生徒が教室で銃を構える…ロシアの学校では、日本の保護者が“卒倒”しそうな授業が約30年ぶりに復活した。

写真説明=教室で小銃を構えるロシアの高校生。小銃の分解・組み立てを学び、友だちを敵に見立て、銃口を向ける(2023年、ロシア反体制メディアより)
写真説明=教室で小銃を構えるロシアの高校生。小銃の分解・組み立てを学び、友だちを敵に見立て、銃口を向ける(2023年、ロシア反体制メディアより)
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プーチン政権が「愛国主義政策」を深化させ、ウクライナへの軍事侵攻の長期化に伴う支持率の低下を避けるべく、その手法を先鋭化した。これまで民間企業に任せていた歴史教科書を初めて国が編さん。「欧米開発のSNSの情報はフェイク」と教え始めた。

「子どもたちは、プーチン政権の歴史解釈に沿った特定の思想を植え付けるプロパガンダ教育にまみれている」(日本の専門家)

ロシア国内で反対の声を上げる人はごくわずか。全体主義が広がる「ロシアの学び舎」の “いま”を追った。

テロリスト愛用 “世界で最も人を殺した小銃”「カラシニコフ」 授業がトリセツ 実射も

写真説明=ロシア人が開発した自動小銃「カラシニコフ」。ロシアの子どもたちの授業に導入されている(軍事産業も扱うロシア国営企業ロステックHPより)
写真説明=ロシア人が開発した自動小銃「カラシニコフ」。ロシアの子どもたちの授業に導入されている(軍事産業も扱うロシア国営企業ロステックHPより)

新学期開始から1か月たった10月。ウクライナと国境を接する南西部ボロネジ州で行われた初等軍事訓練の動画をロシア国営メディアがインターネット上に公開した。

画面の中で確認できた生徒は男女11人。全員普段着だった。

「軍事教練の対象は10、11年生(日本の高校1、2年生)。彼らは軍事訓練場での射撃も許可されている」

校長は、実射の授業があることも明かした。

ロシアの公立学校は“4・5・2制”。日本のように“小・中・高”と分けず、1〜11年生が同じ敷地内で過ごす学校が多い。

「年長者とコミュニケーションをとることで新しい知識を得られる」

2023年9月1日、近代的なスポーツ複合施設を備えた新たな学校の開校式に出席したプーチン大統領は子どもたちに語りかけ、自国の制度を誇った。

動画を進めると、生徒たちは障害物に見立てた校庭の遊具を駆け抜け、ほふくで銃を構える。模擬の手りゅう弾を的に向かって投げるシーンも収められていた。

「最も興味深い授業の一つ。教室の普通の授業よりも、ずっと面白い」

参加した女子生徒は、こともなげにカメラに答えていた。

教室では小銃の分解や組み立ても学ぶ。使われるのは自動小銃「カラシニコフ」だ。旧ソ連の銃器設計者、ミハイル・カラシニコフ氏が1947年に開発したロングセラー。製造元のロシア国営企業は「片手でも扱えるほど軽い。砂や水に浸かっても、凍っても発砲できる」と宣伝する。

1丁あたり数万円から十数万円と低価格で、世界中のテロリストも愛用する。世界に1億丁以上あるとされ「人類史上、最も多くの人を殺した武器」との異名もとる。

ロシア反体制メディアによると、政府は小銃などをそろえるため3億6000万円を予算計上。コンピューターサイエンスの設備費の8倍に上る。

ロシアの10年生と11年生は今後、年間35時間の初等軍事訓練を受ける。

「自分が武器を使うことは想像できないし、使いたくない。こんな授業は意味がない」

インタビューに応じたモスクワの男子生徒(16)は本音を漏らした。

母親語る価値観「男らしくなるため必要」ソ連時代同じ教育で拒否反応なし

写真説明=ロシア政府系世論調査の結果。78%が子どもたちの軍事訓練の復活に賛成だ
写真説明=ロシア政府系世論調査の結果。78%が子どもたちの軍事訓練の復活に賛成だ

学校での軍事訓練は旧ソ連時代にもあった。

「1939年から初等訓練(5〜7年生)と徴兵前訓練(8〜10年生)を導入。男子は射撃や戦術、女子は救急を学んだ」(ロシアメディア)

ソ連崩壊が近づいた1990年に廃止された。

訓練復活をどう捉えているのか。40代の母親2人に聞くと、「ソ連時代に私たちも学んだ」と口をそろえた。

1人は「銃の扱い方は知っておいた方がいい」と賛成し、もう1人も「男らしくなるために必要だ。家族を守る方法の一つだから」と同調した。2人とも息子が2人いて、ルーツはウクライナ。それでも自身の経験から軍事訓練の復活に抵抗感はない。

ロシア政府系の世論調査(2023年8月)でも78%が学校での軍事訓練復活に賛成だ。政権の影響下にある調査のため、一概に判断はできないが、抵抗感のない国民が一定数いることが透けてみえる。

ロシアの愛国主義政策に詳しい東大先端科学技術研究センターの西山美久特任助教は「祖国防衛という国民の琴線に触れる文言でオブラートに包み、拒否反応が出ないようにしている」とプーチン政権のしたたかさを指摘した。

欧米批判の新授業スタート 「米発SNSはフェイクまん延」と指導

写真説明=新授業「大切な話」で使われたスライドの一部。欧米開発のSNSの情報には“ロシアを陥れるフェイクがまん延している”とのイメージを植え付ける内容になっている
写真説明=新授業「大切な話」で使われたスライドの一部。欧米開発のSNSの情報には“ロシアを陥れるフェイクがまん延している”とのイメージを植え付ける内容になっている

「毎週月曜日の1時間目に新しい授業が増えた。第2次世界大戦やウクライナ戦争、ロシアの祝日の意味を教わっている」

モスクワの学校に通う10年生の男子生徒が取材に応じた。侵攻直後の2022年3月に始まった授業は、その名も「大切な話」。1コマ45分のうち、前半はその日のテーマに沿った動画を見て、後半は教員が生徒に語りかける。

国営メディアも授業を詳報する。2022年3月、モスクワ郊外の学校では「歴史の真実」と書かれたスライドが映し出された。

教員はウクライナ東部の幼稚園の被害例を紹介。アメリカのSNSや動画投稿サイトを見せながら、「ロシアがウクライナのせいにしたと拡散されている。偽データを事実とし、市民を誤解させている」とアメリカ側がフェイクニュースに満ちているとまとめた。

「欧米の情報には、ロシアを陥れるフェイクがまん延しているとのイメージを植え付けている。軍事侵攻を正当化するプーチン大統領の言い回しを凝縮して伝え、外からの情報に惑わされないようにしている」(西山特任助教)

生徒の受け止めは様々だ。モスクワに住む女子生徒(16)は「先生は授業でウクライナをナチスと言い、それを私たちに強要した。なぜ学校で戦争の話をし、私たちとウクライナを敵対させなければならないのか」と疑問を抱き、この授業だけ休みがちになったという。

初めて国が歴史教科書編さん “特別軍事作戦”の大義ひも解く「うそと悪の塊」

写真説明=新しいロシアの歴史教科書。最終章では最多28ページで「特別軍事作戦」を正当化した。ウクライナで戦死した兵士の顔写真を英雄として掲載している
写真説明=新しいロシアの歴史教科書。最終章では最多28ページで「特別軍事作戦」を正当化した。ウクライナで戦死した兵士の顔写真を英雄として掲載している

2023年8月、プーチン政権は新しい「ロシア史」と「世界史」の教科書を発表した。民間任せだった編さんを、国が手がける初の試みだった。

「ドンバス(ウクライナ東部など)に住むロシア系住民をテロリストと呼び、反テロ作戦を始めたネオナチのウクライナから、ロシア系住民とロシアを守るためだった」

ロシア史の教科書では、ロシアが称する“特別軍事作戦”の大義をひも解いている。

写真説明=YouTube生配信で、ロシアの新しい歴史教科書を「うそと悪の塊」と批判するエイデルマンさん。生配信後の再生回数は100万回に迫る(2023年8月、@TamaraEidelmanHistory)
写真説明=YouTube生配信で、ロシアの新しい歴史教科書を「うそと悪の塊」と批判するエイデルマンさん。生配信後の再生回数は100万回に迫る(2023年8月、@TamaraEidelmanHistory)

声高に政権を批判する人もいるが、祖国を追われることになる。

「この教科書は、うそと悪の塊だ。悪名高い特別軍事作戦を賞賛しているのは明らか。子どもたちにウクライナへの憎しみを植え付けている」

ロシアで35年間教壇に立った元教員、タマラ・エイデルマンさん(63)は、YouTubeで約3時間にわたり生配信し、新教科書を批判した。再生回数は、100万回に迫る。

温厚な指導ぶりで、2003年に国家表彰「ロシア名誉教師」の称号も授与されたエイデルマンさん。リベラルな主張が政府の言論統制の網にかかり、2022年にウクライナから資金提供を受けているとスパイ扱いされ、事実上、祖国に戻れなくなっている。

きっかけは動員パニック…国外脱出増加 一時支持率8割下回り「愛国主義政策」に拍車

グラフ=ウクライナ侵攻後のプーチン大統領の支持率の推移。部分的動員の発令で8割を切るも、2022年末からは8割台を回復し維持している(反政権側の世論調査機関=レバダ・センター調べ)
グラフ=ウクライナ侵攻後のプーチン大統領の支持率の推移。部分的動員の発令で8割を切るも、2022年末からは8割台を回復し維持している(反政権側の世論調査機関=レバダ・センター調べ)

プーチン大統領が部分的動員を導入した2022年9月、ロシア人男性の国外脱出が加速。26万人以上が祖国を離れた動員パニックで、支持率は軍事侵攻後初めて8割を切った。そこから「愛国主義政策」に拍車がかかる。

「子どもの無意識を利用し、プーチン政権の思想を教え込んでいる」(西山特任助教)

ただ、政権の思惑とは裏腹に、親の世代にも不信感は芽生えている。

「親に何も説明がないまま、無理やり始めた。私たちの声にも耳を貸さない。国民の愛国心を利用したプロパガンダ教育だ」

長男が6年生の40代女性は、ため息をついた。

ロシアの現状は、日本の学校で教えられる「戦時中の日本の教育」と酷似している。後世のロシアの教科書は“いま”をどう描くのだろうか。

北海道文化放送
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