空は雲一つない快晴。絵に描いたような日曜の真昼に惨事は起きた。6月18日、北海道南西部の八雲町の国道5号で、30匹のブタを積んで養豚場へと向かうトラックが対向車線にはみ出し、乗客18人・乗員1人が乗った都市間高速バスに正面衝突。5人が死亡するなど計17人が死傷した。

双方の運転手が死亡した今、事故原因解明のカギを握るのはドライブレコーダーの動画だ。北海道ニュースUHBは後続車のドライブレコーダーの動画を独占入手。衝突現場から約13キロ前から記録されている720秒を専門家や関係者と分析するとともに、情報公開請求で明らかになった救助記録をもとに事故の全容を探る。

すれ違うかに見えた大型車両2台

トラックと高速バスが衝突し17人が死傷。事故は見通しが良いカーブで起きた
トラックと高速バスが衝突し17人が死傷。事故は見通しが良いカーブで起きた
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少し先を走る1台のバス。対向車線の奥には、緑色のトラックが見えてきた。2台を捉えていたのは、バスの後続車のドライブレコーダーだ。映像の続きには、衝撃的な瞬間が収録されていた。

すれ違うかに見えた2台の大型車。トラックが予想を覆す。カーブを曲がり切れず、センターラインを越えてバスと正面衝突。バスの運転席側にめり込んだ。

衝撃でトラックの前部は砕け飛び、荷台も大きく横に飛ばされた。現場には大量の砂埃が舞い、ブタが放り出された。のどかな日曜の昼は、一瞬にして様変わりした。

解析…ドライブレコーダー全720秒

独占入手した720秒のドライブレコーダー。事故前後の一部始終が記録されている
独占入手した720秒のドライブレコーダー。事故前後の一部始終が記録されている

午前11時45分。記録が始まったのは衝突現場の約13キロ手前だった。都市間高速バス「高速はこだて号」は約100メートル先にいる。乗客は18人。結婚したばかりの函館市役所の職員や、札幌市内に住む英会話の講師らが乗り、座席の約6割が埋まっていた。

バス停で下車した乗客とみられる人も確認でき、順調に目的地の函館へと向かっていた。

海沿いを南北に縦貫する国道5号は海風を感じられるドライブコースとしても人気だ。ただ、交通量の多さに加え、スピードを出す車も目立つ。状況が一変したのは13分後の11時58分。バスが八雲町内の見通しが良い片側1車線の緩やかな右カーブに差し掛かった時だった。

トラックが認識できてからわずか5秒後、バスのテールランプが一瞬点灯。「ワァァーッ」。ドライブレコーダーを載せた車内で声が上がる。それとほぼ同時にトラックがバスに正面衝突した。

「(トラックが)センターライン側に寄った。避けることもなくバスとガチャン。ぶつかった瞬間、家畜がみんな飛ばされてきた」。ドライブレコーダーの提供者は当時の衝撃を振り返る。

映像を詳しく確認してみると、トラックは自身から見て左カーブを減速することなく直進。フロントの半分がオレンジのセンターラインを越えたところでバスに突っ込む。

衝突事故の瞬間。衝撃でトラックの荷台からブタが路上に放り出される様子も
衝突事故の瞬間。衝撃でトラックの荷台からブタが路上に放り出される様子も

衝撃で車の部品が飛び散り、トラックの荷台からブタが路上に投げ出された。動かない個体もいるが、一部は足を引きずりながら逃げ出した。

バスからは反応がない。ようやく動きが出たのは5分後。後部非常ドアから乗客の女性が降りてきた。

駆けつけた人が声をかけているように見えるが、その後は降りてくる人はなかなか現れない。さらに2分が経過。ようやく車から脱出する乗客が現れた。直後に救急隊が到着する。午後0時10分ごろだった。

消防への第1報はiPhone14から

情報公開請求で入手した救助記録。事故の通報の経緯などが詳しく記載されている
情報公開請求で入手した救助記録。事故の通報の経緯などが詳しく記載されている

事故現場は混乱を極めていた。消防への情報公開請求で入手した文書にはその様子が克明につづられていた。

書き出しの1行目。「(第1報)11時59分覚知 119携帯『衝突事故検出』」。

消防本部の通信指令員の問いかけが続く。「119番消防です。火事ですか。救急ですか」。

電話はすぐに途切れる。iPhone14からの自動通報だった。強い衝撃を検知すると警告音が鳴り、20秒間操作しなければ119番に発信され、位置情報も通知される。

消防への1報はスマホの自動通報だった
消防への1報はスマホの自動通報だった

指令員が時間をおかずに通報者の番号へかけ直す。電話口から聞こえたのは悲鳴。記録には受話器の向こうから伝わる生々しい言葉が活字として並ぶ。

「バスには20~30人くらい乗っている。トラックの運転手が挟まっているように見える。意識のない人も何人かいる。場所は国道5号線上というのだけはわかる」

“交通事故鑑定人の分析”

交通事故に詳しい専門家は意識の低下や喪失の可能性を指摘した
交通事故に詳しい専門家は意識の低下や喪失の可能性を指摘した

ドライブレコーダーで判明したトラックのセンターライン越え。それを補足するかのように、警察の捜査でもトラックのブレーキ痕はなかった。交通事故鑑定人の渋澤敬造さんはトラックの運転手の意識が喪失していた可能性を指摘する。

交通事故鑑定人の渋澤敬造さん:
ブレーキ痕がないのはブレーキを踏まなかったということ。適切な運転操作ができなかった、ハンドルを切らなかったというのと同じですよね。意識の低下や意識の喪失というのがあったのではないかと考えられる

事故当日にはトラックの男性運転手が勤務先に体調不良を訴えていたが、事故との因果関係はわかっていない。

事故直前…バス運転手が踏んだ“ブレーキの意味”

衝突の直前、高速バスにはブレーキランプがついていた 
衝突の直前、高速バスにはブレーキランプがついていた 

亡くなった高速バスの運転手、興膳孝幸さん(64)は乗務歴15年のベテラン。入社以来、重大事故を起こしていない「優良乗務員」で、周囲からも慕われていた。

興膳さんの後輩ドライバーだった月宮正人さん(59)=現在は札幌市ススキノで飲食店経営=はドライブレコーダーの映像を凝視。ブレーキランプがつくシーンで目をうるませた。

死亡したバス運転手の興膳さん(2014年撮影)
死亡したバス運転手の興膳さん(2014年撮影)

興膳さんの後輩ドライバーだった月宮正人さん:
普通免許の人にはわからないと思うが、大型バスの運転手は危なくても急ブレーキを踏みたくない。お客さんがケガしちゃうから。「急ブレーキ踏めない体」になっているのに、それでも急ブレーキ掛けるというのは相当ひっ迫していた。「止まれーッ」と祈る気持ちですよね

月宮さんは、衝突直後の場面でも動画を止めた。興膳さんの安全を思い続けた形が残されていると補足する。

興膳さんの後輩ドライバーだった月宮正人さん:
凄まじい衝撃とあれだけ余裕のない道幅で、車体が横向いたり、ひっくり返ったりせず、よくあれだけピタッと止められたなと思う。最後の最後までプロドライバー。最後まで立派な先輩だった

「僕の中でトップクラスのプロドライバー」 

興膳さんの元後輩の月宮さん。「ツーマン運行」で函館線を走っていた
興膳さんの元後輩の月宮さん。「ツーマン運行」で函館線を走っていた

月宮さんは2010年から約4年半、興膳さんの後輩ドライバーとして働いていた。「函館線が好きなんだよね」と常々口にしていた興膳さんが、その路線で事故死したことに言葉を詰まらせる。コンビを組み走った日々が脳裏に浮かぶ。

興膳さんの後輩ドライバーだった月宮正人さん:
今回、事故があった函館便でドライバー2人の「ツーマン運行」で走ったことある。まだ慣れてない時、運転席の後ろに座って「そこ右だよ」と小声で教えてくれた。色々なバス会社で働いたが、僕の中でトップクラスのプロドライバー、人格の持ち主

トラック運転手 容疑者死亡のまま書類送検へ…

多くの犠牲者を出した事故現場には花が手向けられていた
多くの犠牲者を出した事故現場には花が手向けられていた

事故からまもなく2カ月を迎える。現場付近の約5.5キロ区間では、車線をはみ出した際、車に振動と音が伝わる「ランブルストリップス」が設置された。

しかし、時計の針は巻き戻せない。現場周辺で約60年暮らす70代後半の男性は、「大型同士すれ違うといつもぎりぎり、逃げ場がない。早く対策をやってもらえればいいとは思っていた。対策をやっていれば、ああいう事故はなかった」とうんざりした顔で語気を強めた。

一方、犠牲となった興膳さんの後輩ドライバーの月宮さんは、祈るようにこう語る。

興膳さんの後輩ドライバーだった月宮正人さん:
こんな事故は2度と起きてほしくない。亡くなった興膳さんや、お客さま3人の命のためにも風化させてはいけない。いつ何がくるかわからない、防衛運転も含めドライバーは一層気を引き締めなくてはならない

警察はトラックの男性運転手を過失運転致死傷の疑いで、容疑者死亡のまま書類送検する方針だ。

(北海道文化放送)

北海道文化放送
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