いま、子どもへの性犯罪が後を絶たない。

8月には大手学習塾の元講師が教え子を盗撮した疑いで逮捕。

さらに9月に東京・練馬区の中学校校長が、元教え子のわいせつな画像を所持していた疑いで逮捕、その後、元教え子の女子中学生に性的暴行を加えた上、ケガをさせた疑いで再逮捕された。

今の日本のシステムでは、こうした性加害者が将来再び子どもと接する仕事に就くことを防ぐことはできない。

そんな中、「日本版DBS」という新制度が注目されている。

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「DBS」とは子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴がないことを確認する制度。

9月、政府の有識者会議で制度のあり方についての報告書がまとまったが異論が相次ぎ、加藤こども政策担当相は10月、臨時国会への提出を見送る考えを示した上で「次の通常国会以降のできるだけ早いタイミングで進める」と明らかにした。

我々は子どもたちをどう性犯罪から守っていけばいいのか。

弁護士で日本版DBSの有識者会議のメンバー・磯谷文明さんと、教育行政学などが専門の日本大学教授・末冨芳さんが「日本版DBSの未来」について語った。

日本版DBSの必要性

――子どもたちが被害に遭うという事件が相次いでいる中、この日本版DBSの必要性、どのように感じていらっしゃいますか。

末冨芳さん:
保護者は「早くDBSを導入してほしい」という声が大変多いです。

日本では警察の発表では19歳以下の若者は1958人が被害に遭っていて、うち12歳以下が782人ぐらい性被害にあっているという統計はありますが、実は犯罪として立件されるものが非常に少ない。

日本大学教授・末冨芳さん
日本大学教授・末冨芳さん

厚生労働省のプロジェクトの中では、日本では1日に1000人以上の子どもたちが性暴力にあっているのではないかという推計もあるくらいです。

氷山の一角しか今、事件になってないことを考えますと、なるべく未然予防して一人でも性被害にあう子どもたちを減らしていく、ゼロに近づけるという仕組みは必要だと考えています。

磯谷文明さん:
お子さんの性被害というのは非常に深刻な問題だと受けとめていて、その中でこの「日本版DBS」という制度は、決してパーフェクトな制度だとは思っていません。

弁護士・有識者会議メンバー 磯谷文明さん
弁護士・有識者会議メンバー 磯谷文明さん

しかし一定程度の効果はあると思っていますので、ぜひ早期に導入する必要があるんだろうと思っています。

イギリスを参考につくられた「日本版DBS」とは?

――イギリスでは、子どもに接する仕事をしたい職業に就く場合、まず雇用主がDBSに対して就職希望者に犯罪歴があるかどうかの照会を行います。

すると、DBSから就職を希望している本人に証明書が配布され、それを雇用主に提出する必要があります。

一方で、日本版は学校や保育所、児童養護施設などは公的機関ということで、企業側が照会システムに確認することが義務づけられていますが、学習塾、スイミングクラブなどは公的機関ではないということで、この照会システムを使うかどうかは任意。

まず大きな違いとしては、イギリスの場合は「就職する人に証明書が届く」。

一方、日本の場合は「企業側も確認をし、そして責任を持って雇用する」という仕組みにした理由というのは。

磯谷さん:
個人にその犯罪に関する証明書を持たせないということにした、そこが一つ大きな違いだと思います。

個人に渡してしまうと、なかなか取り締まりが難しいだろうと考えたんです。

――しかし、犯罪歴というプライバシーに関わる情報が、直接事業者に届くことに不安の声もあるといいます。

末冨さん:

学校や保育園からの困惑の声を聞いています。具体的には、犯歴が事業者のところに来るといった時に、「あなたの就職はできませんよ」と通知しなきゃいけない。そうすると学校や保育園側が「すごくリスクを負うことになるんじゃないですか」と。

あるいはそこまでセンシティブな情報、本人すら見られない情報を「私たちが保有し、あるいは見なきゃいけないっていうのはどうなんでしょうか」という困惑の声が寄せられています。

――秋の臨時国会で議論を目指していた中で、与党内の反対などがあり、今回は見送りということになったのでしょうか。

磯谷さん:

今回のDBSという制度は、日本で初めての制度です。

非常に短期間で報告書まで行かざるを得なかった。法案を策定するまでに少し時間があるのであれば、よりもう少しじっくりと考えてもらえればと思います。

「日本版DBS」の3つの論点

論点(1)どこまでの事業者に義務づけるべきか

――日本で検討されているDBSの仕組み案では、学校や保育園には犯罪歴の照会が義務づけられているものの、学習塾やスイミングスクールは任意となっている。子どもと接する全ての事業者に義務づけることはできないのでしょうか。

磯谷さん:

基本的には全体をカバーするのが理想形だというところは間違いない。

塾やスイミングスクールなどさまざまな習い事教室は、これまで国や自治体の方であまりきちんと把握ができていなかった。業界団体でさえも地域で小さくやっているようなところ、どうやっているのかもよくわからない。どのぐらいあるのかも厳密にはわからない。

そういった状況でいきなり全部網をかけて義務というのは、なかなか難しいと考えて、認可制ということを考えたんです。

学習塾などは犯罪歴の照会が任意に(画像:イメージ)
学習塾などは犯罪歴の照会が任意に(画像:イメージ)

末冨さん:
義務化の対象が狭いという批判はかなりあります。

実際、起きていることは、これまでもわいせつ教員として学校から排除された方たちが塾に就職したり、放課後デイサービスに就職して再犯を繰り返す。

DBSの仕組みでは今、対象にすらなっていない個人塾を開設しておられる事例もかなりあるんですよ。

「この事業者はDBS認定してないから、ここでボランティアとかここで働けばいいんだ」みたいに、どんどん逃げ場を作ってしまうような仕組みになる。これでは子どもたちが守られないのではないかと思います。

論点(2)照会できる期間は?            

――刑法では刑の執行終了から一定期間が過ぎると、前科のない者と同様に扱われることになり社会復帰を促している。有識者会議では、子どもの安全を確保するための年数を検討し、期間に一定の上限を設ける必要があるとしている。

磯谷さん:
もちろんある考え方からすれば、そういう人(性犯罪者)はもうずっと、ある意味、死ぬまで対象にすべきだという考え方もある。ただ、一方で、それが本当に必要なのか?

私たちの社会は、犯罪をいったん犯しても、更生してくれるだろうというところに期待をかけているわけで、そういった取り組みも一方ではしているわけです。

職業選択の自由は憲法に保障されている。その点を考えると、過剰にこの職業選択の自由を制限してしまうことにならないか?という、そこはすごくデリケートな議論としてありました。

結局、期間の問題については「期間は設けるべきだろう」ということになりましたけれども、具体的にどのぐらいというのはなかなか難しかった。

職業選択の自由の観点からも議論があった(画像:イメージ)
職業選択の自由の観点からも議論があった(画像:イメージ)

末冨さん:
職業選択の自由ばかり論点になるんですが、実はイギリスのDBSというのは、性犯罪者あるいは他の種類の犯罪者もですが、再犯を繰り返させないことも犯罪者の利益になるという考え方なんですよね。

DBSを使って、この人たちが犯罪を繰り返さないようにしましょう、被害者を減らしましょう。そうやって国全体としての公共の福祉を実現していきましょうという仕組みなんです。なので本当に犯罪者の権利と利益を考えるのであれば、もう少し視野の広い議論も必要だろうというふうに考えています。

――公共の福祉に反しない限りという中での職業選択の自由ということですから、その公共の福祉とは何なのか、という非常に難しいところだと思います。

磯谷さん:

職業選択の自由はあっても、性犯罪を犯した人に子どもに関わる仕事に就かせない。この必要性については異論はなかったんです。

問題はそれがどこまで合理性があるのか、必要性が本当にどこまでなのかという、その仕切りがすごく悩ましい部分なんだろうと思っています。

末冨さん:
小児性犯罪は、日本では厚生労働省が依存症として治療の対象にしていないんです。

ただ向き合ってきた方々から見ると、やはりこれ依存症としてちゃんとした治療や継続したカウンセリングを受けて、ご本人自身の認知のゆがみを社会生活が営める方に改善していくということが重要なんだけれども、それに何年かかるのかといったエビデンスの確立すら、我が国では行われていない状態です。少なくとも政府機関としては。

そうした中で例えば、「痴漢をして不同意わいせつ罪になりました」となった時に、「じゃあこの刑罰だから3年で消えるね、DBSから」としていいのかどうかということは、強く疑問に思います。

論点(3)条例違反や不起訴処分への対応は?

――有識者会議では自治体ごとに制定される条例違反をDBSの対象とすることには慎重な見解が示されましたが。

末冨さん:
わいせつ教員で処分される教員のうち約8、9割方が「条例違反レベル」であると。

教育委員会の方たちもこの件はショックを受けておられて「私たちは子どもたちを守るために一生懸命調査して、処分してきた。なのに条例違反すらDBSにのらないのであれば、わいせつ教員はDBSに搭載されない。

『もう何でもやっていいんですね』ということになってしまうんじゃないですか」と問い合わせがきて、私もそれは非常に心配ですねと認識した経緯があります。

磯谷さん:
条例というのは各地の自治体でそれぞれバラバラですし、どういうタイミングで改正したりというところも、国としては明確に把握する仕組みがない。

そういったところもきちんと整えないと、なかなかカバーしていくのが難しいんだろうとなったわけです。

実際今、条例で問題になるのは恐らく痴漢だと思います。ところが、一方ではこの痴漢が(犯歴照会システムから)落ちてしまうことに対して、やっぱりそれでいいのかという議論も当然ながらあるわけです。

ぜひ立法の段階では工夫をした上で、何とかそこを取り込んでいただきたいなと思っています。

――不起訴になった人というのはどうなるのでしょうか。

磯谷さん:

それも一つ、論点としてありました。不起訴の場合については「含めない」ということになりました。

個人的には有識者会議でも発言しましたが、示談が成立すると被害者のほうは『もういいよ、刑事処分は求めない』となると不起訴になる可能性がある。

だけど、その被害者さんとの関係では示談で一応の解決は見たかもしれないけども、その人が将来子どもに対して、同じようなことをしない保証はどこにもないわけです。

やっぱり不起訴についても本来は入れるべきだったと思います。これから先、ぜひ再検討していただきたいなと思います。

末冨さん:
犯罪被害に遭われたお子さんやご家族がもう心が折れて、泣く泣く示談に応じて不起訴になる、これ以上取り調べや裁判は乗り切れないというのでやむを得ず不起訴になる例が圧倒的です。

勇気を持って声を上げてくださっている性犯罪の被害当事者やご家族がいらっしゃるので、その方たちの声もぜひ聞いていただきたいと子ども家庭庁、日本政府にはお願いしたいと思います。

――アメリカの場合は前歴者の名前や住所、個人情報を公開。顔写真など、あらゆることがネットで誰でも閲覧でき、場所を検索すれば住んでいる場所なども分かるという。日本はここまでの厳しい対策をとった方がいいのか。

末冨さん:

確かに性犯罪者がこういう人たちなんだと分かることは、ある程度重要かとは思いますけれども、現在の日本では例えば「人権教育」というものを全ての人がしっかり受けている状態ではないんですよね。

今の日本の場合には一度こうした情報が表に出てしまったときに、恐らく立ち直れないぐらいのダメージがあるだろうと。だからこそDBSのようなある程度犯歴は分かるけれども、踏み込みすぎた個人情報というものが開示されない段階での整備というものの方が、今の日本には合っていると私は考えています。

磯谷さん:
外国でやっているから、そのまま日本に持ってくればいいということではなくて、日本社会のこの特有なあり方もよく考えて持ってこないと、本当におかしなことになってしまうんだと思うんです。

ただ、一方で、プライバシーなどそういったことに関する一般の方々の感覚というのも、これは変遷していくものだろうと思っていますので、これから先、さまざまな情報も入ってくるでしょうから、どんな仕組みがいいのかというところは、きちんと議論していかなきゃいけないんだろうと思います。

(週刊フジテレビ批評」10月7日放送より/聞き手:渡辺和洋アナウンサー、新美有加アナウンサー)