新入社員の皆さんは入社して半年が経ち、それぞれの職場で頑張っていることだろう。一方で、仕事に慣れてきたことで会社への不満などを感じ始めているかもしれない。
例えば、「居心地は良いけどスキルが身につかない…」。キャリアに危機感をもつ若者の間で、こんな会社が「ゆるブラック」「パープル企業」という造語で呼ばれているのだ。
マイナビの担当者によると「ゆるブラック」「パープル企業」と呼ばれる企業は
・過度な残業などの長時間労働がない
・職場の雰囲気が悪くない
・離職率が低い
という特徴がある。
一見働きやすい環境のように見えるが、一方で
・成長実感が得られない
・将来性が感じられない
・業務内容が楽
という要素も含んでいるというのだ。
実際、マイナビが実施した「マイナビ中途採用・転職活動の定点調査」によると、転職意向がある20代正社員の67.6%が、自分の所属する会社を「ゆるブラック」だと感じているという。
入社して数年しか経っていない20代が転職を考える理由の一つが、「ゆるブラック」「パープル企業」に勤めているということのようなのだ。
では、このような悩みを抱えた場合、どうすればいいのだろうか。マイナビキャリアリサーチラボで新卒領域を担当する主任研究員の東郷こずえさん、中途領域を担当する主任研究員の関根貴広さんに、それぞれの視点から現状や対策を聞いた。
“成長できない”不安にはコロナの影響も
――そもそも「ゆるブラック」や「パープル企業」は、働く環境として良くないの?
東郷こずえさん(新卒領域を担当):
一概に「良い」「悪い」で語れないところはあるのですが、就活している学生は社風が良い会社、居心地がよさそうな会社を求めています。一方で、スキルが身につくことも重要視している。安心安全な職場で、かつ成長できる環境であることの両方が求められているのです。
職務経験がないことも影響していると思われますが、学生からすると、どちらも両立できるだろうという認識で職場を選ぶので、「居心地がいいのにスキルが身につかない」と感じてしまうと「スキルが身につかない」というイメージの悪さが強く印象に残ってしまう可能性があります。
一方でプライベートを大事にしたい人には「居心地がいい」というポジティブな要素が印象として強く残ると思います。
関根貴広さん(中途領域を担当):
ある程度職務経験があり転職を考えている人の目線だと「この先自分が所属する会社はどうなるの?」「自分はこのままで大丈夫だろうか?」という思いを抱えることがあります。終身雇用が難しい状況の中、会社でスキルが身につけられない「ゆるブラック」「パープル企業」は不安に感じるかもしれません。
――では、若者が「スキルが身につくか」を重視するのは最近の傾向?
東郷こずえさん:
成長できないことに対する不安感は高まってきているように思います。新型コロナウイルスの流行で、今まで普通にあった仕事が突然できなくなるような状況を目の当たりにしました。
それにより「とりあえず定年まで会社にいればなんとかなるでしょ」と考えること自体がナンセンスな感覚かもしれません。「全然なんとかならないかも」とリアルにイメージできるようになった。それを目の前で見ている若い人は、一層「スキルを身につけなきゃ」と感じているように思います。
市場価値のあるスキルを身につけたい…
――「居心地は良いけどスキルが身につかない会社」で、悩みや不満を抱えてしまう人に傾向はある?
東郷こずえさん:
学生も転職の可能性は視野に入れながら就職します。全員がすぐに会社を辞めたいと思っているわけではありませんが、定年まで働くこともリアルには感じられない。「いつか転職するかも…」と考えると、働き手としての市場価値を上げていきたいと思うのは自然なことだと思います。
ただ、就職する段階で、本人に「3年くらいまでに1人前になりたい」という希望がある一方で、受け入れる企業が成長までの期間を長く見ていると、その感覚が新卒にとって冗長に感じます。
認識のずれで「成長できない環境なんだ」と見切りをつけてしまう人は、悩みや不安を抱えやすいかもしれません。
――「居心地は良いけどスキルが身につかない会社」に関する悩みは、実際にどんなものがある?
関根貴広さん:
例えば「上司から放置されて毎日同じことの繰り返しで経験・スキルが得られない」「ノルマなどをきつく求めないが、成長できているかは不明」という意見が寄せられています。
とても居心地が良い環境である一方、やはり成長の実感や将来性を感じられないという点で若者は焦燥感を覚えているように見受けられます。
――働いていてもスキルが身に付かないと感じる理由として、考えられることは?
東郷こずえさん:
ポータブルスキル
(業種や職種が変わっても持ち運びができる職務遂行上のスキル) が注目されるなど、組織が変わっても働き手として市場価値のある人間でいたい気持ちが高まってきています。
例を挙げると、日本は入社してから配属先が決まるのが一般的ですが、新卒で配属先の希望をあらかじめ出したい人が増えてきています。これは最近の若者が、他社の人にも分かるようにスキルを言語化して伝えられる状態にしたいという考えを持っているからです。
また、周りの先輩や上司には若手社員が離職をしないための気遣いをされている方も多いのではないかと思います。
しかし「ブラック企業じゃない状態にしよう」という動きが先に立ってしまうパターンも見られます。指導する側が気を使うあまり、必要な指導であっても厳しいことを言いづらくなっていることも成長を感じさせる機会の減少につながっていると推測できます。
関根貴広さん:
仕事をしていて「成長していない」ことはないと思います。「成長の感じ方」が問題なのではないでしょうか。
以前は一つの会社で一つの仕事をして熟練していくことがキャリアアップや成長につながる、という認識がありました。しかし今は会社に勤めた上で“何をしていたか”を重要視しているため、居心地が良いだけの環境では成長できていないと感じる可能性はありそうです。
――逆に「居心地は良いけどスキルが身につかない会社」が向いているのはどんな人?
関根貴広さん:
パラレルキャリア(本業と並行して趣味やボランティア活動に取り組むこと)を実践している人です。方向性をたくさんもっているので、働く環境が整った「ゆるブラック」「パープル企業」である程度の収入源を確保しつつ、本当に自分のやりがいを持てる、スキルアップを見いだすことを別のフィールドで実践できる人は、向いていると言えるでしょう。
自分が本当に欲しいものを明確に
――スキルが身につかない環境に悩んでいる人が、今できることはある?
東郷こずえさん:
自己判断で全部見切りをつけるのではなく、先輩や上司に相談することは大事です。数年働いた人と新人が2、3カ月働いて感じることには、精度に差があると思います。
周りの上司は「やめさせたくない」、大事にするあまりに「こんなこと言って良いかな、駄目かな」と思いながら接していることもあるので、「もっとやりたい」と伝えることで状況が変わることはあり得ると思います。
関根貴広さん:
ある程度職務経験があって、その上でスキルの会得に悩んでいる人は、比較的近い将来で考えるといいでしょう。変化が激しい時代だからこそ、事前にキャリアを算段しようというのは不可能です。
「今後なりたい自分」に近づくにはどうしたらいいかを考え続けていく。一回定めた自分のなりたい姿に対し、都度変化に合わせてチューニングしていくことが、キャリアアップを求めている若者が必要な心構えになってくるのではと思います。
――現状に不安がある人の解決策に「転職」は妥当?
東郷こずえさん:
場所が変われば何か変わると思ってしまいがちですが、自分が欲しいものを明確にしてからキャリアチェンジするのが必須だと思います。
「違う会社に行けば何かが変わるのでは」と、漠然と“変わること”を目的に転職することは危険です。ポジティブな要素を求めての転職だと思うので、その要素が何であるのか、納得できるかを明確にして、転職もしくは社内公募などで異動するのが良いと思います。
関根貴広さん:
「他人を変える前に自分から」という言葉もありますが、自分が変わることによって解決できることがあるかもしれないと、振り返ってみるといいでしょう。転職は即効性がありますが、何が変えられるか顧みるところからスタートしてもいいかもしれません。
若者が「ゆるブラック」「パープル企業」と感じる背景には、変化の早い時代の中で、自分の市場価値を上げたいという焦り、企業が考える成長スピードとの認識のずれなど、様々な要因が絡み合っていたようだ。
現状を変えたいと考えている人は、まずは自身の近い将来像を明確にして次のアクションを起こしてみると、思い描くキャリアが切り開けるかもしれない。