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「保険」と自然環境や生物多様性には、密接な関わりがあることをご存じだろうか。

世界48の国と地域で事業を展開する保険・金融グループであるMS&ADグループ。その社員と家族は、自ら国内外に出かけ、自然の保全・再生活動を続けている。

さらに同社は、企業が自然に及ぼす影響を開示する国際的な枠組みである「TNFD」(2023年9月発表)の策定にも参加。グローバルな規模で環境問題に取り組んでいるという。

なぜ、保険会社がそこまで環境問題に力を入れるのか。常務執行役員 グループCSuOの本島なおみさんに聞いた。

聞き手:フジ・メディア・ホールディングス サステナビリティ推進室 木幡美子

社員と家族が取り組む「グリーンアースプロジェクト」

MS&ADホールディングス 常務執行役員 グループCSuO 本島なおみ氏
MS&ADホールディングス 常務執行役員 グループCSuO 本島なおみ氏

――MS&ADグループはどのような事業をされているのでしょうか。

MS&ADグループは、国内の損害保険事業と生命保険事業、海外事業、金融サービス事業、デジタル・リスク関連サービス事業、この5つをトータルで提供する保険・金融グループです。

――「Green Earth Project(以下、グリーンアースプロジェクト)」というものに取り組まれているそうですが、どのようなプロジェクトなのですか。

「グリーンアースプロジェクト」には大きく分けて2つの取り組みがあります。1つは環境負荷を減らす取り組みで、もう1つは自然環境の保全・再生を目指す取り組みです。

環境負荷を減らす取り組みは、ペーパーレスやゴミやガソリンの使用量を減らすというような、毎日の仕事を通じた地道な活動です。これに加え、自然環境の保全・再生を合わせて行っているところが、「グリーンアースプロジェクト」の特徴だと思っています。

――「自然環境の保全・再生」とはどのような取り組みなのですか。

自然が本来持っている、災害を予防したり被害を減らすといった自然の力を維持・回復することによって、地域の課題を解決し、地方創生に繋げていくというものです。活動は、MS&AD社員とその家族が、各地の住民や研究機関、行政の方々と一緒に行っています。

――どこで活動されているのですか。

熊本県の球磨川流域と宮城県の南三陸町、そして千葉県の印旛沼流域、現在はこの3つの地域に集中して取り組んでいます。私自身も、今年(2023年)の5月に球磨川での活動に参加してきました。

地域の人々とともに耕作放棄された田を耕す

球磨川流域「緑の流域治水プロジェクト」の活動
球磨川流域「緑の流域治水プロジェクト」の活動

――どんなことをされているのでしょうか。

2023年5月の活動では、社員とその家族16人で現地に行き、熊本県立大学や自治体、NPOの方々とともに水田を耕し、樹木を伐採する作業を行いました。

昔は球磨川流域には多くの水田があり、湿地として水を溜める機能を持っていたため、降った雨が一気に下流に流出することを防いできたと考えられています。ところが現在は耕作放棄地が増え、その機能が弱まってしまいました。

そこで、水田を耕して保水機能を回復させつつ、昔はいた希少な生物が戻ってこられるような環境に再生していこうという狙いです。

社員・家族だけでなく地域関係者やNPOも参加
社員・家族だけでなく地域関係者やNPOも参加

――活動されてみて感じたことはありますか?

様々なステークホルダーの方々が同じ問題を共有して、額に汗して一緒に作業をするというのが、この活動の面白いところであり、重要なことだと感じました。

同時に、こうした活動を今後も継続していきつつ、社内外のより多くの人々を巻き込んでいかなければならないという課題も感じています。

保険と自然と地域の密接な関係

――保険事業と自然環境の保全・再生にはどのような関係があるのでしょうか。

実は、保険は自然の影響を非常に強く受けます。

自然災害が起きると、私たちは被害に対して保険金をお支払いしますが、気候変動や自然破壊により自然災害が激甚化・頻発化すると、より多額の保険金をお支払いすることになるため、経営に直接的な影響があるのです。

――では、自然環境の保全・再生を地方創生に繋げるというお話は、保険事業とどのような関連があるのでしょうか。

保険事業は地域密着のビジネスです。毎日の生活がそれなりにうまくいっていればこそ、「明日もこの暮らしを維持したい」という発想が出てきますよね。そういう、安定した暮らしができる健やかな地域社会があってはじめて、保険のニーズが出てくるものだと私は思っています。

そして、その健やかな社会の土台となるのが健やかな自然なのです。

再生活動開始前のインドネシアの熱帯雨林
再生活動開始前のインドネシアの熱帯雨林

――MS&ADでは、いつごろから自然の再生・保全と生物多様性に着目してきたのでしょうか。

2005年に、インドネシアの熱帯林を再生し、減ってしまった生物を戻していく活動を地元の大学や研究者とともにスタートしました。保険業界は業務の特性上、紙を多く消費していたので、森林破壊に対して何かできることはないかという模索から始まった取り組みです。私も2019年にこの活動に参加しました。

非常に地道な活動ですが、こういった活動を世界に広げていくことが、グローバルな保険・金融グループとしての使命であると考えています。

――これまで自然環境の保全・再生と生物多様性の回復に力を入れてこられたことがわかりました。今後はどのように取り組んでいく予定ですか?

MS&ADグループではサステナビリティのための重点課題を3つ掲げています。1つ目が「地球環境との共生」、2つ目が「安心安全な社会」、そして3つ目が「多様な人々の幸福」です。

「地球環境との共生」という課題に対しては、気候変動への対応と、自然資本の持続可能性向上を両輪として取り組む予定です。今、これを2025年までの中期経営計画としていますが、それ以降も私達が長期的に取り組んでいくべき課題だと考えています。

ビジネスに不可欠な自然資本と生物多様性

――海外でも自然環境の保全・再生活動を展開され、広げていくことを視野に入れていらっしゃいますが、世界的にはどのような課題があるのでしょうか。

気候変動によるビジネスへの影響は既に発生しています。また、急激な脱炭素社会への移行もビジネスにとって大きな波乱要因となっています。

例えば、気候変動や環境破壊によってサンゴ礁が失われると、それを観光資源としていた地域は大きな損害を被ります。こうした直接的な影響だけでなく、例えば森林破壊が進んで法的な保護規制が強化されると、それらを原材料としていた企業は調達先を変えなければいけません。このような間接的な影響も起こってきます。

地球規模で見てもやはり、人々の暮らしとビジネスは自然の恵みに支えられているのです。世界のGDPの50%以上となる44兆ドルが自然に依存しているという試算もあります。

リスクをチャンスに変える「グリーンレジリエンス」  

MS&ADの重点課題とSDGsはどちらも自然資本が基盤になっている
MS&ADの重点課題とSDGsはどちらも自然資本が基盤になっている

――自然の持続可能性を無視した企業活動は成り立たなくなってゆくのですね。

その通りです。一方で、自然を守り、気候変動に対応していくことは、企業にとってビジネスチャンスにもなりえます。

今、自然の機能を生かして社会課題を解決する「ネイチャー・ベースド・ソリューション(Nature based Solution)」という考え方が世界で注目を集めています。

例えば、自然環境を保全・再生する活動を通じてヒートアイランド現象をやわらげたり、人々の憩いの場やコミュニティを育んだりすることができます。自然は人の暮らしや“Well-being”とも密接な関わりがあるのです。

――自然環境の保全・再生が様々な課題の解決に繋がっていくんですね。

おっしゃるとおりです。気候変動と自然環境の保全・再生への取り組みによって地域社会を活性化させ、社会のレジリエンス(回復力)に繋がる好循環を生みだすことを、私たちは「グリーンレジリエンス」と呼び、スローガンとして掲げています。このスローガンを具体的な活動に落とし込んだのが、最初にお話しした「グリーンアースプロジェクト」なのです。

グローバルな投資家が、今企業に求めること

――このような流れの中、世界の企業はどのような対応が求められているのでしょうか?

今、グローバルな投資家は企業に対して、気候変動への対応や自然に与える影響を財務情報として開示することを強く求めています。

気候変動については、既にTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)という開示の枠組みがあり、上場企業は既にそれに沿った情報の開示を行っています。

同様に、自然についての情報開示の枠組みであるTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が9月18日に公表されました。今後企業には、これに沿って財務情報を開示することが期待されます。

MS&ADグループは、このTNFDによる開示の枠組み作りにメンバーとして参加しました。また、企業の自然に関連するリスク・機会の把握等を支援するために、新たな企業向けサービスの提供も開始しています。

――まさにこの分野におけるリーダーになっていくのですね。

「グリーンレジリエンス」のスローガンのもとに、社会やビジネスをレジリエントでサステナブルなものにしていけるよう、主体的に役割を果たしてリードしていきたいと思っています。

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