新型コロナウイルスが低所得者層の生活を直撃したタイ。日々の生活のために最低限必要なお金さえも失った低所得者層の駆け込み寺となっているのが、「質屋」だ。特に政府などが運営する公営質屋は、アイロンやバリカン、石臼など、ほとんど市場価値がない日用品でも預かり、お金を貸すことで人々の生活を支えている。バンコクの質屋を訪れると、店で保管されている質入れ品から、市民の厳しい暮らしが浮かび上がってきた。

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タイには「国営」の質屋がある

バンコクの中心部プラトゥーナムの幹線道路沿いにある近代的な青いビル。店舗の雰囲気は一見すると、銀行の支店のようにも、役所の建物内のようにもみえる。ここはタイ政府が運営する「国営の質屋」だ。記者が6月中旬に店を訪れると、お客さんがカウンター越しに、スタッフと融資について真剣な表情で話し合っていた。

タイでは「質屋」とは、品物を担保として預けることで、お金を借りることができる庶民の金融機関という位置づけだ。期限内に借りた元金と利息(質料)を支払えば品物は戻り、払えなければ担保になった品物は質屋が引き取る。

日本では質屋が品物の買取も兼ねることが多いが、タイの公営質屋では買取はしない。

タイの町中には、いまも質屋が数多く存在し、市民たちが日常使いするほど身近な存在だ。その中には、国営や自治体が運営する店も多く、タイ政府は全国で39店の質屋を、バンコク都は21店の質屋を運営している。

国や自治体が運営しているのには理由がある。公営の質屋は低所得者層に対して低利での融資を行っており、いわば福祉事業的な役割も担っているのだ。 

国営質屋の使命感 「助けないといけない」

「失業して本当に困っている人が多くなり、質預かりをお願いされることが多くなりました。公務員、国営企業、会社員、経営者(などもいるし)、本当にお金がない人も(来る)。我々は助けないといけません」

国営の質屋に32年間、勤めているマネジャーのユタカン氏は、新型コロナウイルスによる経済危機で、資金繰りに苦しむ多くの市民が、質屋に駆け込んできていると話す。ユタカンさんが今年になって質預かりしたものを見せてもらった。

大学生が質入れしたノートパソコン
大学生が質入れしたノートパソコン

最初に金庫から運ばれてきたのは、使い込まれた白いノートパソコン。バンコクの大学に通っている男子大学生が持ち込んできたという。新型コロナの影響で、両親からの仕送りが途絶え、生活資金に困ったため、大学生はやむをえず勉強用に使っていたパソコンを質屋に預けた。ユタカンさんは最大限の査定をして3000バーツ(日本円で約1万300円)を融資した。

次に見せてもらった品物は、タイでは一般的なデザインの真鍮製の壺や食器など、あわせて3点だ。バンコク市内で土産物店を営む経営者の男性(47)が店の商品を持ち込んできたという。自宅近くの質屋に持ち込むと、様々な噂が広がるリスクがあるため、家から5キロ離れた、この店舗まで運んできた。こうした壺などは通常ならば預かることができないが、ユタカン氏は経営者の男性に2000バーツ(約6800円)を融資する判断を下した。

タイの国営質屋には多種多様なものが持ち込まれる。多くは「金」などの貴金属や時計などだが、生活に困った人が、家で使っている日用品を持ち込んでくるケースも多い。国営の質屋では、持ってきた人の経済状況次第で、支援が必要と判断すればこうした品物でも預かることがある。

このアイロンとバリカンはスラムに住む困窮した住民が持ち込んできた。ほとんど査定価値がないものだが、ユタカン氏は、アイロンで300バーツ、バリカンで200バーツ、計1700円を融資したという。

他の支店では、タイで料理をするのに欠かせない調理器具の「石臼」を預かったケースもある。公営の質屋は、様々な品物を質預かりすることで、低所得者層への融資を行い、セーフティーネットの役割を果たしているのだ。

融資は超低金利 

こうした質屋では、金利も非常に低く抑えられている。タイ政府は5月、新型コロナの影響を受けた低所得者層を救済するため、国営質屋の金利を5000バーツ(約1万7200千円)までは0.125%と利率を大きく引き下げた。さらに10000バーツ(約3万4千円)までは0.75%、20000バーツ(約6万8千円)までは1%と、それぞれ低金利が適用されている。

例えば、バッグを預けて5000バーツ(約1万7200円)の融資を受けた場合、利息は月で6.5バーツ(約22円)。質預けから4ヶ月と30日以内に、利息を払えば、引き続き元金を借りられる。元金も利息も支払わない場合は質流れとなり、所有権は質屋に移る。元金が支払えなくても、質屋による取り立てなどはない。

利用者は前年比で増えた?

こうした質屋に駆け込んだ人の数は、今年は急増したのだろうか。

実はデータを見ると、去年とそう大差がないことがわかる。国営質屋を利用した人の数は2020年1月1日~6月17日までに19万412人(前年比-6926人)、融資額は91億200万バーツ(前年比+2億600万バーツ)と、去年と比べて、そこまで大きな差が出ていないのだ。一体なぜなのだろうか。

実はこの数字は、生活資金に困った人が質屋ではなく、買取店で品物を売却せざるを得なかった結果だ、とユタカン氏は指摘する。質預かりの代表的な品物の一つは「金」だが、今年は想像以上に資金繰りが悪化したため、金を質入れするだけでは資金が足りない人が続出した。また「金」の価格も同時に上がったため、「金」を質入れするのではなく、売却を選ぶ人が金の買取店に殺到した。大切な資産である「金」を手放さざるを得ないところまで、多くの人が追い詰められた結果と見られる。

タイ政府は、新型コロナで困窮した市民に対し現金を給付するといった支援策も実施した。即効性のある現金支援に加えて、低金利の公営質屋も庶民にとってはいざという時の心強い味方だ。公的な経済支援にもいろいろな形があることを、タイの例は示していると言えよう。

【執筆:FNNバンコク支局長 佐々木亮】

佐々木亮
佐々木亮

物事を一方的に見るのではなく、必ず立ち止まり、多角的な視点で取材をする。
どちらが正しい、といった先入観を一度捨ててから取材に当たる。
海外で起きている分かりにくい事象を、映像で「分かりやすく面白く」伝える。
紛争等の危険地域でも諦めず、状況を分析し、可能な限り前線で取材する。
フジテレビ 報道センター所属 元FNNバンコク支局長。政治部、外信部を経て2011年よりカイロ支局長。 中東地域を中心に、リビア・シリア内戦の前線やガザ紛争、中東の民主化運動「アラブの春」などを取材。 夕方ニュースのプログラムディレクターを経て、東南アジア担当記者に。