東京・豊島区で、歩道を歩いていた全盲の女性の白杖が正面から走ってきた自転車にぶつかり、折れる事故が起きた。

自転車は原則「車道通行」だが、歩道を走るケースが後を絶たず、交通弱者が巻き込まれる事故が相次いでいる。

日本の現状と、早急に求められる対策について、交通工学専門の岩手県立大学、元田良孝名誉教授に話を聞いた。

「自転車は車道が原則」

ーー自転車と視覚障害者の事故はどれくらいある?

岩手県立大と日本視覚障害者団体連合が2016年に視覚障害者に対して実施した調査では、回答者120人の約4割が、1年以内に自転車にぶつかった経験があり、その73%が歩道で衝突しています。

岩手県立大学、元田良孝名誉教授
岩手県立大学、元田良孝名誉教授
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自転車が歩道を走るようになったのは昭和45年からです。

この年は交通事故の死者数が最も多かった年で、1万6千人以上が亡くなっていました。今は3000人以下ですから、いかに多くの方が亡くなっていたかがわかります。

そこで安全対策として、自転車と自動車を分離しようということになり、自転車が歩道を走行できるようにしました。

それ以降、自転車が歩道を走る習慣が日本中で定着しました。

ーー自転車が歩道を走行するのは日本だけ?

欧米諸国でこのようなことはなく、ほぼ日本だけです。
交通弱者である“歩行者”の道に車両を通すという日本での行為は、世界の常識から見ると非常に乱暴なことをやっているといえます。

2007年に警察は「自転車安全利用五則」を作り、自転車の通行ルールを変更し、「自転車は車道が原則」としました。

しかし、それから16年が経ちますが、今の状況を見ると、ほとんどの人がまだそれを理解しておらず、歩道を走る状況が続いています。

道路整備を行う行政側の不備

視覚障害者に対する2016年の調査では、「1年以内に走行中の自転車と衝突した」人は、1回以上が約4割。

2回と答えた人は15%と最も多く、6回以上という人も5%に上る。

走行ルールの変更後も、車道ではなく「歩道」を走行する自転車が後を絶たない理由について元田名誉教授は、国民の理解不足と、道路管理者の不備を指摘する。

視覚障害者と自転車に関するアンケート調査報告書(2016年)
視覚障害者と自転車に関するアンケート調査報告書(2016年)

ーールールを守らない人が多い理由は?

自転車は原則、車道を通行することが決められていますが、やむを得ず歩道を走行する場合には、3つのルールがあります。

1つは、時速8キロまでの徐行をすること。
2つ目は、歩道中央から車道寄りの部分を走ること。
3つ目は、歩行者優先で、歩行者の進路を妨げる時は一時停止すること。

この3つがありますが、誰も守ろうとしないし、守らせようともしない、非常に虚しい決まりになっています。

ーー意識はどう変わるべき?

これは難しい問題で、「自転車は歩道だ」と日本人の頭の中に染み込んでしまっているわけです。
これを変えなくてはいけませんが、それには時間がかかると私は思います。

根本的な問題は、道路管理者が過去50年間、車道に「自転車の走行空間」を用意してこなかったことです。これが一番大きな問題です。

自転車が安全に車道を走れる仕組みをつくって来なかった代わりに、歩道に押し込める政策を取ってきました。

それが2007年以降、法律が変わったはずなのに、実態としては、道路をつくる側の人も、「自転車は歩道」と信じ込んでしまっていて頭の中が変えられていないんです。

自転車レーンに停車する車(イメージ)
自転車レーンに停車する車(イメージ)

ーー車道は路上駐車など障害物が多く危険な印象だが?

みんな「車道は危険」と言いますが、自転車の車道での事故率と歩道での事故率は全く変わりません。

自転車の事故が多いのは“交差点”で、7割ほどを占めます。

歩道から交差点に入る場合と、車道から交差点に入る場合の事故率を比較すると、実は歩道から入った方が2倍ほど事故率が高く、歩道を走行することは事故防止対策になっていません。

「どこ見て歩いてるんだ!」の罵声も

自転車と視覚障害者の事故は、正面からの接触が最も多いという。

「歩行者が避けるだろう」との油断から、白杖が折れてしまっても、そのまま立ち去ってしまうケースが多数あると元田名誉教授は話す。

ーー視覚障害者と自転車の接触事故は、どういったケースが多い?

正面からの衝突が54%、後ろからが17%、横からが26%となります。

原因は、自転車は「前方から来る相手は見えているだろう」と油断して危ない走行をしてきます。
後ろからだと「見えないだろう」と慎重に走りますが、前からだと歩行者が避けると期待してそのまま突っ込んでくるわけです。

しかし視覚障害者の場合、前から来ても見えませんから衝突するケースが多くなります。

ーー事故件数は昔も今も変わらない?

全く状況は改善していません。

歩道を走る自転車が多いということは、視覚障害者とぶつかる可能性が高くなります。

視覚障害者の白杖が自転車と接触して折れても、そのまま立ち去る“ひき逃げ”のケースが多いのです。

自転車との接触で折れてしまった白杖(提供:東京新聞)
自転車との接触で折れてしまった白杖(提供:東京新聞)

視覚障害者は白杖がないと一歩も動けません。中には「どこ見て歩いてるんだ!」と罵声を浴びせられ、非常に屈辱的な思いをする人もいます。目の見えない人にこういったことを言うことに、私は非常に怒りを感じます。

これは、自転車に乗っている人たちが、歩道上に「自分たちの通行権がある」と思っている証です。

自転車の車輪に巻き込まれ曲がった白杖
自転車の車輪に巻き込まれ曲がった白杖

この間違った認識を直していかないといけない。
例えば、喫煙と禁煙を分ける「分煙」が進み、たばこを吸う人も吸わない人も安心して食事ができるようになりました。

それと同じで、自転車と歩行者を分けなくてはいけません。
その対策としては、車道で自転車が走りやすくなるように、いろいろな“施設”をつくっていくことです。

少しずつ自転車を歩道から車道に誘導することを進めていかないと、いつまで経っても今回と同じような悲劇は起こり続けます。

“自転車レーン”の整備と意識改革

では、具体的にどのような対策が必要なのか。

元田名誉教授は、「自転車専用道」の整備と、「歩道は安全」と信じ込んでいる人々の意識改革が必要だと指摘する。

(イメージ)
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ーー具体的にどういった対策が必要?

対策は2つあります。

1つは、自転車の走行空間の整備。
路面を青で塗ってあるような「自転車レーン」というものを見たことがあると思います。

また、「自転車道」といって、車道と自転車が走るところをポールや石などの構造物で分けて自転車の走行空間を確保している道もあります。

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こうしたものをつくって、歩道以外に自転車が走れる場所を整備していき、利用者が安全、快適と思えば、徐々に車道を走る人が増えるはずです。

これまで道路管理者は、自転車走行空間の整備に非常に消極的だったため、時間はかかると思いますが、今後しっかりと整備して、自転車をそこに誘導することが大事です。

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もう1つは、自転車を使っている人たちの意識を変えることです。
「歩道は安全で、車道は危険」という誤った意識をなくすことです。

みんなが信じていることを変えるのは非常に難しいです。

しかし車道を走るのが怖いと言っている人も、いざ走ってみると大して怖くないということがわかると思います。経験によって慣れてきます。

(イメージ)
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人間は経験していない事に対して臆病になるので、歩道しか走ったことのない人は、車道を走ることを嫌がります。
しかし実際に走ってみれば、そんなに怖いものじゃないということはわかると思います。

海外では自転車は車道を走るのが当たり前で、歩道を走ったら罰金を取られる場合があります。
日本だけが特殊な状況なため、改善が必要です。