厚生労働省が公表した2022年の日本人の平均寿命は男性が81.05歳、女性が87.09歳。過去30年余りで男女ともに5歳以上延伸する中、素敵な歳の重ね方をしている静岡県内のお年寄りを紹介する。
81歳の剣士が成し遂げた快挙
日本の伝統的な武道「剣道」。全国で200万人以上の有段者がいる中、2023年5月、1人の剣士が“ある偉業”を成し遂げた。
最高位の八段に次ぐ、七段の段位審査会。合格者の中にその男の名前はあった。静岡市在住の鳥巣誠一さん、御年81歳。合格率は18.7%。今回、この狭き門を突破したのは全国でわずか164人。もちろん合格者の中で鳥巣さんが最年長だ。
この記事の画像(9枚)鳥巣さんは審査会の時のことを「よく打てたな、と。これで通ったなという自信があった」と振り返る。
遅咲きの剣士 最初は健康維持のため
ただ、ここにたどり着くまでには約40年もの時間を要した。
剣道に出会ったのは43歳の時。釣りが趣味でスポーツとはほとんど縁がなかったが、健康のために長く続けられる運動をやろうと思い立った。妻からはテニスやゴルフを勧められるも選んだのは剣の道。何気なく道場をのぞいてみたところ「子供たちより大人・成人がほとんどだった。夕方にたくさんの人が来てやっている。すごく熱気があり、声も出して元気そうにしていたので、これは楽しいかなと思った」という。また「80代の現役がいる」と聞き、心惹かれたことも決め手となった。
稽古を重ね、71歳で六段に到達。しかし、そこからが高い壁だった。
昇段審査には10回以上挑むも、いずれも不合格。挫けそうになった時もあるが、それでも日々、立ち姿や型、踏み込みなど、剣道の基礎を徹底的に磨き上げた。
心に決めていたのは「努力に年齢は関係ない」との思い。
強い意志を貫き通し、5月の審査では“攻めの姿勢”が評価され80代での七段合格を果たした。これは全国でも数例しかない快挙だ。鳥巣さんは「うれしかった。妻に『合格したよ』と伝えたら『うそ!』とメールが返ってきた。何回も落ちているから『どうせまた落ちるんでしょ』という感覚かな」と笑う。
仕事も剣道も“現役”にこだわり
これまで、とにかく“現役”という2文字にこだわってきた鳥巣さん。ただ、そのこだわりを持ち続けているのは剣道だけではない。
実はこの道53年、豊富な経験を持つ歯科医師でもある。2022年に院長を退き、その座を長男の慶一さんに譲ったものの、今も1人の医師として患者の治療に当たっている。
慶一さんは、鳥巣さんについて「話で緊張をやわらげるなど、人との付き合い方が非常にうまい」と評した上で「普段はお気楽な感じで明るく楽しく仕事をしている感じだが、剣道の時には稽古に真摯に向き合う。その持続力・継続力はたいしたもの」と賛辞を送る。
周囲も尊敬のまなざし 生涯現役へ
最初は健康維持のために始めたものの、今ではなくてはならない存在となった剣道。年齢を重ねるにつれ稽古の相手が孫よりも若いということも珍しくないが、その老練な技術は子供たちを魅了し、同じ道場に通う小学生は「尊敬します、あんなに動いていて。基礎がめちゃくちゃ出来ていてすごい」と感嘆し、別の子も「素振りもキレイで速く、僕もああいう風になりたい」と憧れの念を抱く。
鳥巣さんは剣道の魅力について「やっていると仲間も増えるし、楽しいことがいっぱい出てくる。思ったような打ち方が出来ればすごくうれしいし、相手に打たれても『あいつ、上手いな』と褒める方になる。お互いに意思疎通が出来る」と話す。
だが、「私は未完成。まだ上を目指して、自分なりに楽しく正しい剣道を身につけていきたい」と向上心を忘れることはなく「さすがに8段は厳しいと思うが、元気ならば100歳まで続けたい」と高い目標を掲げる。
鳥巣誠一、81歳。遅咲きの剣士が歩む道に終わりはない。
(テレビ静岡)