今「平成レトロ」や「Y2K」などのキーワードとともに、平成時代に流行したファッションやカルチャーの魅力が見直されている。こうした中、石川県で青春時代を過ごした30代、40代の多くが平成を代表するものとして言及する雑誌がある。2000年から2002年にかけて刊行された地元に住むティーン向け季刊誌『Dash!』だ。街中で遊ぶ十代を被写体にした生き生きとしたストリートスナップや高校生向けの企画などで絶大な人気を博した。その頃、金沢の高校では教室ごとに『Dash!』が置かれ、クラスメイトの間で回し読みされていたという都市伝説も残る。出版当時、社会人2年目にして編集長を務めていた愛山達也さんに、誌面で取り上げた若者たちや平成という時代について聞いた。(以下、記者の質問に対して愛山達也さん談)

愛山達也さん
愛山達也さん
この記事の画像(8枚)

伝説のティーン雑誌『Dash!』

ーー今、改めて雑誌『Dash!』を開いてみて、どうですか。

懐かしい、という気持ち。当時の色々な事が思い出される。20何年経っているけど、そんな感じがしない。僕が初めて一から十までやらせてもらった雑誌。今でも感謝しているが入社して2,3年目の社員に本一冊作らせてくれたというのは、ありがたいことだと思う。予算もかかるし。それがモノとして残って、皆さんに改めて価値を見出してもらえるのはうれしいことです。

ーー『Dash!』には当時の高校生を中心に生き生きとした十代が大勢登場します。愛山さんにとってこの雑誌はどんな存在ですか。

一番印象に残っているのは、「Dash!があったから高校3年間楽しかった」と言ってもらえたこと。それを聞いた時に自分が作りたかったのはそういうものだと思ったし、自分としてもいいものを残せたと思える。

ーー読者はどんな人たちだったんですか。

高校生がメインの読者です。高校生から二十歳前後の人たちがコアに支持をしてくれて、面白いと思ってくれた。みんなが一緒に「いいよね」って言えるものを作りさえすれば、みんな乗っかってくれるというのは、この時すごく感じたことでもあります。

十代のパワーが作った雑誌

ーー金沢の街中に高校3年生のクラスが集まって、好きなように卒業写真を撮る企画なんか、すごく印象的です。社会人2年目の編集長として、どういう気持ちで作っていたのですか。

若い人たちと一緒に楽しんでいただけ。何かをやろうとか、仕掛けてやろうとかじゃなくて、その場にいた人たちとどう楽しいことをしようか、という気持ちでした。本当に高校生たちが面白かったんですよ。若い子たちが持っているパワーというか熱量というか。増刊号のあとがきにも書いたけど、大人になったらできないようなことを、「最高、君ら」って思いながら一緒になって楽しんでいた。「若い子たちこんなに面白いよ」って、世の中の大人の人たちに知ってほしかったんです。

ーーどんな人たちに読んでほしいと思っていたんですか。

街にあんまり来れない子たちや「街に若い人がいない」と嘆いていた人にこそ、読んでほしかった。とにかく町に出ようよ、人と会って、人と交わろうと。交わることで面白いことを発見できるよって。みんな同じ格好をすることがいいという時期に入る前の頃で、人とどう違う自分であるかというところに、みんなアイデンティティーを持っていたので、街は面白かった。

平成の時代を生きた十代

ーー雑誌に載りたかった高校生たちは、愛山さんやカメラマンにどうやってアピールしていたんでしょうか。

とにかく目立つ。何とか載せてもらおうと思って、一生懸命頑張る子がいたわけですよ。そういうこともいちいち面白かった。雑誌を作るまでは高校生ってもっと冷めているのかなと思っていた。懐に入れば入るほど、どんどん自分を出してくれて。『Dash!』という雑誌を出すことで、彼らもどんどん面白くなっていくということもあった。僕自身は楽しくて、もっともっと面白いことをこのメディアを使ってできたらと思っていました。

ーー愛山さんご自身が印象に残っている企画はありますか。

増刊号の時に一番最初に「みんな笑って」と言ってスナップ写真を撮ったことがあった。当時も時代がすごく閉塞感というかつまんないなと思っていた時に、すっげー楽しい子たちがいるよ、というのをインパクトのある形で出したいと思いました。『Dash!』ってそういうことだな、と思った一つの企画ですね。

ーー『Dash!』を読むと、雑誌全体を通して当時の十代のエネルギーが伝わってきます。

みんなが持っている熱量やエネルギーを一つのパッケージにして、それを見た人が何かを感じてくれたりとか、そういう風になってほしいなと思っていました。本当はもっとはっちゃけたいけどはっちゃけられない子に、一歩でも前に踏み出せるようなきっかけになってほしいと。そういう目に見えない読者に対してのメッセージというと大げさだが、思いは持っていた。

ーー当時、読者からのフィードバックはどういう形で受け取っていたのですか。

ケータイサイトの部屋みたいな企画記事をやっていた。伝言板みたいに読者の声を載せて、みんなたくさんメッセージをくれていた。それに本屋さんに並んで売れていくということは、それだけ支持してくれているということ。撮影日には「載りたい」って言ってみんな来てくれる。いろんな形で元気をもらっていました。

ーーみんな『Dash!』に載りたかったんですね。

月に何回か、大体土日には街にいた。担当者って僕とカメラマンと、あと何人かしかいないので顔を覚えられる。街に出るとみんな集まってきて、お店の方々もいろんな情報をくださったりとか。街にいるとみんないるというか、そんな状況になっていた。めちゃめちゃ楽しかったです。

Dash!を愛読していたという30代の古着店店主
Dash!を愛読していたという30代の古着店店主

お金を使って楽しむ大人たち

ーー平成というのはやはり魅力ある時代だったのでしょうか。

僕の青春は昭和なので、平成と言われるとよく働いたなという思い出ですね。今は平成の時に流行っていたものをプレイバックするという動きがあるが、昭和は昭和であるし。その時々のものを見出せる人がいるかどうか。ただ、あの頃はゆるくて、大人もみんな楽しんでいた。金沢倶楽部という会社(※コロナ禍の2020年に倒産した出版社)もお金を使って楽しいことをしようぜっていう雰囲気だった。楽しむことに長けた大人もいっぱいいて、そういう時代だったのかなと思います。コギャルなんてすごい恰好して歩いていましたからね。今の子たちは真面目だなと思っちゃいます。

ーー『Dash!』を編集していた経験を、愛山さんはどう生かされていますか。

熱量や熱意というものですね。ものを伝えるというときの根幹にあるのは何かを伝えたいという熱。それが自分の中にないと、絶対伝わらないなと思っています。それが伝わったという経験があるからこそ、自分の中でも身になっていると思います。

ーー『Dash!』から学ぶべきは、そのエネルギーなんでしょうか。

今はそれが表に現れにくいかもしれません。当時はSNSもなかったし、エネルギーを出そうとするためには開かれた場所に行ったりして、それを発表しないといけない。今はその発想とか、やろうという能動的な力みたいなものが、一挙に集まるみたいなことにはなりにくい。

ーー『Dash!』を懐かしむ人も大勢いますが、かつての読者にとってどんな存在であってほしいですか。

大事な時間が一つのパッケージにされたような、タイムカプセルのような存在なのかなと思いますし、そういう存在であるというのはうれしいです。自分にとってもそんな存在なので、それを共有できる。僕はみんなと一緒に作った思いが強いので『Dash!』を手に取ると同じ気持ちになれる、というのはすごくうれしいことですね。

(石川テレビ)

石川テレビ
石川テレビ

石川の最新ニュース、身近な話題、災害や事故の速報などを発信します。