「島留学」で全国から注目されている島根県海士町(※)にある県立隠岐島前高校。かつて生徒数の減少で存続さえ危ぶまれた高校はいま、島外からの入学志望者が定員の2倍に達するほどの人気となっている。この小さな離島の学校が人々を魅了してやまない理由とは?少子化に苦しむ地域の学校が復活するヒントを海士町で探った。
(※)隠岐諸島の島前(西側)にあり、中ノ島を主島とする自治体
隠岐島前高校の魅力は地域とのつながり
「島の人たちが温かくて島を離れたくないですね。地域活動でも島外からきた私たちを可愛がってくれます」
こう語るのは隠岐島前高校3年生の岡茉莉奈さんだ。岡さんは千葉県から島留学した。兄も島留学生だった岡さんは、進路選択の際に「ここなら能動的に活動できる」と思ったという。昨年生徒会長を務めていた岡さんはいま「地域国際交流部」に所属し、海士町の公式LINEに定期的に記事を投稿している。
高校3年生の五十島麟信さんは小学生の時に両親が島に移住した。高校では「地域国際交流部」に所属しているが、去年は1年間休学して海外10か国を旅したという。高校の魅力を五十島さんはこう語る。
「探究型の授業を行う学校が増えましたが、島前高校の魅力は地域とのつながりだと思います。地域の方々と密接に関わった授業は他には無いかなと思います」
この記事の画像(9枚)ヒトツナギ部がヒトツナギの旅を企画
高校1年生の水谷李緒さんは愛知から、樋口翼咲さんは滋賀からやってきた。
「小6のときに母と隠岐島前高校の説明会に行ったのがきっかけです。とにかく山と海がとても綺麗だなと。自然が大好きなので行きたいと思いました」(水谷さん)
「母から『面白い学校があるよ』と聞いて調べてみました。滋賀は海がないので、海がある所に行ってみたいなと思いました」(樋口さん)
2人はともに「ヒトツナギ部」に入っていて、今年の夏休みに「ヒトツナギの旅」を企画して全国から参加者を募集しているという。
「旅ではロゲイニングをやったりします。島や海が好きな人にもぜひ来てほしいし、特に興味がない人にも一度来てほしい。島前の温かい雰囲気を皆に体感してほしいです」(水谷さん)
「島留学」から「グローカル人材」育成へ
かつて海士町では地元中学校の半数以上の生徒が島外の高校へ進学し、隠岐島前高校は存続の危機に陥った。そこで2010年に始まったのが全国から多彩な生徒を募集する「島留学」制度だ。いまでは生徒数約160人のうち島外からやってくる生徒は全体の6割となっている。
高校では今年度から「グローカル人材」の育成を目指して、普通科のほかに地域共創科をつくり、週に1日を地域探究にあてている。地域を学びのフィールドにした授業を、教員とともに設計するのは5人のコーディネーターと呼ばれる外部職員だ。
地域と高校をつなぐコーディネーター
2014年から高校を魅力化するスタッフとして島に移住し、2021年からコーディネーターを務める宮野準也さんは、「コーディネーターの1つの役割は生徒と地域を繋ぐこと」だと語る。
「例えば水産業に興味がある生徒がいたら、漁業者のところに行って作業を手伝ったりしながら、授業への協力もお願いしたりします」
コーディネーターの中には、海外と高校を繋ぐグローバルコーディネーターと呼ばれる職員もいる。また教員向けに大学進学の総合型選抜(旧AO入試)について研修を行うなど、コーディネーターはまさに地域と高校をまるごとサポートしているのだ。
地域と高校のハブとなる公立塾
地域が高校と繋がるハブとなるのはコーディネーターだけではない。海士町には公立塾「隠岐國学習センター」がある。学習センターには放課後になると高校から生徒がやってきて、自習(自立学習という)やスタッフとの面談などをするほか、「夢ゼミ」と呼ばれる探究的な場も設けられている。スタッフはインターンを含めて6人で、生徒の学びを手厚くサポートしている。
センター長の竹内俊博さんは学習センターの役割をこう語る。
「学習センターには高校とともによりよい学びをつくっていく機能があります。たとえば公立高校でトライするのは難しいような探究授業を、まずは学習センターでやってみて上手くいったら高校の探究授業にフィードバックする。高校には夢探究という総合の時間があり、学習センターには夢ゼミがある。お互いが同じ課題で連携するケースもあります」
「環境にやさしい」を楽しく自分ごとに
学習センターに取材に伺った日は、サーキュラーデザインのワークショップが行われ、高校生らが参加していた。「『環境にやさしい』を楽しく、自分ごとに」と名付けられたワークショップでは、まず一日目は海士町の海岸を歩き、プラスチックや漁網などの海ゴミを拾って洗浄する。そして二日目はこの海ゴミを使って、「ゴミが出なくなるアイデア」を作品にして発表する。
「拾ったゴミでゴミを減らすのって・・」「ウナギを取る仕掛けはバスケットボールのゴールに似ているかも」「これでほうきをつくれるかな」
参加した高校生らはゴミを組み合わせたり、ガムテープをまきつけたりしながら、悪戦苦闘しつつも作品に仕上げていく。
「自分が社会、地域のために何かしたい」
ワークショップ終了後、ある生徒は「ゴミをなくすために作った作品が、ガムテープを使うことで新たなゴミを増やしている。そういう矛盾が実際に社会の中にもあるのかなと思いました」と語った。また「ゴミ拾いはマイナスのイメージがあるけど、実は楽しい作業なのが気付きでした」という生徒もいた。
ワークショップを行った金沢大学の河内幾帆准教授はこういう。
「廃棄ゼロの全く新しい社会システムであるサーキュラーエコノミーへの転換には、生活者のリテラシーの向上が必要不可欠です。今回は海ゴミ拾いを積極的にしている生徒たちがいて、問題を自分ごとにして、『自分が海のため、社会のため、地域のために何かしたい』という強い想いを持っていることを感じました。また、そうした自分の想いをちゃんと言葉にすることができていましたね」
生徒たちは地域で育ち世界へ飛び立つ
海ゴミ拾いにも自ら参加していた竹内さんは、ワークショップの生徒たちの様子を見てこう語った。
「地域でゴミを拾い、世界の環境についてグローバルに考える。まさにローカルからグローバル、グローカルといえます。これは島前だからこそできる取り組みではないでしょうか」
多くの子どもたちが地域とともに育ち、世界の視点を持って島から飛び立つ。しかし海士町が人々を魅了するのはこれだけではない。次回は海士町が取り組む「大人の島留学」を紹介する。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】