2023年8月6日に被爆78年を迎える広島。G7サミットで認知度が高まった原爆資料館とは裏腹に、あまり知られていない「追悼平和祈念館」。この夏、夫の遺影を施設に登録した被爆者の女性がいる。

被爆者の言葉と遺影を「永久保存」

あの日から78年目の夏。平和公園には多くの観光客が訪れ、原爆資料館には長蛇の列ができている。

観光客などが列をなす広島市中区の原爆資料館
観光客などが列をなす広島市中区の原爆資料館
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一方で、そのすぐ北側に位置し慰霊碑の隣にありながら…ひときわ静かな施設がある。「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館」だ。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館
国立広島原爆死没者追悼平和祈念館

兵庫県から来た家族:
知らなかったです

平和公園を訪れた人:
原爆資料館は何回か行ったことがありますが、追悼平和祈念館は1回しかなくて…。あまり有名ではないかもしれません

追悼平和祈念館は、原爆で亡くなった死没者を追悼し、遺影と被爆証言を永久に保存する目的で2002年に開館した。

一発の原子爆弾で亡くなった犠牲者と同じ数の14万枚のタイルで、被爆後の街並みを再現した追悼空間。

犠牲者の数と同じ14万枚のタイルで被爆後の街並みを再現
犠牲者の数と同じ14万枚のタイルで被爆後の街並みを再現

そして、亡くなった人の名前や遺影を検索できるデータベースが設けられている。

名前を入力すると、登録された遺影とともに被爆者一人ひとりの「8月6日」に触れることができる。これまでに登録された遺影は2万6,000人あまり。2022年度、1年間で新たに1,000人ほどが登録された。

追悼平和祈念館・久保雅之 館長:
被爆者の平均年齢が85歳になっていますので、やはり亡くなられる方がだんだん増えてきているなと実感しています。被爆者の言葉と遺影を保存していくこの施設の役割はより重要性を増していくのではないかと思います

“あの日”を語らなかった亡き夫

7月、広島市東区に住む一人の遺族を訪ねた。2022年に被爆者である夫・透さんを亡くした大屋美代子さん(83)。自身も8月6日を経験した被爆者だ。

自身も被爆者の大屋美代子さん(83)
自身も被爆者の大屋美代子さん(83)

78年前の記憶を話してくれた。

被爆者・大屋美代子さん:
台所に入った途端にすごいんですよ。バーッと光ってね。「あれ、どうしてあの雲は…」と言う私に、母が「さあ大変じゃ。何を言いよるん。早くおいで!」ゆうてね。私とおばあさんと兄を連れてすぐ桑畑に避難して、夜空を見たら的場町(広島市南区)の方が真っ赤なんですよ。「お母さん、青い空なのになんで真っ赤なんかね。赤いね。空が…」というのが、私が5歳の記憶です

夫婦の会話で“あの日”を話題にすることはほとんどなかった。

大江美代子さんと、亡くなった夫の透さん(右)
大江美代子さんと、亡くなった夫の透さん(右)

しかし、追悼平和祈念館に透さんの遺影を登録するにあたり被爆当時の状況を書かなくてはならない。透さんの被爆者手帳を見て、入市被爆の日付などを記入する美代子さん。

透さんの被爆状況を記入
透さんの被爆状況を記入

そうするうちに、生前、少しだけ聞いた記憶がよみがえってきた。7歳だった透さんは原爆投下から4日後の8月10日、爆心地に近い紙屋町を経由して親せきのいる島根県へ歩いて向かったそう。

被爆者・大屋美代子さん:
今になって思えば、よく聞いておけば良かったと思うんですがね。主人もあんまりそういうことは語りたくないというか

データベースに登録する遺影は晩年の表情ではなく、被爆当時に近い幼いころの写真に決めた。

被爆当時の年齢に近い透さんの写真
被爆当時の年齢に近い透さんの写真

被爆者・大屋美代子さん:
主人は少しでも役に立てばと思っているんじゃないかしら。もう私たちの代でおしまいにしないといけないことですからね。だから“嫌な部分”をいっぱい伝えておかないといけない。それが私たちに残された使命かなと思っています

遺影登録がもたらしたサプライズ

後日、美代子さんは追悼平和祈念館に遺影を持参した。

被爆者・大屋美代子さん:
登録をお願いしたいのですが、手続きはここでよろしいですか

職員が透さんの被爆状況を確認する。

職員:
この内容で本日登録します

追悼平和祈念館で遺影登録などの手続きをする美代子さん
追悼平和祈念館で遺影登録などの手続きをする美代子さん

手続きの最後に職員が取り出したのは、この施設に保存されていた透さんの「被爆体験記」。約30年前、厚生労働省の調査に被爆当時の様子を直筆で寄せていた。

用紙いっぱいにつづられた文章。この体験記を美代子さんが見るのは初めてだ。

被爆者・大屋美代子さん:
ここまで丁寧に書いているということは、本当に心に感じたから書いたんだろうと思います。文章の苦手な主人がよく書いたねと思ってね。胸が熱くなるような、久しぶりに主人に会ったような気がして…。まあ、うれしい。今日のプレゼントだわ。お父さんに会えたような気がする

初めて知る亡き夫の被爆体験。美代子さんは優しく目を細め、透さんの記憶に寄り添うように繰り返し、繰り返し、読み続けた。

「おじいちゃんに会える場所」

まもなく迎える原爆の日を前に平和公園を訪れた美代子さん。

被爆者・大屋美代子さん:
主人が安らかに眠ってくださいということと、原爆は二度と起こってはいけないことを祈りました

そして、追悼平和祈念館にも足を運んだ。検索画面に透さんの名前を入力し、登録した遺影を初めて検索。

被爆者・大屋美代子さん:
ほんとじゃ、お父さんの顔じゃ

データベースで透さんの遺影を見る美代子さん
データベースで透さんの遺影を見る美代子さん

被爆者・大屋美代子さん:
登録人数が多いほうがいいと思います。たくさんの人が原爆の犠牲になっているということを知らしめるためにも、その一端に入れて貢献できたかなと

美代子さんにとって特別な場所となった追悼平和祈念館。「おじいちゃんに会える場所」だと、美代子さんは言う。

追悼平和記念館に特別な思いを寄せる美代子さん
追悼平和記念館に特別な思いを寄せる美代子さん

78年前のあの日まで、確かにあった一人ひとりの日常。追悼の場に込められた思いが、静かに平和を訴えている。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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