首相のツルの一声

岸田文雄首相はどうやら所得税減税をするらしい。

岸田氏は20日、与党の政調会長と税制調査会長に期限付きの所得減税を検討するよう指示した。一律で税額を差し引く定額減税などを年間数兆円の規模で数年間行うことになるようだ。来月まとめられる経済対策に盛り込まれることになる。

自民・萩生田政調会長から経済対策に関する提言書を受け取る岸田首相(17日)
自民・萩生田政調会長から経済対策に関する提言書を受け取る岸田首相(17日)
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奇妙なのは与党両党が17日に政府に出した経済対策の提言には所得減税が盛り込まれていなかったことだ。だがその夜のぶら下がりで所得減税を実施する考えがあるか聞かれた首相は「大胆な取り組みに踏み込みたい」と述べ意欲を示した。

一体どうなっているのか。

先月26日、岸田氏は「物価高に苦しむ国民に、成長の成果である税収増を還元する」と明言した。これを受けて自民党からは、すでに挙げられていた法人税減税だけでなく、所得減税、さらに消費税減税まで求める声が出て、「減税解散」の期待も高まった。

与党の提言に所得減税が盛り込まれなかったのは、賃上げ減税や低所得家庭への給付の方が効果があるという政府与党の共通認識があり、官邸からも「所得減税は入れるな」という指示があったとも聞く。

だが首相の「ツルの一声」で所得減税は復活した。

「偽減税」と「増税メガネ」

ただ防衛費増額のために法人税、たばこ税とともに所得税も増税することを政府はすでに決めている。つまり減税か増税か一体どっちなんだという話になり、野党やメディアはここを攻めるだろう。

日本維新の会は10兆円規模の経済対策をまとめた(18日)
日本維新の会は10兆円規模の経済対策をまとめた(18日)

また岸田政権は少子化対策のために社会保険料の値上げを考えているのだが、日本維新の会は18日に発表した経済対策で保険料について、低所得者は半減、それ以外の人は3割減とするなかなか強烈な案を出した。

保険料の軽減の方が減税より時間もかからないし、給料明細などを見れば自分がいくら恩恵を受けるか一目でわかる。維新は臨時国会ではこれ一本でガンガン攻めてくるのではないか。

さらに消費税については、維新に国民民主党、共産党、さらに自民の若手までもが減税を求めている。

臨時国会は社会保険料を含めた「減税国会」となるだろう。減税をアピールする岸田首相に対し、野党側は「どうせ後から増税するんだろ」と批判し、「偽減税」さらに「増税メガネ」と攻め立てるのは今から目に見えるようだ。

直近の内閣支持率は、FNN・産経新聞が9月から3ポイント下落して36%となり、2年前の政権発足以来、過去最低となった。

FNN世論調査より(10月14・15日実施)
FNN世論調査より(10月14・15日実施)

だが36%はまだいい方で、読売が34%、共同も32%と過去最低、さらに朝日は29%、毎日は25%で、政権維持の「危険水域」と言われる20%台に入っている。さらに下がると年内解散どころか政権維持も困難になってしまう。

岸田氏は真面目な人なので防衛力強化や少子化対策のためには増税や社会保険料の値上げなど国民が嫌がることも決めてきた。だが「増税メガネ」などと批判されると真面目だからなのか、すぐに「減税します」と言ってしまう。このフラフラしているところが国民の信頼を得られない理由ではないのか。

立憲民主党の案が意外に良い

ところで野党の経済対策の中で「あれっ?」と思ったのが立憲民主党の案だ。与野党とも求めている「減税」には触れず、中間層世帯への3万円のインフレ手当、所得制限なしの1万5千円の児童手当、さらに奨学金の無利子化など「給付」が中心になっている。

緊急経済対策を発表した立憲・泉代表(18日)
緊急経済対策を発表した立憲・泉代表(18日)

これが実は「意外」と言っては大変失礼だが悪くない。時限的な所得減税は以前にも行われたが、効果はあまりなく混乱しただけだったと言われている。社会保険料の軽減や消費減税も、やるのはいいが元に戻すのが大変だ。弱い首相だと戻せない。

所得減税はこれから年末にかけて税調で決定し、来年度予算案に盛り込まれる。予算が成立するのは3月末で、実際の減税は6月頃になる。そんな時間がかかることをやるよりは、同じお金を使うなら、立憲の言う給付策の方がマシな気もする。これだと時限的な減税と違って後からもめないからだ。

岸田氏は減税を打ち出し、支持率が上がれば「減税解散」したいのだろう。だが現実には「減税国会」で野党からボコボコにされて、メディアからもいじめられると、解散などとてもできないかもしれない。
【執筆:フジテレビ上席解説委員 平井文夫】

平井文夫
平井文夫

言わねばならぬことを言う。神は細部に宿る。
フジテレビ報道局上席解説委員。1959年長崎市生まれ。82年フジテレビ入社。ワシントン特派員、編集長、政治部長、専任局長、「新報道2001」キャスター等を経て現職。