台風の影響により被災から1年経った今なお一部区間の運休が続く大井川鉄道。“観光路線”に舵を切る中、新型コロナウイルスに続く災難。風光明媚な温泉地と共に歩むローカル線が生き残りの岐路に立たされている。

台風15号で土砂の流入や大量の倒木

静岡市を中心に住宅の損壊(全壊・半壊・一部)が5652棟、浸水(床上・床下)が9682棟と、静岡県に甚大な被害をもたらした2022年の台風15号。島田市では採石場の跡地から線路に土砂が流入したほか、多数の倒木などがあったため、大井川鉄道 大井川本線は運転の見合わせを余儀なくされた。

採掘場跡地から線路に流入した土砂(2022年9月)
採掘場跡地から線路に流入した土砂(2022年9月)
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この採石場跡地は、7年前に倒産した事業者によって造成された違法な盛り土が放置されたままの状態となっていて、以前から土砂の流出が相次いだ“いわくつき”の場所。行政代執行により県が敷地内の調整池にたまった土砂の撤去や排水路の整備など、応急対策工事を始めたばかりのタイミングでの出来事だった。

採掘場跡地は県による行政代執行が始まったばかりだった(2022年9月)
採掘場跡地は県による行政代執行が始まったばかりだった(2022年9月)

被災から約3カ月後。採石場跡地から土砂が流入した区間を含む始発の金谷駅から家山駅(いずれも島田市)の間で運転を再開したが、今も家山駅から千頭駅(川根本町)までの運転は見合わせていて、バスでの代行輸送が続いている。ただ、家山駅で代行バスと接続しない列車があるほか、バスに乗車可能な人数は1台につき40人。乗車を希望する客が多数いる場合でも増便はない。

10月1日には家山駅から川根温泉笹間渡駅間の運行再開が予定されているものの、全線が復旧出来るか否かは大井川鉄道にとって死活問題といえる。

“観光”収入に頼る大井川鉄道

というのも大井川鉄道は大井川本線のほかに、千頭駅と井川駅(静岡市葵区)を結ぶ日本唯一のアプト式列車・井川線も運行しているからだ。この列車は大井川水系のダムを建設するために作られたという歴史を持つが今は奥大井の観光列車として知られ、日本一の高さを誇る鉄道橋・関の沢橋梁や接岨湖に浮かんだように見える奥大井湖上駅などが見どころとなっている。しかし、千頭駅まで列車で行けない期間がこの先も続けば、観光客の足がさらに遠のくおそれがある。ただでさえ過去数年は新型コロナウイルスの影響により観光需要が低迷していた中で、大井川鉄道の旅客収入のうち約9割以上を“定期外”の乗客が占めるという現状に照らせば致命傷になりかねない。

接岨湖に浮かんだように見える奥大井湖上駅
接岨湖に浮かんだように見える奥大井湖上駅

大井川鉄道の旅客収入を見てみると2012年から2021年度までの10年間、通勤・通学定期による収入が全体の1割を上回ったことは一度もなく、2018年度を除き右肩下がり。2012年度に4436万円だった定期券収入は、2021年度には1947万円と半減している。さらに2017年度に7億2319万円を記録した定期券以外の収入も翌年度からは減少に転じ、コロナ禍の2020年度と2021年度は3億円を割り込むなど鉄道事業は2018年度から赤字が続く。また、不動産賃貸業や旅行業、損害保険代理業など他の事業を含めた会社全体の収支も2019年度から赤字となっている。

県に支援を要望 有志団体も発足

このため大井川鉄道には自力で全線復旧にこぎつけるだけの体力はなく、鈴木肇 社長は2023年1月、県に支援を求めると同時に持続可能な地域の公共交通のあり方について議論する協議会の設置を要望した。

大井川鉄道本線沿線における公共交通のあり方検討会(2023年3月)
大井川鉄道本線沿線における公共交通のあり方検討会(2023年3月)

大井川鉄道の要望通り、3月には県が事務局となり「大井川鉄道本線沿線における公共交通のあり方検討会」が立ち上がったが、第1回の会合で県は「課題について共有した上で、全線復旧、今後の維持も含めて、沿線における公共交通のあり方を検討する。必ずしも全線復旧を前提にしていない」と釘を刺した。県の立場からすれば、他の鉄道事業者との向き合いもあるほか、支援となれば県民の税金を投入することになるため、おいそれと「はい」とは言えない事情があるのは察するに難くない。

有志団体による署名活動(2023年5月)
有志団体による署名活動(2023年5月)

こうした中、大井川鉄道を支援しようと有志による団体が発足し、5月には鉄道雑誌の編集者や観光関係者をパネリストに招いて地元住民向けの説明会を開いたほか、署名運動を展開。駅での活動やオンラインを通じて集まった3万5916人分の署名を森貴士 副知事に手渡すとともに、山口捷彦 会長は「重要な観光資源で若い人たちに残したい財産」と訴えた。

特色あるイベントで観光客の獲得へ

一方、大井川鉄道も手をこまねいて現況を見ているわけではない。

大井川鉄道は全国でも数少ないSL(蒸気機関車)を定期運行している鉄道事業者だ。中でも運行10年目を迎えた人気キャラクター「きかんしゃトーマス」号は子供たちに大人気で、家山駅から先が不通区間となっていることを逆手に2023年度は過去最多の運行本数にしたほか、駅のホームでビールを好きなだけ飲むことができるビアホールならぬ“ビアホーム”を計19回開催。

大人気の「きかんしゃトーマス」号(2023年5月)
大人気の「きかんしゃトーマス」号(2023年5月)

また9月には間もなく運行が再開される家山駅から川根温泉笹間渡駅の区間を利用し、列車が走っていない時期だからこそ可能な“線路の上を歩く”というハイキングを企画した。

”線路の上を歩く”ハイキング(2023年9月)
”線路の上を歩く”ハイキング(2023年9月)

参加者は係員から標識や設備の説明を受けながら、普段はなかなか見る機会のないトンネルの内部をじっくり眺めたり、線路の左右に広がる景色を味わったりして、愛知県から来た参加者は「列車に乗っている時とは違い『線路はこんな風になっているのか』と枕木等を見ながらとても楽しく歩いた。運行が再開したらまた乗らなければ」と満足げな表情を浮かべ、東京から来た鉄道ファンも「貴重な経験をしていると感じる。1回乗ったことのある景色を歩いてみるのも楽しい」と笑顔を見せた。

期間限定で運行した旧型客車(2023年6月)
期間限定で運行した旧型客車(2023年6月)

これ以外にも電気機関車の運転体験会や昭和の時代に活躍した旧型客車を期間限定で運行させるなど趣向を凝らしたイベントの実施により売り上げの増加を目指していて、広報担当の加冷秀鵬さんは「従来の考え方にとらわれず、スピード感をもってさまざまな企画を打ち出していければ」と話す。

苦境が続くローカル線 国も事業創設

大都市圏への人口集中などにより経営危機に瀕するローカル線は全国で少なくない。このため国は道路や港湾、下水道といったインフラ整備を支援する自治体向けの社会資本整備総合交付金の対象事業に、2023年度から「地域公共交通再構築調査事業」を追加した。この事業について、国土交通省は「国も主体的に関与しながら、鉄道事業者、沿線自治体等の関係者が参画する協議の場において『廃止ありき』『存続ありき』といった前提を置かず、ファクトとデータに基づく議論を重ね、必要な場合には対策案の実効性を検証するため実証事業を実施し、効果的な方針を決定するという合意形成のプロセスを支援する」としている。

国土交通省
国土交通省

具体的には協議会の開催に要する費用や期間を限定した実証事業(チケットレスシステムの導入、接続改善、ダイヤ変更、サイクルトレインの実施など)、線区評価に必要な調査事業(ビッグデータの解析など)について補助する仕組みで、3月に開かれた「大井川鉄道本線沿線における公共交通のあり方検討会」では、国交省の担当者がこの事業の活用を検討するよう助言した。

川根路の観光を支え、ともに歩んできたローカル線が今後どうなっていくのか。今まさに生き残りの岐路に立たされている。

(テレビ静岡)

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