パリファッションウィークやミラノサローネと聞けば、何となくイメージがつく人も多いかもしれない。

パリデザインウィークと言ったら?意外とその実態を知る人は少ない。しかし、世界ではこれからのデザインの潮流を動かす、新たな発信拠点として大きな注目を集めている。

2023年のパリデザインウィークに日本から出展参加した、株式会社invisiの松尾謙二郎氏、パリのデザイン雑誌『GOOD MOODS』を手掛けるThibault Carbonnel(チボー・カルボネル)氏、パリ在住でフリージャーナリストとして活躍するAko氏に話を聞いた。

パリデザインウィークとは何か

デザインの世界で著名な都市はミラノである。ミラノサローネの名称は日本人でも知っている人は多い。ミラノサローネは日本での通称であり、正式名称はミラノ国際家具見本市だ。

昔から家具職人や建築の街として名高いイタリアでは、1961年からミラノサローネが開催され、世界最大の家具展示会として名を馳せている。

ミラノサローネでは著名なデザイン会社が競って出品する。デザインの最新トレンドは紹介しつつも、あくまで伝統と歴史を持つ会社が発信の中心となってトレンドを生み出している。

一方のパリデザインウィークの歴史は比較的短く、2011年からの試みだ。

ここでは逆に、革新性が展示会の主なテーマになっている。出展規定がミラノに比べれば少なくハードルが低いため、デザイン、アートシーンから様々なアイデアが持ち寄られ実験的な商品が並ぶ。

素晴らしく先鋭的で優れたものもあれば、そうでないものもあり、世界中の目利きがまだ見ぬデザインの新しいうねり、まだ発見されていない金脈を見つけようと目を凝らしている。

その展示の規模は巨大でありながら、実は来場者数は公表されていない。それというのも、正確な数を計りようがないからである。

デザインウィークではマレ地区、オペラ地区、ヴォージュ広場などその地区全体が出展会場になっていて、主だった場所にはオフィシャルな出展作品が並び、その近くにはアンオフィシャルな出展作品がそこかしらに顔を出す。

オフィシャルの出展には厳しい選考が入り、セレクトされた企業と作品のみが展示権を獲得できるが、街の至るところに広がっているアンオフィシャルな出展に関しては、出品料を支払えば誰でも作品を出すことができる。

入場チケットもないので多数の人が自由に行き交うパリデザインウィークでは、この期間あらゆる人にデザインの楽しみを解放した。

昼は世界からビジネス目的でバイヤーが押し寄せ、さらに人だかりに引き寄せられた観光客が集まる。夕方から夜には仕事終わりの地元で働く人がふらりと訪れる。

デザインを生業にしている人も、全く関係のない人も、国内の人間も国外の人間もみな期待に胸を膨らませながらこの都市に集結する。

今年の目玉作品は?

今年の目玉作品について、2015年に創刊されたパリの雑誌『GOODMOODS』を手掛けるThibault Carbonnel氏が解説。

GOODMOODSはジャーナリスト、スタイリスト、インフルエンサーなどの専門家で構成されており、現代のスタイルとデザインを提案している。

『Love Affair』で提案された寝室(CREDIT PHOTO Stephan Juillard)
『Love Affair』で提案された寝室(CREDIT PHOTO Stephan Juillard)
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「インテリアや住まいのデザインはどんな人でも身近であることから、注目度が高いですね。私が気になった作品はPierre Gonalons氏のインテリアです。今回、Pierre Gonalons氏はパリに18世紀スタイルの小さなアパートメントを出現させました」

『Love Affair』の室内(CREDIT PHOTO Stephan Juillard)
『Love Affair』の室内(CREDIT PHOTO Stephan Juillard)

「展示のタイトルは 『Love Affair』。様々な装飾スタイルを駆使して、理想的な家を演出していました。

一つ一つの装飾は過去にパターンとして確立されたものですが、今回の展示ではとても現代的です。これからのモダンな生活スタイルの理想系として、注目を集めています」

『FEU!』展示場の入り口
『FEU!』展示場の入り口

「日本では喫煙率は年々低くなっていると聞きましたが、フランスではまだまだタバコを吸う人がいます。ミート・メット・メット・コレクティブは、初の展覧会『FEU!』を開催しました」

HEIMVILADRICH
HEIMVILADRICH

「新世代のデザイナー20名が新しい灰皿の形を提案しました。みんなが使うものだからこそ、デザインの力でアップグレードしようという試みです。ユーモア溢れるデザインはフランスならではですね」

SHO OTA
SHO OTA

「Laura Gonzalez氏は、ギャラリーの装飾を一新し、ダイニングルームに精神分析医のオフィスに似せたスペースを公開しています。

ファンタジーに溢れた空間ながらセンスの行き届いた調度品で、細部に渡るまで私たちの目を楽しませてくれます。彼女のinstagramにムービーが載せられているので、ぜひ動画で見てみてください!」

CREDIT PHOTO CLÉMENT CADOT
CREDIT PHOTO CLÉMENT CADOT

「私たちGOODMOODSは展示会『(RÉ)CRÉATION』を開催しました。今年は、パリを国際的に注目させることに貢献したデザイナーを表彰する取り組みを始めて、30周年に当たります」

CREDIT PHOTO CLÉMENT CADOT
CREDIT PHOTO CLÉMENT CADOT

「私たちはパリ市と提携し、グランプリで表彰されたデザイナーの作品から30点の作品を展示しました。楽観的で明るい配色と、様々な優美なラインで構成されたこれらの作品はデザイナーの並々ならぬ創造力を示しています」

今年の傾向は?

「2023年は世界的にコロナに対する行動制限が解かれた年でもあります。この2年ほどはパリデザインウィークの開催が控えられていたので、この数年を総称したテーマを模索していました。私たちは(Re)creationというテーマで今年を称したいと思います。

パリのクリエイティブシーンは過去の厳格で既視感のあるデザインを超越しています。私たちの生活の一部である余暇は、生きていることの喜びであり、力を得る源泉です。余暇の時間を再び創造の力で生み出す。そんなデザインを集めました」

「展示者たちは互いにテーマを伝えたり、相談し合うことはしません。ですが、いくつか傾向はあったと思います。コロナが一定の収束を迎えつつあるとはいえ、世界は不安に苛まれています。

戦争、経済危機、貧困、格差、差別、AIの進出など、私たちは不安定な状況に置かれています。デザインはその中でどんな役割を担うことができるのかが問われているでしょう。

デザインで感情を伝えること。細部は先鋭化しながら、人が惹きつけられる根元的な美しさとは何かをそれぞれ追求しています」

会場では2024年のパリオリンピックの聖杯をデザインしたMathieu Lehanneur氏のファクトリーも公開。

注目のアーティストのデザインの源泉に直に触れられる機会となっており、多くの人がひと足さきに同氏の溢れるばかりの才能に感嘆の声を上げた。

日本からは巨大な木琴がお目見え

そんな巨大な展示場に今年は日本企業も出展。株式会社invisiが巨大な木琴作品を展示し大きな話題を呼んだ。

CREDIT PHOTO Greg.Sevaz
CREDIT PHOTO Greg.Sevaz

「私たちはパリの公文書館のスペースに巨大な螺旋状の木琴を出品しました。以前のバージョンの作品は森の木琴という名称で株式会社NTTドコモのCMで使われています。

不要になった間伐材を使って巨大な木琴として仕立て、一つの曲を奏でる作品です。このCMは日本ではちょうど東日本大震災の際に公開されたのでほとんど見られませんでしたが、その後カンヌ国際広告賞(現在はカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)やグッドデザイン賞を受賞できました。今回の作品はそのニューバージョンです。

以前から日本人も海外で発表する場を持つべきだと考え、出展しました。森の木琴の動画はyoutubeで公開されており、フランスでは特に評価を得ていました。私たちは音楽を通じて人々とコミュニケーションすることを目指しています。そこに言語は関係ありません。ですから、今回の展示にも確証はありました」と松尾氏は語る。

CREDIT PHOTO Greg.Sevaz
CREDIT PHOTO Greg.Sevaz

森の木琴には自分で玉を入れようと多くの人が集まっていた。誰でも大きな木琴で音を奏でられる仕組みに、たくさんの人が笑顔を見せていた。

動画はyoutubeにもアップされている。奏でられるのはバッハの「主よ、人の望みの喜びを」。

パリデザインウィークはデザインの巨大な中間地点

パリデザインウィークの面白い点は単なる商品の買い付け場ではないこと。期待されているのはその場での商品の販売だけではない。

そこで求められているのは出展作品に関する意見やアイデアだ。出展者たちはパリデザインウィークを完成品のお披露目会だとは思っていない。あくまで中間地点だと思っているのだ。

(RÉ)CRÉATIONの会場
(RÉ)CRÉATIONの会場

パリ在住でジャーナリストとして活動するAko氏は語る。

「パリで展示に訪れた人はアドバイスをくれます。もっとこうしたらデザインがよくなるという観点からも意見をくれますし、この都市でこんなイベントをしているから出展してみたらと情報をくれます。

会場に来ているのは芸術家や作家、写真家と多岐に渡ります。自分たちでは探し出せなかった可能性を彼らが持ち寄ってくれるのです。自分たちのフィールドでは導けなかった次の展開を彼らは考えてくれるんです。

アーティストたちを支援したいという気持ちがあるのでしょう。自分は何もできないけれど、デザイン会社にいる友人を紹介するよ、知り合いに舞台監督がいるからここにコンタクトしてみてと尽力してくれる。ここに出展すれば次のページが開ける。そんな印象があります」

無論、デザインがよくないと思われれば、正直につまらないと言われる。

「フランス人は日本人と違って空気を読まないですし忖度しませんから」と話す。

「パリに住んでいるとフランス人は“きれい”という言葉をよく使うことがわかります。日本でいろんな物事を“かわいい”と称するのに似ているでしょうか。

フランスではアートは身近なものです。日本では美術館に行ってお金を払って鑑賞するものだと思われていますが、フランスではそうではありません。

すぐ身近にあるものです。建物の美しさもそうですし、食器でも家具でもそこかしこにアートの要素は溢れています。だからこそ、彼らはアート全般を支援したいモチベーションがあるのかもしれません」

パリデザインウィークに出展しているデザイナーの中には新人で無名の人も多い。しかしその数年後にあらゆるデザインシーンに活躍の場を得ている。

力のあるデザイナーが次のチャンスを得る場所として機能しているのだ。日本から出展する権利を獲得した企業はまだまだ少ないが、いち早く参入した企業は確かな手応えを得つつある。

日本から世界をあっと驚かせる作品はこれからも発表されていくだろう。次の開催は2024年9月を想定している。

取材・文:遠山怜

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。