東京都現代美術館で開かれている「デイヴィッド・ホックニー展」は日本で27年ぶりの大規模個展。新しいツールをどんどん取り入れ、86歳にしても尚、創作意欲がほとばしるホックニーさんのパワーの秘密に迫る。
日本でもおなじみのイギリスを代表する現代アーティストのデイヴィッド・ホックニーさん。芸術のノーベル賞と言われる高松宮殿下記念世界文化賞・絵画部門の栄えある一回目※の受賞者となったのが1989年、52歳のときだった。

それから34年。世界初公開の自画像も含めた、ホックニーさんの画家人生を網羅する展覧会には連日多くの人が詰めかけている。
日本初公開 壁いっぱいの「春の到来」がパワフル
ホックニーさんの作品からは元気をもらえる。鮮やかな色使いと壁いっぱいのスケールに圧倒されるのが「春の到来 イースト・ヨークシャー、ウォルドゲート 2011年」。32枚のキャンバスを組み合わせた幅10メートル✕高さ3.5メートルにもなる油彩画は、木々の幹も、葉っぱも、草花もポップに描かれていていて、見ているだけで心が弾むようだ。

この作品はiPad作品51点とシリーズをなしていて、会場にはそのうち12点が展示されている。油彩画はホックニーさんがスタジオで記憶や想像力を発揮して描いたものなのに対し、1本道をモチーフとしたiPad作品の方は、ホックニーさんが実際に現場に赴き、絵にしたものだ。

シリーズにしたのは「刻々と移りゆく季節の変化を一つの絵では表現し尽くせない」という考えからだそうで、12月末から6月まで変わりゆく自然の観察が実につぶさである。

12月末を描いた作品からは、葉っぱのない木々と地面の薄氷でイギリスの冬の冷たい空気を感じ、5月、6月のものからは新緑と日差しで初夏を感じるー常に自分が見ている身の回りのものに目を向けて作品作りを行っているホックニーさんならではのイギリスの四季を体感することができる。
iPadで絵を描く
ホックニーさんはかねてから、コピー機、ファックス、パソコンなど、時代、時代に登場する新しいテクノロジーを積極的に取り入れてきた。iPadは2010年4月の発売直後に手に入れた。その理由を「新しい表現手段が好きなのは同じ題材であっても違う絵が描けるからだ」と語っている。

「iPadで絵を描くってどういうこと?」と思われる読者のみなさんも多いと思う。作品「池の睡蓮と鉢植えの花」を例に、ホックニーさんのiPadでの制作過程を見てみよう。

睡蓮が浮かぶ池の手前に鉢植えの花を配してみたが、どうもしっくりいかない。となれば、鉢植えをすぐに消して、地植えの花に置き換えてみる。または、池の水面(みなも)に魚や虫の存在を感じさせる輪を加えてみる。まさに自由自在である。
220点のiPad作品から90メートルの絵巻物に!
この展覧会のハイライトは長さ90メートルの絵巻物風の大作「ノルマンディーの12か月」。2019年にホックニーさんが移り住んだフランス・ノルマンディーの四季がつなぎなく描かれている。

絵巻物の発想はホックニーさんの住まいから約1時間離れたバイユーにある世界記憶遺産のタペストリーから得たものだ。ホックニーさんは、一度見たことのあったこのタペストリーを2018年に50年ぶりに鑑賞したときに、一目で「何かやってみよう!」と思いたったという。

実は、筆者もそのタペストリーに衝撃を受けた一人で、拙宅に絵はがきを額に入れて飾っている。バイユー・タペストリー美術館のオフィシャルサイトによると、その長さは70メートル、刺繍されているモチーフは、人、馬、動物、木々など実に1500にの上るとのこと。
ホックニーさんの作品はそれを上回る長さ90メートル。
その制作工程はこうだ。まずはノルマンディーの四季をひたすら観察することから始め、わずか1年でiPadで220点の絵を描きあげた。世界各地がコロナによるロックダウンに見舞われるなか、ひたすら目の前の景色を記録し続けたのである。

そして、その中から四季を彩るモチーフを選び、90メートルの絵巻物として再構成した。始まりは冬。木々に葉はなく、空は冷気を感じる白とグレーが使われている。

そこから春、夏と巡るにつれ、空は青くなり、木々に花がつき、緑がまぶしくなってくる。

そして紅葉や地面を覆い尽くす枯れ葉で秋が訪れる。雨も雪もしっかり描かれている。季節の変化、自然の移り変わりが細やかに描写されていて、この作品を一回りすると、フランス・ノルマンディーの四季を体感することになる。
86歳という年齢を感じさせない、チャレンジングなホックニーさんの120点余りの作品に出会える「デイヴィッド・ホックニー展」は東京都現代美術館で11月5日まで開催されている。
※デイヴィッド・ホックニー - 高松宮殿下記念世界文化賞 (praemiumimperiale.org)