しているスタッフが、「きょうの子どもたちの言葉」を共有しにきてくれる時間だ。

子どもたちが発した言葉を、その場面とともに教えてくれる。そして一日の「振り返り」の中で「きょう印象に残っていること」「心が動いた瞬間」「チャレンジしたこと」という問いに対する我が子の答えを教えてくれる。

「アツシは、きょう魚釣りに行ったことが印象に残っているといっていました。チャレンジしたことは?と聞いたら、『釣り。なかなかつれなかったけど、最後に大きな魚が釣れた。あきらめなくて良かった』といっていました。魚は10センチ足らずで、きょう唯一、食べられる魚です」

護岸釣り。地元の漁師とともに船で漁に出ることもある。
護岸釣り。地元の漁師とともに船で漁に出ることもある。

「リッチャンは、釣りをしているときに、トイレにいって、そのまま釣りに戻ってこなかったんですが、きょう印象に残っていることを聞いたら、『釣りのときに、途中で戻った。あきらめちゃった』と言っていました」

あきらめなかった。あきらめちゃった。

そのどちらもあまりにまっすぐな本心で、その言葉の裏に、どれだけの想いや葛藤があったのだろうと想像する親たちの目には、涙が浮かぶ。

どちらを良いとも悪いともせず、ただそこに寄り添ってくれる大人がいるから、子どもたちも自分の頭でたっぷり時間をかけて考え、恐れず一歩を踏み出したり、前向きな気持ちのまま一歩後ろに下がったり、することができるのだろう。

参加者の中に、薪割りに燃えている中学生がいた。どうしてもやっつけたい大きな丸太があった。自分の腰回りほどもある、太い丸太だ。

スタッフも夜の「報告」のとき、親たちにそのことを教えてくれた。

「きょう挑戦したこと、薪割り。心に残っていること、薪割り。何度やっても割れない。アドバイスをもらいながら、角度をさまざま変えながら向き合い続けているけど、まだ割れていません。なんとか、帰るまでには割りたいなあと言っていました。」

モリウミアスの巻き割り場
モリウミアスの巻き割り場

滞在最終日の朝、その巨大丸太と向き合う中学生を、スタッフや親たちが少し離れた場所から、さりげなく見守る。どの親たちも、我が子のように気になって仕方がない。汗が噴き出る細い身体を使い、何度も何度も斧を振り上げ、振り下ろし、すこしずつ、すこしずつ、割目を重ね、ついに丸太がパカッと割れた瞬間、大歓声と拍手が起きた。ずっと隣で見てきた子どもたちからも、見守ったスタッフからも、お父さんお母さんからも、そしてほかの保護者たちからも。中学生はそこではじめて、ハッと、見られていたことに気づき、照れた笑顔で、小さくガッツポーズをしてみせた。

【後編】教育からまちづくりへ 体験施設モリウミアスと被災地雄勝町との共生 へ続く

仁尾かなえ
仁尾かなえ

フジテレビ報道局所属。仙台市出身。東京大学文学部卒。
2009年入社、社会部・警視庁、警察庁担当、「スーパーニュース」ディレクターを経て、現在は3人の子どもを育てながら業務部門で時短勤務中。