中学受験がますます白熱する中、「受験を目指さない」「勉強させない」のにも関わらず絶大な人気を集める学習塾がある。
予約開始と共に満席も…教育熱心な親にも人気の「勉強させない」塾
東京・三鷹市の「探究学舎」。
主に小中学生を対象に、「宇宙」「戦国武将」「音楽」「星空」など、オリジナルの“探究”プログラムを提供している。
新型コロナの蔓延を機に、オンラインに切り替え、3000人の子どもたちに授業を届けている。長期休みなどのタイミングで校舎での授業も行っていて、人気の授業は、数十人の枠が予約開始とともに満席になる。
何がそんなに子どもたちをとりこにするのか。そして「受験させない」「勉強させない」塾に、なぜ教育熱心な親たちが、こぞって子どもを通わせるのか。
大きなスクリーンとプロジェクターがある教室に、6つほど置かれた正六角形のテーブル。ここに6人の、学年がバラバラな小学生たちが座る。「塾」ときいて想像される、先生が黒板の前で授業をし、生徒たちが前を向いて熱心に書き取る、そんな光景はここには存在しない。
この記事の画像(6枚)終始、騒々しい。先生も生徒も。
「太陽ってどんくらい大きいと思う!?」と問いかける先生は、野球帽に、短パン、サンダル姿だ。
「これくらい!」と大きく手を広げる子。
「これくらいーーーー!」と教室を端から端まで走りまわる子。
「走るな」「静かに」そんな言葉はこの教室では聞こえてこない。
低学年の子どもたちの不規則発言も、面白くふくらませたり、ときには上手に流したりしながら、教師と生徒の「対話」の中で授業が進められる。
「よし、実際に見てみよう」そういって配られたのは、地球の柄のビー玉だ。
「これ、地球の大きさだとするだろ?太陽は、これくらい。見てて!」とおもむろに先生たちが、オレンジ色の「何か」を運んできて、業務用ポンプで空気をいれ始める。膨らみはじめたオレンジ色の「何か」はどうやら超巨大ゴム風船のようだ。
「きゃーー」「わーー」予想以上に膨らんでいく風船を前に、絶叫する生徒たち。
まだ膨らむ、まだ膨らむ・・・ついに天井をさわりそうなくらいになって、風船の膨張は止められた。興奮した生徒たちはぐるぐる走り回り、わめきながら、自分の指の間にしっかりはさんだ地球のビー玉と、風船太陽の大きさを比べている。何度も、いつまでも、比べている。
自分たちが住んでいる家、そこから見たまち、日本、地球、そして太陽、さらには宇宙、と、その果てしない世界の広がりを、皆で一緒に体験し、驚き、感動する。この子たちはきっと生涯、「地球と太陽の大きさの比率」の感覚を忘れないだろう。
子どもの目がキラキラ輝く 「驚きと感動の種をまく」
2日間連続で、10~17時と、低学年の小学生にとってはかなりの長丁場で、「アリストテレス」「ケプラー」など、難しい単語が頻発する。しかし皆、終始わくわくしていた。
2日間の「宇宙」講座を受けた1年生の男児は、迎えにきた両親より宇宙について詳しくなっていて、ガリレオがつくった天体望遠鏡についてそのすごさと、足りなさを熱心に説明。
教室から帰る小学生たちは、皆目を輝かせて、親たちに宇宙の神秘を解説していた。
自分の子どものキラキラ輝く目を見て、保護者も探究学舎のファンになってしまうのだろう。
教室のキャッチコピーは「驚きと感動の種をまく」。
知識を教え込むのではなく、各テーマを通じて一緒に驚いたり、感動したり、憤ったり、葛藤したりする。そういった心を動かすプロセスを大切にし、この世の中に興味をもってほしいという思いからだ。
子どもたちへの「問い」を最重要とし、答えた子どもたちをほめ、皆で拍手を送るだけでなく、間違った答えや、わざとふざけた答えも、面白く反応して笑いにかえる。そうすることで、「ここは間違ってもいい場所」「変な答えも先生が面白くしてくれる。思ったこと、考えたことはなんでも言っていい」という雰囲気がつくられるという。
問いをたて、対話していく体験を通して、もっと知りたくなる、もっと自分たちからページをめくりたくなる。
塾スタート時 生徒は1人だったが…「探求的な学び」重視しつつある日本
探究学舎を設立した宝槻泰伸(ほうつき・やすのぶ)さんは、一番人気の看板講師でもあり、5児のパパでもある。自身は京都大学を卒業しているが、学歴が人生を幸せや成功に導く条件だったとは思えない、と言い切る。
探究学舎を設立した 宝槻泰伸さん:
小さいころは我慢して勉強する、その我慢を続ければ、いい大学、いい会社に入り、安泰の人生を送ることができるといった、いわゆる“昭和モデル”が通用しなくなった今、学歴よりも、情熱や挑戦を楽しむ心を育むことが、教育の本質だと考える保護者が増えている。
中でも高学歴な保護者ほど、過去の学歴が未来を保証しない、と実感している人が多い気がする。挑戦するという喜びを体現できる大人になってほしい、と願う保護者が探究学舎に共感してくれる
忍耐力を持って実直に取り組み、言われたことを適切にこなす人材が長らく求められた日本も、ようやく、それでは今後の経済は成り立たない、と見直され、探究的な学びが重視されるようになってきたという。
全国の高校でも、2022年度から新たに「総合的な探究の時間」を導入し、社会で求められる「生きる力」の育成を目指している。
探究学舎がスタートしたのは、今から10年前。たった一人の生徒に、食料品店のフードコートで授業をしたのがはじまりだった。
それがこの10年で、3000人以上の生徒を抱えるまでに発展。時代の流れとともに、ニーズがどんどん高まってきたことがわかる。
受け取った“火種”が子どもたちの日常生活に変化をもたらす
探究学舎を設立した 宝槻泰伸さん:
長年続いてきた日本の教育制度は、すぐには変わらない。でも、教育というサービスを受ける顧客、つまり国民側の要求が、決定要因になっていく。
楽しくなくても、結果を求める、学歴を求める、というのであれば、これまで通り「合格させるので、言うとおりにやってください」という教育になる。それに対して、結果はどうなるかわからないけど、プロセスとしてのやりがいや楽しさを大事にする、そういうニーズが増えてきている
たしかに、「太陽はすっごく大きい!」という感動を書いても難関中学には受からないだろう。しかし教室で受け取った感動の火種は、子どもたちの日常生活を変えていく。
小学2年の男児は、教室からの帰り道、夕焼けを見て「レイリー散乱だ!レイリー卿がね、光は波でね、でも粒でね・・・」と語り出した。毎日見ていた夕日が、彼の中で壮大な物理学のドラマとつながっていた。
本来こどもは、好奇心が旺盛。どんな学問にも、「正しく出会うことができたら」、興味をもち、どんどん自分から学んでいくという。だからこそ探究学舎は、科学、数学、語学、物理、音楽、アート・・・あらゆる学問の“入門編の達人”として、学ぶ楽しさを教えている。
宝槻さんは、仕事にもっともやりがいを感じる瞬間が二つあるという。
一つは、授業の中で子どもたちの驚きと歓声に包まれたとき。
そしてもう一つは、授業の準備をするプロセスの中で「これはみんな驚くよね~喜ぶよね~」という感動を見つけたときだという。
「世の中ってこんなに面白いんだ」という感動を、子どもたちに届けたい、そんな熱い思いが、たくさんの若き才能に点火している。
(フジテレビ報道局 仁尾かなえ)